自粛の意味不明


ザンクトガレン会議は土曜日のお昼で終了する。翌日朝のフライトで日本に帰国する参加者が多いので土曜日の午後のレビュー会議を行うのが恒例となっていた。これは1998年の第6回から毎回開催してきた。手術、抗癌剤、ホルモン療法、ターゲット療法など、領域毎に分かれてワーキンググループのようにしてポイントをまとめたり、毎回、いろいろな工夫を凝らしてきた。参加してくれている先生方には「土曜日のあの会があるから知識を整理出来る」と、いつも好評であったしいろいろな話題で徹底的なディスカッションが展開される確かに勉強にもなる。数回前までは製薬企業がそれぞれの思惑で別々に開始し別々に参加者を集めていた。中には途中までA社の会にでて途中からB社の会に、と言うように、内容よりも渡世の義理を重視する先生もいるがそれはそれで、いいんじゃなぁ~い。でも私は、そりゃあおかしいんじゃあないの、各社で協力して中身を重視してやればいいじゃん、と、いつも提案してきた。その甲斐あってか数回前から、B社とC社の共同開催と言うような形が取り入れられたがA社はまだ別にと言うことでいろいろな義理があってのこと、関西の義理と仁義は関東には通じないといようなローカルカルチャーギャップの話なのか、ザンクトガレンはもともと弊社の本社がバックアップしてきたものですから、という、ヨーロッパの義理と仁義はアメリカには通じないといようなグローバルカルチャーギャップの話なのか、よくわからないが、とにかく微妙な雰囲気の中で、巧妙な計画の下に整然と誘導され参加者は当然のごとくA社からB社へ、そしてC社へと移動するのであった。それでも、そりゃあおかしいし、第一、時間の無駄であろうから、全部まとめてやったらどうなのよ、と提案を続けてきた。それが実ってか、今回は三社が共催して開催と言うことになった。しかし準備プロセスはぎくしゃくしており、各社のエゴがコンフリクトして、本当にやる気あんのか、という感じだったが傍観していた。要はリーダーがいないのである。各社がラッキョウの皮むきみたいで芯がないし責任者の顔も見えてこない。日頃から対立関係にある同業企業間で真の協力は金輪際不可能であることを痛切に実感した。それでも、多少助言して、せっかくやるんだから変な風に分けずにみんなでとことん討議が出来るようにしたらいい、とプログラム策定の相談に乗ったり討議が大切だからという視点を明確にすることにして出発前日を迎えた。ところが、震災で、多くの学会が開催見送り、延期ということになった。それは、震災のさなか、とりあえず勉強は後にして困っている人を助けよう、ということで動ける人たちは震災地域に救援に行ったりしている。それがいつの間にか学会や勉強会を取りやめることに「自粛」という言葉が使われるようになった。自粛とは、自分で自分の行いをつつしむことで、「自粛を促す」とか「報道を自粛する」とか、不適切な事をする状況について使用される言葉である。ザンクトガレンで三社合同のレビューミーティングを「自粛します」という案内が配られた。なんで、自粛? なにを慎まなくちゃいけないの? 何か、俺たち悪いこと、恥ずかしいことしてるの? 誰かに迷惑かけた? べつにドンチャン騒ぎするわけじゃあないんだけどなんで?という感じ。レビューミーティングが中止になったことを受けて、多くの先生から「あの会が楽しみで毎回来ているのに何で中止なの?」とか、「ぐちゃぐちゃでよくわからないから土曜日の午後の会でまた、教えてください? えっ、あの会ないんですか? え~、どうしてですか?」など、心の底から勉強しよう、つまりIntention to Study(ITS)の先生方はとても残念という結果であり、中止で申し訳ありません、と思う。しかし、どうも企業は、ああいう会を開催することがどことなく不謹慎、不適切、不条理という感じがあるらしい。それは基本にIntention to Mouketai(ITM)という心根があり、だから「このご時世にITMはまずい」ということで自粛ということばが自然に(Oh It’s natural!) 出てくるのではないかとおもわれる。また、今回、三社共催という呉越同舟プログラムは所詮無理があり、渡りに船、とばかりにそうそうに「自粛せざるを得ません」としたり顔でややこしい問題を回避した、という感じもする。それだったらそれでいい、わかった。ならば、ITMに基づくしゃんしゃん大会、今世紀中の開催はすべて見合わせるよう自粛することを強く推奨する(グレードAAA)、しゃんしゃんしゃん。

