朝のいかり


今朝の朝日新聞に、「キチンキトサンががんに効く」と、うその宣伝をしたとして出版社が摘発された、という記事が載っていた。遅すぎるよ、対応が。キチンキトサン、サメの軟骨、フコイダン、アガリクス、プロポリス・・・、そんなものがんに効くはずがないだろうに、それをあたかも、がんが治った、なんて、信じる方も馬鹿だね。先日受診した卵巣がんの女性、抗がん剤治療をすれば、十分に治る状態だったのに、ハンドパワーがいいとだまされた馬鹿な息子が、抗がん剤を拒否し続けたため、患者は両側の水腎症になってしまった。その段階で、抗がん剤が効いた人の話を聞いて、自分ももう一度、元気になりたいと、やってきたのだが、ちょっと厳しい状況になってしまっている。
先日、静岡新聞には、2012年から放射能に関する項目が、中学、高校の理科、物理に20年ぶりぐらいで復活する、と載っていた。ということは、この20年間、放射線、放射能にかんして、日本国民は大切な教育を受けていない、ということだ。だから、みのもんたのくだらない扇動に乗せられて、マイクロシーベルトの千分の一でも、放射能は放射能だから、絶対にゼロのしてくれないと困る、など、放射能と放射線の区別もつかない、馬鹿な国民が増えるのだ。遺伝子組み換え商品や、照射ジャガイモが危険だ、と勘違いしている国民も多い。放射能リテラシーなど、○○リテラシーという言葉を最近時々見かける。これは、○○を理解する能力ということだが、サイエンスリテラシーのない国民を作り上げてしまった、今までのゆとり教育の回復不能な弊害がここにきて、一気に噴き出しているのだ。話は変わるが、乳がん治療薬の、タイケルブ、これが、間違った臨床試験解釈論にもとづいて、FDAが、ゼローダとの併用のみ認めるとしたものだから、人まね子ザルの医薬品機構が、同じく、タイケルブはゼローダとの併用だけを認めたのだ。これが今、問題になっている。タイケルブは単独でも有効、ハーセプチンとの併用でも有効であることが臨床試験でエビデンスとして示されている。一方、タイケルブをゼローダと併用することの理論的根拠はなく、単に手続き論にすぎないところで、併用でなくてはならない、となっている。そのため、併用で開始したら、激しい下痢に見舞われ、タイケルブ単独にしたところ、下痢もおさまり、効果も継続している患者さんの、「タイケルブ単独使用は認められません。」という、さらに愚かな行政的対応が行われる。キチンキトサン、アガリクス、サメの軟骨、フコイダン、プロポリス・・・がよくって、なんで、タイケルブ単剤使用がだめなのか、行政に対する不満というよりは、サイエンスを理解できない国民で満ち溢れてしまった今の日本に対する言い知れぬ、恐怖すら感じるのだ。
本当は、朝はこころ静かに、朝のいのりをささげなくてはいけないが、今日は、あさからいかりではじまる一日、あとは穏やかに過ごせるように祈ります。

第12回 浜松オンコロジーフォーラム


来る10月8日(土曜日) 浜松プレスタワー 17 階「 静岡新聞ホール」で 午後3時から下記の内容で浜松オンコロジーフォーラムを開催します。

(1)胃がんにおける分子治療薬の現状と展開     聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 教授 朴 成和 先生

