認定看護師養成にかげり


日本看護協会ホームページに認定看護師制度について「特定の看護分野において、熟練した看護技術と知識を用いて水準の高い看護実践のできる認定看護師を社会に送り出すことにより、看護現場における看護ケアの広がりと質の向上をはかることを目的とする」とあります。現在、がん関連の五分野(がん化学療法看護、がん放射線療法看護、がん性疼痛看護、乳がん看護、緩和ケア)を含め、二十一分野で認定看護師が養成されています。認定取得のためには、数年間の実務経験のある看護師が休職して半年間の座学による講義と指定された病院での実習を受け、試験に合格しなければならず、分野によって競争率は5倍を超える狭き門です。私も乳がん、がん化学療法の二分野で認定看護師養成コースの講師を十年近く担当していますが、受講生は皆熱心で、居眠りする人はいませんし、質問もたくさん出るので、医学生の講義よりよっぽど手応えがあります。がん化学療法認定看護師は、抗がん剤治療の具体的な手順を患者にわかりやすく説明し、副作用を心配する患者の話を根気よく傾聴し、こわがらなくてもいいことを納得してもらいます。点滴や採血の技術も卓越しており、老眼になりかかった医師が何回も点滴針を刺し直すよりもずっと患者に喜ばれます。認定看護師は、扇の要のように医師、一般看護師、薬剤師など多くの医療者を束ね、一人一人の患者に必要な看護、医療を調整する役回りを担い、病棟や外来で医師からも患者からも最も信頼されていると言っても過言ではありません。ところが、全国十一カ所で開設されてきたがん化学療法認定看護師養成コースのうち、今年は五カ所で休講となってしまいました。さらに今年募集した六カ所も定員割れで、来年度はさらに数カ所の休講が発表されています。がん化学療法の現場からみると、さらに多くの認定看護師が必要とされているのにどうしたことでしょう。その原因を考えてみたいと思います(つづく)。

続けなさい、されば形づくられる


症例検討カンファレンス、2005年から月一回のペースで始まった。医療センター外科の徳永先生と私がほぼ同じ時期にそれも偶然に浜松に移動したので、それならばと国立がんセンターでやっていた(今は消滅したらしい)熱闘カンファレンスのようなものをやりましょうということで始まった。それこそ最初は手作業、自発的に資料を作り飲み物も弁当もなく腹ぺこで帰りにサンマルクで食事をするというパターンで続けた。いつの間にか柏戸薬品工業株式会社が弊社で弁当、飲み物を用意します、と言ってきて、そうしてくれるならどうぞお願いしますね、と依頼というか許可したら大柄なMR君がいつも会議室入り口にうろうろしてちょっと目障り。検討症例が多くなり月二回にしようということになったが参加者はますます増えて医師、薬剤師、看護師、臨床検査技師、時に学生など、30人を超える参加者で熱気にあふれていた。柏戸薬品工業が月二回はお手伝いできませんので、撤退したいと言い出したので、別にこちらからお願いした訳でもないし、それならば、健全な情報活動であるからしてがん情報局の活動としてやりますよ、と今日に至っている。当初は徳永先生が作成してくれた医療センター症例ファイルは現在は小泉Kくんが作成してくれている。長く続くと言う事は、うらを返せばマンネリ化するということ。出なくなって久しい薬剤師やほとんど出てこなくなった大学の先生、私性活に忙しい病院の先生など、個人の都合でいつの間にかご無沙汰ということは世の常であり批判はできないが、地道に継続しなければいけない活動もある。また、トップに立つもの、率先垂範、どんな事があっても必ず参加する、という姿勢を見せてこそ、若者にも習慣が形作られるのである。Jenning君がいみじくも、かたことの英語で言っていた。継続は力なりですね。Endurance makes you stronger, doesn’t it? と。継続することにより、そのひとのスタイルができてくるのだ。ちょこっと覗いてあとはまあいっか、と出てこないというような行動パターンではいつまでたっても形ができない。あれこれと海外学会にはしょっちゅう参加して忙しい忙しいと言っていても、じゃあ、君の「これ」っていう仕事は何なのと聞くとなにも業績がないという若手・中堅もたいへん多い。若くして企業に踊らされて評論家活動をしているようなふやけた者も多い。学生時代にスコットランドに夏期留学していた頃、アバディーン地方の城の壁に「役に立つように己を形作れ、壁の穴に合う石は道に捨てられたりはせぬ、やがて運命が君の大きさを測り、言うだろう、君は使い物になる、私のためにこれをやってほしいと」という意味の文字が書かれていた。形のはっきりしない石は役に立たず、捨てられ、そこらへんに転がっている。形のある石は重要な位置にはめ込まれ、きちんとした役をはたし周囲から評価され信頼されるようになる。堅い石が鉄槌とノミにでもって時間をかけて少しづつ削られ必要な場所でその存在価値を発揮するようなものだ。求めなさい、そうすれば与えられる。探しなさい、そうすれば見つかる。ドアをたたきなさい、そうすれは開けてくれる。そして、続けないさい、そうすれば形ができるのです。