ST.Gallen 1日目


St.Gallenは、温かく東京あたりの気候と同じぐらいです。1日目は、午後2時30分から開始、開会式のDr.Senn(会長というか事務局長)の挨拶では今回の参加者を4200人で前回の約5000人からは減ったようです。その理由は、スイスフランがドル、ユーロに対して30%ぐらい高くなったためとのこと。日本円の円高と同じでスイスに来るにはお金がかかる、ということのようです。毎回、優れた研究者が表彰されますが今回はタモキシフェン、ラロキシフェンなどSERM研究一筋のクレイグ・ジョーダンが受賞しました。AIの間欠投与や、低用量エストロゲンなど、理屈に基づいたホルモン慮法の展開の可能性を話していました。なかなか、純粋で学問的でよかったと思います。その前にアストラゼケカのサテライトシンポジウムがあったのですが、フルベストラント、アナストロゾール、ゲフィチニブなどAZ社のプロダクトに関して無理やり作ったような話の連続で胸やけがしていたのでちょうどいい消化薬でした。
さて、セッション1は、毎回恒例の「前回から新しくわかったこと」ということで、4つの話題が取り上げられました。
最初はPARP阻害剤の話、演者はイギリスのDR.TUTTです。彼は禿げていますが遺伝学の研究を昔からしていて、ランセットにオラパリブ(経口のPARP阻害剤、AZプレゼンツ)の論文の著者です。PARP阻害剤は、イノパリブの第三相試験の結果がASCOで発表されるのでそれが今年の目玉になると思います。

二番目はマルチナピカトおばさんですが、あの顔がスクリーンに大写しになるとちょっと引いてしまいます。彼女の話しは、12月サンアントニオのホセバセルガ、ルカジアーニの発表のレビューでした。彼女のいいところは、エビデンスから導かれるコンセプトを、自前のスライドで展開するスタイルでオピニオンリーダーの光をはなってきました。しかし、なんということでしょう、今回は製薬企業作成のスライドのつなぎ合わせで話の中身も精彩を欠いていました。

三番目は、骨と乳癌の話しで、演者はボブコールマン、AZURE試験の主任研究者です。期待したのはRANKL阻害剤なども含めたレビューでしたが、ゾメタの話だけででしかも、サンアントニオで聞いたAXURE試験のネガティブデータの話で終わった元気のない話でした。

四番目は、イントリンシク分類のDr.PEROUでしたが、これももう少し包括的な話をするかと思ったら、ありきたりのレビューでやや表紙抜けでした。

次のセッション2「生物学1」では、クリストス・ソチリオ、ホセ・バセルガ、ケント・オズボン、ポール・ゴスが、話をしました。が、どうも、時間オーバーだったり、話がこまかかったり、また、司会のアラン・ゴルドヒルシュとマルチナピカトの突っ込みもいまいちかな、という感じでした。

一日目を終わって、郡司さんの採点は一対一のイーブンでした。

製薬企業の怠慢か?


昨年、たばこの値上がりを期に禁煙外来に希望者が殺到した。この時、チャンピックスが品薄になり、数ヶ月禁煙プログラムを開始できない人が続出した。ファイザー社は紙っぺら一枚で、品薄を伝えるだけで反省も誠意も示さず、見通しの甘さに対して誰が責任を取ったという話も聞かない。これは、製薬企業の怠慢ではないのだろうか? 
今回、子宮頚癌ワクチンの中学生、高校1年生までの接種に対して、自治体が全額補助金をだす。しかし、高校1年生は今月いっぱいで補助金が終わる。ところが、ワクチン「サーバリックス」が品薄になっている。夏まで待ってくれと言うことになった。これはGSKの見通しの甘さなのだろうか?それとも混乱する民主党政権の対応の遅れなのだろうか? 民主党政権はこれまでよ、と言う感じだが、GSKは、対応のまずさを政権混乱のせいにしてはいけない。なにかとわずらわしいGSKなので、あっ、またか、という感じがする。ファイザーにしてもGSKにしても米国、英国のナショナルフラッグシップファーマシューティカルカンパニーとしてのおごりがあるのではないか。猛省を促したい。