(2)悪性リンパ腫治療の最近の話題        国立がん研究センター 中央病院 血液腫瘍科 科長 飛内 賢正先生

(3)地域がん医療 -今何が求められているのか-  青森県立中央病院 病院長 吉田 茂昭 先生

事前申込にご協力ください。https://business.form-mailer.jp/fms/8dad846f4635

なお、当日受付も可能です。

お誘いあわせの上、ご参加ください。

お問い合わせ先:ymiyamo@oncoloplan.com

朝日新聞連載 「がん告知 今昔 その1」


がん患者にとっても、がん診療に従事する医療者にとっても、がんの告知はたいへん重いものです。昔は「がんを告知すべきか、すべきでないか」ということが、学会でも議論になり、「日本人は宗教的基盤が弱く、告知を受け入れることができないので、欧米のような告知には耐えられない。」という日本人特殊論を主張する外科医もいました。私が国立がんセンター病院のレジデント(住み込み研修医師)として札幌から東京に赴任した1982年、院内の勉強会で、「札幌にいるときに、肺がんの患者さんに肺化膿症と、胃がんの患者さんには胃潰瘍と言って、抗がん剤治療をしていました。」と発言したところ、看護婦長に「どこでもそうね。でも、この勉強会では、そういうやり方をしないようにするには、どうすればいいのかを考えているのですよ。」と言われました。また、かつては「ムンテラ」という言葉が当たり前のように使われていました。これはドイツ語で口を意味するムントと治療を意味するテラピーをつなげたムントテラピーという和製ドイツ語の短縮形です。ムンテラという言葉には、うその病名を告げるなど、相手を適当に言いくるめるというような語感が含まれているため、好ましい言葉ではありません。国立がんセンター病院で「がん告知マニュアル」が作成されましたのは1997年でした。そのまえがきには、「がん告知に関して、現在は、特にがん専門病院では「告げるか、告げないか」という議論をする段階ではもはやなく、「如何に事実を伝え、その後どのように患者に対応し援助していくか」という告知の質を考えていく時期にきているといえる。」と書かれています。さらに事実をありのままに話すという名目のもとに、ただ機械的に告知することの問題も提起し、告知する医療者の基本的心構えや、告知後の患者の精神面に対する配慮などに着目し、がん告知を、医療者が習得すべき技術としてマニュアルが公表されたのでした。

とげの持つ意味


週末は大阪大学一門の勉強会にお邪魔しました。冒頭、野口眞三郎先生が来年ドラスティックな変化が起きます、と予告。何のことだろうかと聞いてみると大阪大学外科同窓会が来年から従来の一外二外を統合する、というのが劇的なんだそうだ。医局なんてどーでもいいーと私は30年前から思っているのでどーでもいいとは思いますが、その筋で生きてきた方々にとってはものすごいチェンジなんでしょうか。一外二外といがみ合っていては外科の衰退に歯止めがかけられないから一致団結しようということでしょうか。あまり実質的、本質的な話ではないようだけど、それはそれとして、私が呼ばれた勉強会も、一外二外の区分なくオール阪大乳がん診療というくくりで、野口先生のリーダーシップでみんなで正しい勉強をしようといものです。これは実質的な話で落ち武者集団を仲間に取り込むことで、がん診療の本当の均霑下(きんてんか:神が天からあまねく施しをすべてにいきわたらせるように、がん診療も、ダークスポットがないようにあまねくレベルアップを図るということ)に寄与するものでしょう。 確かに旧○外系の症例報告は、ひどいもので、ホルモンケモてんこ盛りだったり保険適応もエビデンスもまったく関係ないってね、というような昭和の時代のレトロ治療の発表で、旧□外系は、いらいらしながら聞いており、私も、黙っているか、徹底的に叩きのめすか、どちらかな、と思いつつ聞いていましたが、幸い、旧□外系のジェントルメンが、程よいとげのある質問をいくつかしておりましたので、私は、あえて敵をつくらないですんだわけですが、はたして、その「とげ」の意味を、旧○外の人たちは感じることができたかどうか、それが問題であります。

若者よ 海外に羽ばたけ


今日、徳留なほみ先生がミシガン大学留学に向けて旅立ちます。永住するぐらいの覚悟で頑張ってくるように、発破をかけて門出を祝しました。浜松医大とかの若いのを見ているとはじめから海外留学なんて考えていません、英語が苦手ですから、とかいってまるで、大志を抱いていない。若者は見聞を広め自分を磨くためにも海外でのトレーニングに身を置く期間を持ってほしい。海外には多くの友人、知人がいるから、アメリカでもヨーロッパでもパプアニューギニアでも、希望があればどこでもご紹介しますよ。若者よ、世界に飛翔を! 徳留先生、頑張ってきてね。

