がん診療レジデントマニュアル今昔物語


お茶の水の丸善で「がん診療レジデントマニュアル」第8版を買いました。私が22年前に書いた「初版の序」は変わらず載っています。国立がん(研究)センター腫瘍内科の後輩たちが、脈々と繋いできた診療と研修と教育の系譜は22年経って益々充実しています。うれしい限りですね。私と三之君たちで企画した頃の情熱も全く衰えていないように思います。

厳寒のサンアントニオからお送りします。


サンアントニオ乳がんシンポジウムに来ております。昨日の午前中は抗HER2療法の話がありました。ハーセプチンが登場してから30年ぐらい経ちます。ハーセプチンは、乳がんや胃がん細胞の表面にアンテナのようにぎっしりと林立したHER2タンパクを抽出してネズミくんたちに注射し、ネズミくんが作った「抗体」を人間の体に入れても大丈夫なように「ヒト化」したものです。ハーセプチンはちょうど人間が直立して腕をひろげたような「Y」字形をしています。ハーセプチンの効果の仕組みの一つとして、両方の手でがん細胞表面のHER2タンパクをしっかとつかみ、足でリンパ球などの免疫細胞に結合し「免疫力」でもってがん細胞をやっつけるという仕組みがあります。

  • Margetuximab(マージェタキシマブ)は、遺伝子工学の手法でハーセプチンの足の部分を作り替えて免疫細胞との結びつきを強化したもので「スーパーハーセプチン」と呼ばれます。昨日の発表では、ハーセプチンと比べて、効果がちょっとだけ長く続きますよ、ということで、がんが治る、とか、寿命が延びるというところまでは行っていないようです。
  •  ハーセプチンの効果を増強する飲み薬、Tucatinib(トゥカティニブ)の発表もありました。
  • また、ハーセプチンに抗がん剤を結びつけてHER2タンパクが細胞表面にたくさん林立しているがん細胞をピンポイントで攻撃する薬として「カドサイラ」があります。カドサイラに含まれる抗がん剤は、エムタンシンという、かなりマイナーな薬剤ですが、抗がん剤を「deruxtecan(デラクステカン)」に置き換えたものです。小細胞肺癌、非小細胞肺癌、乳癌、皮膚の有棘細胞癌、子宮頸癌、卵巣癌、胃癌、結腸・直腸癌、悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫)、小児悪性固形腫瘍、膵癌などに広く使われているイリノテカン(商品名:トポテカン)と名前が似ていますが、そうです! イリノテカンを作った第一製薬、現在の第一三共製薬がつくり、HER2タンパクが少ない場合でも効果があるというメリットがあります。
  • ハーセプチンと同じように細胞表面のHER2タンパクに結合する薬「パージェタ」が既に市販されていて、再発乳がんではかなり良い効果があるのでよく使われています。初期全身治療としても、手術の前にハーセプチンと合わせて使う場合には腫瘍がみるみる小さくなる効果があります。しかし、先に手術をしてしまって腋窩リンパ節には転移がないという場合、手術後の再発を抑える効果はほとんどないということが、今回も確認されました。世の中は、手術をすぐしましょう、という流れから、まず、全身に効果のある薬を使いましょう、という流れに変わってきたのはこういう状況もあるからです。かつて念仏のように唱えられていた早期発見・早期手術という対応は様々な薬剤の登場により、まず全身治療!に変わりましたね。

第4条  治療の理屈を理解しておこう


治療の理屈を「薬剤の作用機序」と言います。外科医の説明のように「わるいところをとってしまいましょう」というような猿でもわかる理屈とは違って薬剤の作用機序、つまり、どのような仕組みで治療が効くのかを自分でも理解しておく必要があります。

たとえば、ホルモン受容体陽性の乳がんの場合、女性ホルモンを「餌」としてふえるので血液中の女性ホルモンを減らすような治療(アロマターゼ阻害剤とか、閉経前ではリュープリン注射)やタモキシフェンの様に女性ホルモンががん細胞に取り込まれるのを妨げる治療を使います、とか、トリプルネガティブ乳がんの場合、細胞毒性抗がん剤がよく効くので、点滴と点滴の間隔を縮めてしっかり治療しましょう、とか、HER2タンパク陽性なら、がん細胞表面のHER2タンパクに手錠をかけてがん細胞の息の根を止める治療です、とか、自分が受ける治療の仕組みを知っておくのがいいいでしょう。