中部乳癌会議


愛知県大府(おおぶ)で第七回中部乳癌会議が開催されました。NPO法人がん情報局主催となって2回目ですが局員の宮本康敬君、森玄君が事前準備、当日の設営、会の運営から後片付けまでよくやってくれました。基調講演は山本豊先生。Luminal Bについて、よく準備された中身の濃い話でプレゼンもなかなかうまい部類だと思いました。参加者は翌日のディベートに向け4グループに分かでれ、夕食をとりながら、情報収集、資料吟味、討議、スライド作成、プレゼン準備と、熱のこもった作業は、深夜3時近くまでおよびました。ディベートのレベルは年々、確実に向上しているのがよくわかります。ディべートを聞きながら、岩田広治い先生とふたりで、あ、なるほどね、ほー、そう来るか、いいね、いいね、おっ、どうしたどうした、やるねー、これで決まりだね、と思いっきり主観的に評価しておりました。とくに今回は、岐阜県から細野芳樹先生、森川あけみ先生、名和正人先生、兼松昌子先生の4人もの参加者が地に足のついたディベートを展開してくれました。数年前、患者団体の方が、うちの県にはいい先生がいないんですう、と嘆いていましたが、それはもはや解決済み事案となりました。がん医療レベルの均雫化(きんてんか)は、天からあまねく雫が落ちて大地を潤すというよりも、このような活動を踏み台にあちこちに芽が出て花が咲くことによって成し遂げられるのです。吉野裕司先生は今回も数々の名セリフを残してくれました。「患者さんが体をもって示してくれた抗がん剤の効果を我々は情熱をもって役立てなくてはいけないのです。」って、いいね、いいね、やるねやるね~。私たちの役回りは、次の世代の人たちに、勉強して活躍する環境と場所を準備し提供することです。それをどのように役立てることができるかは、次の世代の人たちの能力に依存します。この会議で接する人たちがどんどんと成長していく姿をみることは大変うれしく思います。引き続き来年も3月3日、岩田広治いプレゼンツNPO法人がん情報局主催で開催する予定です。時期がきたらご案内いたします。

医師取扱規約


先週土曜日に福山の中国中央病院に呼ばれて講演してきました。病院全体でとりくむ学術大会というもので朝から、各部署からの発表があり、最後の特別講演に呼ばれたのでした。事前に事務の方とのやり取りを通じて「がん診療のめざすもの -21世紀への提言-」と題して、最近の新作ネタである、「絵に描いた餅、病診連携」とか「チーム医療の頓珍漢」とか「時代遅れのがん診療きょとん病院」の話、そして「高機能診療所」の話しをしました。けっこう質問も頂き、なかなか評判が良かったかな、と思っております。会の最後に、副院長の張田先生がご挨拶され「とてもいい話で今の当院にはもってこいの内容でした。」とおほめ頂き、「しかし、残念なのは、医師の参加が少ないことです。」と続きました。確かに、看護師、事務職員と、院長、副院長クラスの幹部医師と、あとは、情けない細身体系の研修医のような人たちしか、会場にいません。続いて「今日来ている医師は、幹部と研修医だけですね。今日もチーム医療っていう話がありましたが、医師は、尻を叩いても動きません。チーム医療に引き込むには、おだてて、ほめてやらないと、だめですね。」とため息交じりのご挨拶でした。情けない話だけれど、俺はいちばん、偉いんだい、とふるまっている医師は多いようですし、匿名で失礼なコメントを言うやつもいるし、医師という職業を選んだ人々の志の低さ、というのを感じることがしばしばあります。子供じゃないんだから(お得意のフレーズだよ)おだてる必要はないでしょうが、それなりの扱いはする必要があるでしょう。一体、中国中央病院にはどんな医師がいるのかな、と思って、ホームページを見たら、外来担当表に名字が並んでいるだけで、○○科の医師△△、と言うような診療科紹介、あるいは医師紹介のページがありません。おっ、こういう扱いを受けていると、ひょっとしていじけて学術大会にも出てこない医師が出来上がるのか、ちょっと深読みしてしまいました。グーグルアースで見ると中国中央病院には、そこだけ雲がかかり、何かを暗示しているようにも思いますが、これも、深読みでしょうか。