認定看護師養成の壁


がん化学療法の副作用を過剰に強調し、治療効果を否定するような無責任な論調に対し『「抗がん剤は効かない」の罪』と題する本を日本医科大学教授の勝俣範之先生が書いています。その本には、抗がん剤治療の効果と副作用のバランスについてわかりやすく、科学的に説明してありますが、一般の方々にとっては、抗がん剤治療はやはりわかりにくいことが多いと思います。その理由は、実際に抗がん剤治療をうける立場になった患者や家族にとって、自分にはどれくらいの効果があって、どんな副作用がでるのか、毎日の生活で何に注意すればいいのか、仕事はしていいのか、旅行に行ってもいいのかというような、個別的な情報が本を読んでも得られないということではないでしょうか。最近では、抗がん剤治療は、通院で行なわれることが多いので、外来診察室での限られた時間に、患者は医師から十分な説明を受けられないということもあるでしょう。そこで、非常に重要な役割を担っているのが副作用症状を患者自身で対処する方法を患者に指導し、がん化学療法薬の安全な取り扱いや適切な投与を管理する看護師なのです。しかし、全国十一カ所で開設されてきたがん化学療法認定看護師養成コースのうち、今年は五カ所が休講となってしまい、高度な技量と知識を持つ看護師の養成が滞っているのです。その原因のひとつに、「七対一看護規準」があります。医療法では一つの病院に勤務する看護師数は、入院患者数対看護師数の比率で十五対一、十三対一、十対一、七対一と、四規準に区分されます。「七対一」は平成十八年に導入された新しい基準で、これを満たす病院では、高い入院費を請求できるため、病院管理者は看護師の数を確保するのにやっきになっています。そんな状況で「認定看護師資格を取りたいので半年間、休職させて下さい」という希望はとても認められないようです。質が大事なのに数を重視する風潮は間違っていると思います。(まだつづく)

 

 

 

 

求めれば与えられる


十年近く認定看護師養成コースの講師を担当しているので、認定資格をとった看護師の活躍に、感動を覚えることもしばしばあります。乳がん看護認定看護師の資格を取得したOさんは、勤務していた市民病院に戻りました。その病院では、乳がん患者の治療は、五名の消化器・一般外科医全員が、それぞれの流儀で担当していました。消化器・一般外科医は、急性虫垂炎、痔、鼠径(そけい)ヘルニア、胆石など、がん以外の病気の外科手術、胃がん、大腸がん、乳がんなどの手術、検査、抗がん剤治療、そして、再発した後の緩和治療、さらに終末期の看取りまで、かなり広い領域を担当します。彼らは、大学の関連病院を数年ごとに移動させられるため、狭い領域を専門として絞り込むことができないという事情もあり、乳がん診療を専門とするわけにはいかないのです。その病院には、腫瘍内科医もいないため、抗がん剤治療は不十分と言わざるをえません。そんな状況を承知の上で、どうにかしようと決意して資格をとったOさんは、治療を受ける患者に丁寧に説明し、外科医師たちには、抗がん剤に関する最新の情報をわかりやすくまとめた資材を作って提供するなど、数年間、がんばりました。しかし医師は毎年移動し、乳がん診療を専門とする医師は採用されず、空しさの中で燃え尽きる寸前まで疲れ果ててしまったのでした。Oさんは先輩に相談、病院を辞め、看護系大学院修士課程に入学し2年間で規定の単位を修得し、がん看護の専門看護師になりました。現在Oさんはがん診療拠点病院に勤務し、腫瘍内科医、乳腺外科医などからなる乳がん診療チームのまとめ役として活躍しています。Oさんは目標をもって認定資格をとり、一度は挫折しかけましたが、専門資格に挑戦し、自らの付加価値を高め、そして患者のために還元しているのです。求め、捜し、門をたたき、自らの志を達成したOさんは、きっと多くの後輩の目標になって行くでしょう。