朝日新聞連載 - 患者医師関係ミスマッチ - 


前回とりあげた患者タイプ分類は、医師が患者とうまくコミュニケーションをとるために提案されたものですが、父権型、すなわち「だまって私の治療を受けなさい」というタイプは時代遅れ、解釈型、つまり、自分では問題を具体化できず医師に導かれ答えを探すタイプは優柔不断、自分で情報を集め、自分で治療を選択する情報型が近代的である、と勘違いする医師が結構多いように感じます。
ある日、ご主人と一緒にセカンドオピニオンを求めて、当院を受診した肺がんのYさん、担当医から次のような治療の説明があったそうです。「ゲフィチニブという飲み薬が効く可能性がありますが、間質性肺炎という、一気に呼吸が苦しくなって死亡するような副作用も出る恐れもあります。この薬を飲むか、飲まないかを次の外来までに決めてきてください」。どんな薬でも、「効果」と「副作用」のバランスを考えて、治療を受けるか、受けないかを検討する必要があります。Yさんが情報型であれば、自分で調べてさらに主治医にわからないことを質問し決定することができたかもしれませんが、どちらかというと解釈型、自分だけでは結論が出せず、医師に導かれて答えを探すタイプです。次の外来までの一ヶ月間、ご主人と一緒に図書館に行ったりインターネットで調べたりしましたが決められません。一方で、咳はだんだん強くなるし、病気が進んでしまう不安も増してきます。たまたま、インターネットで目に留まった当院にお見えになったのでした。副作用の頻度、効果の可能性などを説明しながら、「私は治療をお受けになることをお勧めします。」とお話ししましたところ、安堵の表情でお帰りになりました。タイプを見誤ると、かえって患者さんを苦しめることにもなりかねないということも言えますが、むしろ、誰にでも、情報型、解釈型、審議型、父権型の要素が、少しづつ混在していると考える方が、実情に即しているように最近では感じています。

「ろくでな医師」養成講座


セカンドオピニオンを聞きに来た患者さんのご主人の話。「主治医からはただ抗がん剤をする、とだけ言われたのですがそれでいいんでしょうか。」紹介状にはパクリタキセルを使う予定、と書いてあるので、「薬の選択はこれでいいと思いますよ。」と答えると、「薬の名前は今初めて聞きました。」というので、「副作用とか、どんなふうに治療するかとか、聞いていますか?」と尋ねると、「若い医師で、とにかく逃げるんですよ、こちらがいろいろ聞くと、勤務時間はもう終わりですから、といって帰ろうとするもんですから、思わず、怒鳴ってやろうと思いました。」と、声を震わせておっしゃいました。ご主人には、とにかく冷静にと申し上げましたが、あまりにひどい対応なので、紹介状の返信に、医師たる者、勤務時間などという個人の勝手な都合を持ち出すのはけしからん、患者の求めに応じ、逃げずにきちんとした説明をしなさい、という風な、説教文を書いて反省を促しましたが効果があるものやらどうなのやら。この話をO先生に話したところ、「初期研修では、指導医側も、勤務時間を超過してはいけないとなっているので5時になると、帰って帰ってと、そのあと、カンファレンスとか、あっても関係なく帰らせるんですよね、また、遅くまで勉強させられるところは、あそこは遅くまでやらされるっていう評判が翌年の学生なんかに伝わって、人が集まらないのでどうしてもそうなってしまうんじゃあないんですか」と言っていました。そもそも楽しんごで、医師になろうなんていう魂胆が大間違えで根性を叩き直さなければいけません。私たちが研修医の頃は、病棟に深夜1時まで残ってカルテをかいたりして、準夜勤務から深夜勤務への看護婦の申し送りを聞いてから帰る、とか、レジデント部屋で、隣の部屋の医師が夜中に呼ばれていったら、自分もついて行って、緊急手術とかがあれば、入れてもらう、とかいうような、自発的かつ、積極的な勉強をするのが当たり前でした。レジデントの時は1年365日、毎日病棟には必ず顔を出す、というものも珍しくはありませんでした。勤務時間だから帰ります、と患者に言う、などというのは言語道断です。親ならぬ指導医の顔がみたいもんです。最近の研修医上がりをみていると、きちんとごあいさつはできない、やれ結婚式だ、新婚旅行だ、夏休みだから休みますだ、学会に行っても昼過ぎにふらふらと出てくる、だからといって懇親会や県人会などの集まりとかに参加するわけではないと、自分の都合で好き勝手な行動を正当化しているのがめだちます。、鉄は熱いうちに打て、ということは、つまり、若いうちからそんなふやけた甘い(はまい=浜医)行動パタンを身に着けていては「ろくでな医師」にしかならんだろうことはあきらかであります。