審査する立場の不勉強


社会保険の患者さんのレセプト審査で、オキシコンチンを1日400mg使ってくる患者さんについて、「多すぎる、他の手立てはないのか?」との査定がきた。解説を加えると、患者が加入している健康保険により、勤務者なら通常社会保険、自営業の経営者などでは通常は国民保険に加入する。昭和36年以降、日本が誇る国民皆保険である。患者は医療機関で診療を受けた時、その医療費の3割を会計窓口で支払う。高齢者の場合は1割。残りの7割(高齢者の場合は9割)は、社会保険または国民保険の支払い基金が医療機関に振り込む。もちろん、支払基金の元となっているのは、保険料としてみんなが毎月払っているお金だ。支払基金は医療機関に7割(高齢者は9割)を支払う以上は、医療がきちんとしたルール(療養担当規則)の則って行われているか、を月々のレセプト(診療報酬明細書)を審査しなくてはならない。オキシコンチンが使用されていたら「がん性疼痛」という病名がないと、それは認めるわけにはいかないだろう。病名が落ちていて、保険が通らなかった、ということが時々あるので、そのようなチョンボはしないようにしなと、病院が倒産する。使用量が不適切、とか、併用は認められない、という判断がなされると「査定」といって、その分、「これは認めません」と言ってくる。今回、オキシコンチンが多すぎる、という指摘には、丁寧にお答えしたが、それにしても、がん性疼痛で、オキシコンチンが多すぎるという指摘は、不勉強極まりないものだと思う。薬剤師の宮本くんも、そんなことを言う審査員の顔が見てみたいですね、とあきれていた。内心は、お前、分かっているのか、勉強して出直してこい、という感じだったが、弱い立場にある私たちは、御無理ごもっともと、従わなくてはいけないことが多い。審査する側も、よっく勉強しなくてはいっか~ん!

乳がん市民公開講座


今回は第11回です。パネルディスカションではいつものように「あなたの疑問になんでも答えます」、 事前に頂いた質問と、今回から当日会場での質問にも出来る限りお答えします。また、基調講演は「よくわかる放射線治療」を浜松医療センターの飯島光晴先生(通称、照射マン)にお願いしました。詳細はがん情報局ホームページhttp://www.ganjoho.org をご覧ください。

朝日新聞連載第3回 吐き気がつらかった時代


1987年9月、4年間の米国留学から帰国し、東京築地の国立がんセンター病院内科に医員として採用されました。一番下っ端の医師として、外来、入院患者さんの診療や、研究所でのがん細胞を使った研究に携わりながら、腫瘍内科医としての研鑽を積んだのでした。当時、入院患者の半分以上は、抗がん剤治療のための入院でした。使用する抗がん剤はシスプラチン、アドリアマイシンなど、肺がん、乳がん、卵巣がん、食道がん、胃がん、リンパ腫など、多くのがんの治療に現在でも使用されている薬剤の点滴です。効果があるから使うのですが、これらの薬剤は吐き気、嘔吐が強いという欠点があります。そのため、患者さんは数日間入院し抗がん剤治療を受けていました。点滴した日の夜から2-3日、吐き気が続き、中には洗面器を抱えて続けざまに嘔吐する患者さんもいました。我々の仕事は吐き気を抑え、脱水予防のため、連日点滴内容を工夫することでしたが、当時使用されていた吐き気止め薬はほとんど無力で、昼に夜に病棟の看護婦さんから「○○さん、吐いてます。」という連絡を受けるのですが、自然に吐き気が抜けるまでの1週間ぐらい、とにかく患者さんを励ますことしかできませんでした。患者さんはやっと退院しても、2週間ぐらいしてまた次の点滴のための入院となりますが、前回のいやな思い出がよみがえり、点滴する前から嘔吐する方もいます。これは、ちょうど、遠足の前にバスの排気ガスのにおいで気分が悪くなる子供と同じです。このような嘔吐を「予期(よき)嘔吐」と呼びます。点滴後24時間以内の嘔吐を「急性嘔吐」、それ以降を「遅延性(ちえんせい)嘔吐」と呼びます。このように、抗がん剤というと「吐き気が強くてつらい」というイメージを持っている方は多いと思います。しかし、とても効果のある吐き気止めが登場した1992年頃を境にこのイメージは大きく変わったのでした。