 

 

教育の伝承


台風八号接近の大阪で乳癌学会が開催されました。3ヶ月前のことでした。会長として浜松で開催した昨年に比べずっと気が楽ですが、学会中は講演や司会、会議に懇親会と多忙な日々が続きました。昨年と比べると、企画も準備も運営もいまひとつと言う感じで、情熱の注入が感じられなかったのは私だけでしょうか。学会中は、休診とするので抗がん剤治療やセカンドオピニオンのために訪れる患者に受診日変更をお願いしなくてはいけませんが、学会は全国の医師、薬剤師、看護師らと直接会って情報交換でき、医療者としてお互いの成長のためには極めて有意義で印象深い三日間となりました。

学会というといつも思い出すのは国立がんセンター病院でのレジデント(住み込み研修医)一年目の夏、京都で開かれた肺がんの学会に同期生数名と参加した時のことです。レジデント一年目はローテーションといって、数ヶ月ごとに各部門をまわり自分のための勉強だけをする時期なので、指導者の許可さえ取れば学会には自由に参加できました。伸びきったゴムのように北海道でのんびり過ごした私は、先輩もみんなそうしているように学会は観光のついでと思っていたので学会場看板前でアリバイ写真だけとって観光旅行へというスタイルもありでした。しかし、国立がんセンターの指導は違いました。病理診断の指導医S先生に「来週、京都の学会に行くので一週間、お休みします。」と申し上げたところ、目がギロリと光りました。一週間はちょっとまずかったな、と思ったのですが、それが原因ではありませんでした。「学会で何をして来るんだ?」と言われ、遊びに行くのがばれたか、と思ったのですがそれも違いました。「はい、勉強してきます。」と答えると「どうやって勉強するんだ!」とますます語気強くなり、「発表とか聞いて来ます・・・」と言うと、S先生はもの凄いけんまくで「聞くだけじゃあだめだ!一つでも質問してきなさい。帰ったら何を質問したか報告に来なさい。遊んできても構わんよ。」と、すべてお見通しでした。以来、学会では真っ先に質問するのが習慣となり今日に至っています。昨年も若手医師のM君が「会長自ら質問されるんですね。」と感心していましたが、M君も別の会場で質問していました。これも教育の伝承であります。

 

ブレーキはひとつで十分


数年前、いや十数年前になるけど、ハーセプチンの治験に当事者としてかかわっていた時、当局(厚生省医薬安全局とか、今でいえば医薬品機構とか)は、「モノクローナル抗体」という新しい範疇の薬剤であることに対して異常に敏感で、過剰に対応して、安全に、安全に、慎重に、慎重に、ということで対応を要求してきました。しかし、それは、あまりに過剰でブレーキかけまくりだよ、そんなことしてたら、先に進まないじゃん、というような感じでした。最初の症例で、ハーセプチン点滴直後、エクソシストのようにベッドががたがたと音を立てるほどの震えがきたものでしたが、それはインフュージョンリアクションであって、ネズミ成分に対する異物反応だから大丈夫!! 驚いたことは驚きましたが、想定内ということで先に試験を中止したりしませんでした。国がん東のささきのやっさんは、症例もいれないくせにつべこべ言うばかりでしたが、東海大の徳田先生の協力で一気に治験を仕上げ、途中で、三菱から日本ロッシュに開発会社が変わりましたがアメリカから遅れること1年で日本での承認を取得したのでした。それでも、HER2検査日をレセプトに書かないといけない、とか、くだらない付帯事項がつけられたのでした。これは今でも続いていて、かなり煩わしく、意味もないので、もうやめようよ、と中外山口さんに言っているのに当局は相手にしてくれないそうです。
最近は、バイオシミラーとか、DDS製剤、ナノテク製剤など、また、あたらしいカテゴリーの薬剤が開発されています。そして、また、当局は、新しい範疇の薬剤だから安全に、安全に、効果はどうでもいいから慎重に、慎重に、と時間とお金のかかるような開発手順を求めてくるようです。そうこう、もたもたしているうちにバイオシミラーなんかは、シンガポールとか、ベトナムとかで一気に開発が進んじゃって、日本は遅々として進まずになっていますし、ますます周回遅れ。とうきょくくんがブレーキをかけるのは仕事だから仕方ないけれど、開発会社も治験責任医師も効果安全性委員会も、だれもアクセルを踏まず、みんなでブレーキの踏み比べをしているようです。効果あっての薬剤なんだから、わが社はこんなに良い薬剤を開発したんだから困っている患者さんに一日でもはやく届けたい、効果があれば多少の副作用はしょうがない、というぐらいの情熱大陸のほうがいいのではないか、とすら思います。ブレーキは一つで十分というのは、そういうことであります。(archival presentation requested by Mr.Jindou Itoh)