朝日連載「患者医師関係の四つの形」


患者にとって最も確実で信頼できる情報源は主治医のはずです。しかし、患者と医師のコミュニケーションがうまくいかない場合があります。医師も人間、患者も人間ですから、相性の良し悪しもあるでしょうし、医師が説明技術を十分に習得できていない場合もあるでしょう。また、患者の要求度の問題、つまり、無理難題を求めるような場合もあると思います。しかし、医師は医療のプロとして、患者に必要な情報を適切に提供できるよう、コミュニケーション技術と話術を身に着けなければなりません。患者のタイプに合わせた対応も必要です。医師から見た患者のタイプは4つに分類できるという報告があります。
情報型; 患者はインターネットや書籍から、できる限りの情報を集めて必要なものを取捨選択して、自ら決める判断材料とするタイプです。医師に求めるものは専門家としての知識と情報です。
解釈型; 自分では問題を具体化できず、結論が出せないようなタイプで、医師に導かれて答えを探していきます。医師には、カウンセラーのような役回りを期待し、医師には明確な治療方針をわかりやすく説明してくれることを期待します。
審議型; 具体的な解決策を自分なりにはいろいろと考えつきますが、結論に至ることができず、医師には、友だちのような役回りを期待し、同じ目線で議論して答えを求めるタイプです。医師の一方的な説明ではなく話し合って結論に至ることを好みます。
父権型;説明を必要とせず、「これが正しい」と断言して引っ張っていく人に安心してついていくタイプです。医師にいろいろな情報を提供されたり、選択肢を提示されても混乱するだけなので、結論と自分がどうすべきかだけを提示してほしいと考えています。医師には、厳格な父親のような役回りを求めます。
私たち医師は、患者がどのような医師と患者の関係を求めているのかを意識して、説明を工夫しているのです。

週末の活動


昨日は浜松医療センター主催の市民講座「よくわかる乳がん」で、乳腺外科徳永先生、放射線治療飯島先生、乳がん看護天野さんと腫瘍内科渡辺の4名で講演しました。この市民講座は医療センターが半年毎にいろいろなテーマで開催しているもので前回は認知症、今回が乳がんで次回は糖尿病です。講演した4名はいつも、がん情報局市民講座で協力しているメンバーで毎回のスライドも共有し、目線があっている、問題意識もほぼ一致います。しかし、新作ネタも盛り込まないと、ということで今回は、猫村ねこ、犬山ロビンが登場しました。
そして今日、日曜日は、NPO法人がん情報局主催の第一回地域がん医療セミナーを東京御茶ノ水で開催。これは、自治医大の穂積康雄先生、さいたま赤十字病院の斎藤毅先生ら、がん医療を専門としている自治医大卒業生と吉田雅行先生、河野先生、それと私のがん情報局員が講師陣。武井先生は大事なシャンシャン大会のため残念ながら欠席でした。対象は全国の第一線で活躍している自治医大卒業生で、内容はがん医療の最新情報や、最新のエビデンスに基づく日常がん診療の組み立て方などを、講義、パネルディスカッションで伝授いたしました。かなり活発な質問も出たし、とても勉強になりました、という反響で、来年も、乳がんでやるか大腸がん、胃がんなどの消化器をやるか、計画したいと思います。今回参加した方々が、口コミで、あれは勉強になるから、と伝えてくれると、はげみになりますので、よろしくお願いします。
今週、世間は三連休ですが、土曜日には、第21回乳癌学会の第一回準備委員会を開催、基本方針、2年間の準備手順の練り合わせを行います。来週の敬老の日は久しぶりの休日。先週修理したシーカヤックで浜名湖ツアーを準備中。浜名湖は脱落した佐藤君と行って以来、1年ぶり。楽しみです。

質問しない看護師たち


学会でも研究会でも看護師は沈黙だ。なんのために参加しているのか? 自分はいい発表はしているのだから、他演者の発表に対してひとつやふたつ、質問はあるだろう。会場にも師長とか主任などのいわゆる指導者クラスもいるはずだ。その人たちが黙っていては若い人は質問しにくいのだし、率先垂範ということをよく考えてほしい。昨日の看護のセッションでは、大阪大学の中山貴寛先生もすべての演題に看護師からの質問がなく、さぞかしやりにくかったと思うが、一つ一つの演題に、教育的、指導的な適切な質問をしていた。日本看護学会の会長さん、看護師に「学会にいったら、少なくとも一つは質問してくること」という目標を設定してください。受け身の沈黙ではチーム医療はできません。内弁慶では困ります。