プラマイデータをどう読むか


サンアントニオ、2日目(金曜日)も暮れていきます。今日の午後は、いくつかのプラマイデータが発表されました。プラマイデータとは、ポジティブデータとは言えないが、かといって額面上は、ネガティブとも言えない、というようなデータのことを指します(渡辺造語)。これをどう解釈するか、そして、それを日常診療にどう活用するか、というところはEBMのstep 3(徹底的吟味)、step 4(目前の患者への応用)と、まさに同じことです。徹底的吟味は、有意差があったか、なかったかということも大切ですが、差の大きさがどの程度か、実際に日常診療で使用する際に、患者側の経験する「ハーム」はどの程度か、というバランス感覚も大切となります、2日目の午後の演題をざっとレビューしてみましょう。

① finXX試験は、おなじみFINHER trialで一世風靡したDr.Joensuuの発表である。腋窩リンパ節転移陽性か、陰性でも腫瘍系が2cm以上またはプロゲステロン受容体が陰性の1500症例を対象に、ドセタキセル(80mg/m²) x 4 (3週ごと) → CEF(600/m²: 75/m²:600/m²)x 4 (3週ごと)対照治療とし、試験治療には、ドセタキセル(60mg/m² on day 1) +capecitabine(1800mg/m²/day: days 1-15) x 4 (3週ごと)→ CE(600/m²: 75/m² on day 1)x 4 (3週ごと)+capecitabine(1800mg/m²/day: days 1-15) x 4 (3週ごと)とのランダム化比較試験。とまり、前半ではdocetaxelの量を80から60にへらし、後半ではCEFのFを、capecitabineに置き換えたレジメンを試験治療とした。2008年のサンアントニオで、3年時点でも解析が報告され、PFSはハザード比0.66(95%信頼区間0·47—0·92; p=0·020)で、capecitabineを加えた方がよかった。今回は5年追跡の結果が発表されたが、PFSはハザード比0.79(95%信頼区間0·60—1.04; p=0·087)と、統計学的有意水準を超えてしまった。つまり、偶然の結果でもこの程度の差は、100回に8回は起こりえますよ、ということになった。5%未満という場合は、偶然の観察でも100回に5回(20回に1回)はおこるということだから、大した違いはないじゃん、という感じもするかもしれない。しかし、観察期間をだんだん長くとっていくうちに、差はどんどん小さくなっていって、結果的には差が全くない、ということにもなりかねない。2012年の8月に三回目の解析を行う予定だそうだ。いずれにしても、PFSもOSもほとんど無視できるような差はあるが、その代償として、口内炎とか、手足症候群とかの副作用を経験し、また、お金もかかる。医師の立場からみると、点滴伝票1枚で済むところが、さらに、内服処方もしなくてはいけない、コンプライアンスも確認しなくてはならない、など、外来での用事が増える。などなど、もろもろのことを考えると、身内に虫害の社員がいない限り、このデータでは、術後治療にカペシタビンを使うのは、ちょっとやめとこう、ということになる。

② 次は、PARP1阻害剤の発表でこれまた一世を風靡した、Dr. Joice Oshaunessiによる、USOncologyの試験。腋窩リンパ節転移陽性か、陰性でも腫瘍系が2cm以上またはプロゲステロン受容体が陰性の2611症例を対象に、AC(60/m²:600/m²)x 4 (3週ごと) →ドセタキセル(100mg/m² on day 1)x 4 (3週ごと)を対照治療として、試験治療は、対照治療のドセタキセルの部分で、ドセタキセル量を75に減量、capecitabine825mg/m², day1-14, 3週毎)を加えたレジメンである。この結果、プライマリーエンドポイントであるDFSでは、ハザード比0.84(95%信頼区間0·67—1.05; p=0.125)と、有意な差は見られなかった。しかし、OSで、ハザード比0.68(95%信頼区間0·51—0.92; p=0·011)と有意差が認められた。USOncologyは、データマネージメントが雑であるとか、臨床試験に手慣れていない、community oncologistsが多数参加しているとか、言われることがある。まるちなぴかとも、いつか、学会での質問で、Steven Jonesに、お前は雑だ、みたいなことを言ったのをきいたことがある。試験の管理が雑だと、再発の検査もあまりしっかりやらないとか、再発をきちんとドキュメント化できない、ということもある。しかし、死亡日というのは、もっともハードな指標と言われており、観察の仕方とか、でそんなに変わるものではない。もっとも、足立区の152歳の男性の例もあるので、一概にそうともいえないが、それはおいといて、だから、OSに差が出た、というのもあながち間違いではないかもしれない。しかし、DFSをきちんと見ることのできないような試験組織が行ったデータは、丸ごと信じるわけにもいかない。まるちなぴけとのいうことも真実かもしれぬ。