がん治療と仕事の両立


朝日新聞の「がんと就労 辞めずに済む職場に」と題する社説は、「治療と仕事が両立できるような企業社会にすることは、喫緊の課題と言ってよい。」と結んでいます。今や抗がん剤治療は通院で行なう時代、当院は街角がん診療をテーマに、外来点滴で抗がん剤治療のできる体制が整っており、毎日十五人前後の患者が治療を受け、仕事を続けている患者は多くいます。約三ヶ月間の術前抗がん剤治療を終え、手術を済ませた患者に話を聞いてみました。「まさか仕事を休まないで抗がん剤治療ができるとは思わなかった。」、「仕事に合わせて治療日程を調整してくれたので助かった。」などは、治療と仕事が両立できた方の感想です。吐き気やだるさが強く、途中から仕事が続けられなくなった学校の先生の場合、校長がすぐに代わりの先生を立て、無理しなくていいと言ってくれ、治療終了後は、完全に職場復帰した方もいます。社説が課題として主張するような、理解ある職場は確実に増えている事を実感します。一方で、治療と仕事の両立が理不尽に妨げられている場合もあります。がんと診断された後、治療の説明を聞く前に早々に退職してしまう患者がいます。知人から治療に専念しなくてはいけない、仕事どころではない、治療の副作用はとても辛い、などと言われての早まった決断です。そのため、最近では、がんを告知する時に、とにかく仕事は続けるようにと患者に釘を刺すようにしています。生命保険の中には、仕事ができないことにしないと保険が全くおりないという場合もあります。書式が最初から「労務不能の日数」を書くようにできており、発病前の仕事ができないようなら労務不能とするとなっていて、短時間勤務や軽作業なら就労可能、といった状態に合わせた柔軟な記載ができるようにはなっていないのです。こういった一つ一つの事例を検討し合理的に改めることで、「辞めずに済む職場」を実現することは容易だと私は思います。ただ、そうは言っても、できれば仕事をしないで給料だけもらいたい、というひともいます。傷病手当をもらうために、どうにか働けないことにしてほしいとか、生活保護をうけているひとが、働けないということにしてほしいと言ってくる事もあります。「だからさー、お願いだから、働けないって書いてよー、いいじゃあーないの」「だめよー、だめ、だめ!」

情報の海でおぼれないために


セカンドオピニオンとは主治医以外の医師に求める第二の意見です。最近ではこの考え方が随分広がって来ました。しかし、だれでも簡単にインターネットで最新の専門的情報が入手できるため、患者は医師よりも多くの情報を持っているということもまれではありません。先日、三十才代半ばの女性が、肺がん治療についてのセカンドオピニオンを求めて外来を受診されました。お母さん、伯母さん、お母さんの友人が付き添い、不安な顔で診察室に入ってきた患者は座るなり、びっしり書き込んだキティちゃんのノートを手に話し始めました。「大腸がん手術後6ヶ月の予定で開始した抗がん剤治療が終了する前に肝臓がんになったので手術をうけた。抗がん剤を変更して治療していたところ肺がんになったので、ネットで調べ、肺がんの手術で有名な病院にセカンドオピニオンを予約し二ヶ月待って受診したら、手術はできないといわれたとのこと。外科の主治医から言われて、同じ病院の消化器内科で話を聞いたが治療はないといわれた」という経過でした。そして「ネットで調べるとアレクチニブとかアフィチニブなど新しい薬があるのにどうしてつかえないのでしょうか」、さらにネットで調べた免疫療法、温熱療法などについての質問が延々と続きます。適当なところで話を遮り、患者があげた薬剤は確かに最新の肺がん治療薬だが、そもそも、肺がんではなく肺に転移した大腸がんなので、大腸がんとしての治療薬を選択することを説明したら、はじめて聞きました、と当惑ぎみでしたが納得した様子でした。また次々に転移が見つかり厳しい状況ということも伝えましたが、スチバーガ、ロンサーフなど新しい薬剤も使えることも説明し、患者も付き添いの方も安心してお帰りになりました。がん治療は日進月歩、我々専門医でさえ、情報をきちんと把握することは至難の技です。情報あふれるネット社会、情報の海でおぼれないように注意したいものです。

情報処理につまずく医師


五十才代の女性が乳がん治療に関するセカンドオピニオンを求めて受診されました。右乳房にしこりを感じたため受診した病院で、しこりに針を刺し組織の一部を採取する検査を行いその結果、ホルモン剤が効くが抗がん剤を追加した方が良さそうなタイプの乳がんとのことでした。一週間後に予定されている手術までに術後の治療を決めるよう言われたそうです。乳がんの七割はホルモン剤によって増殖が抑えられるタイプで、その半分はホルモン剤だけでよいのですが、残りの半分は抗がん剤治療を追加する必要があります。ホルモン剤だけに比べると抗がん剤治療は、脱毛、吐き気などの副作用が強く、抗がん剤治療を受けたくない、と思う人は多いと思います。「抗がん剤治療はやはり必要でしょうか?」という患者の問いに対して、「手術の前にまずホルモン剤を数ヶ月行い、しこりが小さくなれば、ホルモン療法が効くということで、抗がん剤は必要ないかも知れない」というのが私の意見でした。2ヶ月後、再びセカンドオピニオン外来を受診した患者は、予定どおり手術が行なわれており、術後に主治医から抗がん剤治が必要かどうかを調べる遺伝子検査を勧められたそうです。これは、欧米では既に数種類の検査が日常診療として行なわれていますが、日本ではまだ正式には導入されていません。実施するには五〇万円前後の自己負担が必要です。患者は勧められるままに、二つの検査を受けたところ、一つの検査では抗がん剤治療は必要、もう一つでは不要という結果だったそうです。結局、高額を負担して実施した検査はあまり役立たず、主治医からは、抗がん剤がいやならホルモン療法だけをやりましょう、と言われたそうです。これ以上、患者を混乱させてもかわいそうでしたし、絶対に正しい答えはないので、ホルモン療法だけで続けることに賛成しました。しかし、情報処理を間違った医師は患者に大きな迷惑をかけるということを痛感しました。

いつまで続く抗がん剤治療


「抗がん剤治療はいつまで続けるのですか?」、再発がん治療を受けている患者からよく尋ねられる質問です。抗がん剤治療が行なわれる状況は大きく分けて二つあります。一つは初期治療です。がんと診断された後、手術や放射線治療と組み合わせ、完全治癒を目指して行なわれる治療で、抗がん剤の期間は予め設定されており、通常は半年以内に終わります。初期治療では、多少の副作用はどうにか乗り越え、規定の治療を完遂することが大切であると我々は考えています。もう一つは転移・再発後治療です。がんが他の臓器に転移した場合、完全治癒は困難な場合が多いのですが、がんと共存して発病前と同じような生活を送ることができるよう痛みや呼吸困難などの症状を和らげ、延命をめざすのが、転移・再発後治療の目標です。この場合、抗がん剤治療は、期間を予め設定して行なうものではありません。原則は、効果があり副作用も許容範囲内ならば続けます。しかし、副作用が強くて続けられない場合もあります。そんな場合は、抗がん剤の量を減らしたり、ケモ・ホリデイ(抗がん剤のことを英語でケモセラピー、略してケモと呼びます)と言って、抗がん剤治療をしばらくの期間お休みしたりすることもあります。気分転換のために旅行に行くなど、趣味に気持ちを向ける事も大切です。また、永久に効果が続く訳ではありませんから、別の薬剤に変更することもありますし、効果の期待できそうな薬剤を使い尽くしてしまう日も来ます。新薬の効果や安全性を確かめる臨床試験に参加し、次世代のがん患者によい治療を残して行くことも重要な取り組みです。転移・再発後の治療は山あり谷ありの長丁場ですが、毎日の生活や仕事を犠牲にしないよう、気持ちの余裕を持つことも大切です。患者は医師の指示に従わなければならないと考えるのではなく、医師とのコミュニケーションをよく取り、相談しながらいっしょに治療を組み立てて行きましょう。