FinXXでは、サブセット解析で、トりプルネガティブ(三陰)で差があったって、言うじゃない。でも、理屈から考えて、capecitabineは、5FUの前駆体なわけで、点滴の5FUを経口に変えただけだし、docetaxelの量も少ないわけだし、それだけで、三陰乳癌に立ち向かえるものなのか、どなたか教えてください。

FinXXの発表のあと、Vogel New Yorkが、ズバリ本質をついた。「すばらしいデータだ。解析も申し分ない。ひとつ聞きたいが、お前さん、次はどうするんだい? 三陰乳癌だけを対象に、この結果を確認する試験をやるとでも言うのかい? 何年待てばいいんだ、え~?」。そうだよね。あと日本的視点に立つと、経口フッ化ピリミジンは、もっと長く服用しないとだめだ、という意見もある。しかし、毒性のある内服薬を長期間にわたって内服させることは、impossible in US と、Hymann Massが言っていた。おっと、これは、アメリカ人特殊論なのかしら。そんなこんなで、ポジティブのようでポジティブでない、ネガティブのようでネガティブでもない、という結果についてはQOLとか、コスト解析とかを経て、総合的に患者にどのような、どの程度のベネフィット/ハームをもたらすか、を考えなくてはならない。

データセンター裏話


先週、データセンターに行き、NSAS試験データのMDCを行った。MDC(Medical Doctor Check)とは提出されたCRFから中止、再発、死亡などのエベントを確認する作業。データセンター側は野村さんがきちんとデータをまとめてくれる。何をチェックするかというと、提出されたCRF(Case Report Form:症例報告用紙)から、再発がいつどのように診断されたかとか、試験薬が有害事象のために患者の希望で中止された、というすじみちが読みとれるか、など。MDCの段階では原資料である診療録と照らし合わせるわけではないのでCRFに書かれていることを読みとって、事実として扱うのだが、中には、今まで再発の報告がないのにいきなり死亡報告が来ているというような、なるほどね、というすじみちが読め取れないCRFもある。そういう場合は、担当医師に連絡し再調査を行う。症例のすじみちを、チェックボックスや記号選択、記入ボックスなどだけで、デザインされたCRFで把握できればいいのだが、なかなか難しい。そのため「narrative=物語、談話」」として自由記述欄を備えるCRFもある。これだと下手な字、憎しみをこめた殴り書きで書いてあってもなるほどね、make sense!という場合もあって重宝することが多い。自由記述欄を設けるのは邪道だ! というストイックなデータマネージメント原理主義者もいる。最近では、電子媒体を用いて症例データを報告するEDC(Electrical data capturing)が効率がいい、優れている、ということで多くの治験、臨床試験で導入されているが、これだと自由記述ボックスはお呼びでない、となることが多いため、よほど完成度の高いCRFでないと、データセンター側では、ますますnarrativeが分かりにくくなってしまうようだ。野村さんが虫害ヒメダカに頼まれて、データセンターの立場から臨床試験のノウハウを話してほしいと頼まれたと困っていた。へー、そういう会があるんだ、最近、全然こっちにはそういう話、来ていないけど、まあ、それはそれとして、narativeが見えないということを話せばいいじゃん、と勧めておいた。電子カルテ導入の話と似ていて、導入前の運用をきちんと、とことん整理しておかないと使いにくい電子製品になるということはよくある話です。データマネージメントといえば、1990年にEORTCデータセンターに留学した時、CRFのデザインを専門としている部門があったことに驚き、帰国後、さっそくJCOG臨床試験にCRFという用語をとりいれ、それまでは症例報告帳になっていたCRFを単票形式にしたりと近代化をはかったものでした。また、1995年、ハーセプチンのグローバルトライアルのミーティングに参加したとき、参加者が「イナネ、イナネ」と連呼していたが意味がわからず、「イナネ」とメモって友人に後で、What is イナネ?と尋ねたら、Internetと教えてくれた。まるで、What time is it now? を、ほったいも、いじるんでねえ、ときいてきた農協おじさんみたいなもんで、隔世の感がありますな。