カテゴリー: 腫瘍内科医
手弁当は低品質の証
乳癌学会で臨床試験のセッションの司会をしました。臨床試験というのは治療薬、治療方法、検査方法、あるいは診断方法などが、効果があるのか、意義があるのか、役に立つのか、ということを患者さんに被験者になってもらい調べる試験です。どんな治療、検査、診断技術であれ、臨床試験をしっかりやらないと本当に役に立つのかどうか、がわからないのですが、臨床試験をしっかりやっていないため、本当に役に立つのか、効果があるのか、がわからないまま使われているクスリや検査方法、治療方法がやまほどあります。たとえば、整形外科などで電気をあてるっていうのをやっていますが、あれは、気持ちいいだけで、関節の病気が良くなるという証拠は全くないのですが、世の中に広く出回っています。がん治療の領域でも、ほんとうに意味があるかどうか、わからないまま当然のことのように使用されているクスリや手術、検査などがたくさんあります。また、臨床試験ということ自体をあまりよくわかっていない医師も多くいて、臨床試験が順調に行われていない、という現実があります。乳癌学会のこのセッションの目的は、しっかりした臨床試験をやるためには、どういう点を改善していけばいいのか、をみんなで考えましょう、ということです。
「あるクスリの効果を調べました、そうしたらすごくよく効きました、だから、たくさんの患者さんの治療に使いましょう」と言うとき、「効果」とはどんなことが起きた場合、効果というのでしょうか? たとえば、頭が良くなるクスリ、というのがあったとして、それを飲んだ人と飲まない人を比べて、計算問題が早くできるようになるとか、6桁の数字を何時間後まで暗記していることができるか、など、どういう風なことができるようになったら頭が良くなったと判断するのか、つまり、効果判定基準を、前もって決めておかなくてはいけません。次に、調べたって言うけどどのような方法で調べたのでしょうか? 主治医が調べて、報告するのですか、それとも、看護師なり、薬剤師なり、臨床試験を実施する他のメンバーが、調べるのでしょうか。調べた結果は、もう一回、見直すことや、調べなおすことはできるのでしょうか? つまり、記録がのこされているのでしょうか、同じ方法で、もう一回やってみても、同じようなことがおきるのでしょうか?よく効いた、っていうけど、誰が判定したのでしょうか?相撲だって行司軍配で勝負が決められるわけで、それを相撲取りが自分で勝手に勝った、勝ったと言ったって、そんなのだめだよ、というように、効いた、という判定も、誰か他のひとが、きちんと宣言しないと認められるものではありません。要するに「客観性」が必要ということです。たくさんの患者さんで使うためには、クスリを大量生産できないといけないけど、そのためには、しっかりした工場がなくてはいけないし、決められたとおりに作られているのかなどを点検しなくてはいけないし、そういうのを誰がするのでしょうか? などなど、が問題になります。臨床試験というのは、そのような、一連の、複雑な様々な手順を、予め決めておいて、誰がやっても同じような結果がでるような工夫をして、しかも、患者さんに迷惑がかからないように、最大限の注意をはらう、ということが大切なのです。
さて、臨床試験を行うためには、医師の熱意とがんばりがなくてはなりません。熱意のある医師が、良い治療薬を開発するため、仲間をつくって話し合い、「このような患者さんには、この治療をやってみて、効果を検討しよう」、とか、「このような患者さんが、外来に来たら、昔からやっている治療と、新しく効果を検討したい治療を比較するために、くじ引きをして、昔治療と新治療のどちらかをするか、決めよう、そして、その結果を仲間同士、持ち寄って、相談して、新治療が昔治療よりも良いかどうか判定しましょう、というような形の「医師の自主研究」というのが、かつては日本全国いたるところで行われていました。そして、このような場合、治療薬を販売している製薬企業が、タクシー代や会場費や、食事代を負担して、「先生方の自主研究」をお手伝いします、というような雰囲気がありました。しかし、このような場合、往々にして、我が社のクスリを売らんかな、という意向が働き、製薬企業が、「先生方の自主研究」を商売の道具に使っていることが多かったのです。それが行きすぎると銀座で接待みたいなことも大昔はあったらしい。それに対して、「俺たちは、クスリ屋の世話にはならない。会場を借りるのも、効果判定をするのも、すべて自分たちの持ち出しでやっているし、時間外や休日に出てきてやっている」と、いわゆる「手弁当」でやっていることが美徳であるように自慢する医師のグループが、これもまた、あちこちにできてきたのが、1980年代でしょうか。しかーし、手弁当とは、すなわち、行事なしで相撲やろう、アンパイヤがいないので、球を受けたキャッチャーがボール、ストライクの判定をしよう、みたいなことであって、それは、まったく、正しい判定ができない、かりに正しいとしても、正しいということを証明することができないわけです。ですから「手弁当は低品質の証」と言わざるを得ないのです。
臨床試験は、医師のグループ(①)の他に、試験自体、医学の進歩に貢献するという点で意義があるのか、ということや、試験が最初の取り決め通りにおこなわれているかなどを第三者的に、冷静に、公平に判断を下し、試験の進行をじっと見守る独立モニタリング委員会(②)と呼ばれる委員会が必要です。そのほかに、倫理審査委員会、倫理委員会という、試験に協力する患者さんに不必要な危険や危害が及んだりしないだろうか、患者さんのプライバシーなどの人権などが侵されていることはないだろうか、などを審議する委員会もひつようです(これも②)。さらに、検査結果や治療内容の記録などのデータをきちんと正しく、公平に処理し、統計学的解析を行うデータセンター(③)がなくては、成り立ちません。また、会議をやるには、交通費もいるだろうし、食事だってしなくてはならないだろうし、研究に使用する通信費や消耗品費、メールやインターネット、プレゼン資料作りのため、パソコンなどの物品も必要でしょうから、何らかのスポンサー(④)が、お金を出してくれないとできません。それは、製薬企業の場合もあるし、国民の税金をつかった文部科学省や厚生労働省からの研究助成金の場合もあるでしょう。また、民間企業や、篤志家からの寄付で成り立っている場合もあります。さらに、もっとも重要なのは、臨床試験に被験者として協力してくれる患者さん(⑤)の存在です。だれだって世の中でいちばんいい治療を受けたいに決まっています。しかし、今、一番いいとわかっている治療と同じぐらいの効果か、もしかしたら、それよりももっと良い効果のある治療が、臨床試験として提供されたら、それを受けたいと思うこともあるでしょう。また、自分が試験に参加することで、新しい治療が、よい治療なのかどうか、ということをはっきりさせることができれば、将来、自分と同じ病気で治療をうける患者さんにとって、役立つ治療、あるいは情報を提供できます。さらに、いま、一番いいとわかっている治療でも、なぜ、それが一番いい、ということがわかったか、というと、他の患者さんが、臨床試験に参加してくれたからわかったのです。ですから、患者という立場になった場合、持ちつ持たれつ、ということもあるわけです。
それでもって、この①から⑤がそろって初めて臨床試験を実施することができ、臨床試験を実施することによって初めて良い治療、良い検査、良い診断方法などが確立する、ということになるわけね。
向井博文先生の調査では、日本には乳癌の臨床試験にとりくんでいる医師のグループが19あるそうですが、そのうち、①~⑤までの要件を備えているのは、たった二つしかありません。どうすれば①~⑤までを完備できるのでしょうか、ということをみんなで真剣に勉強したセッションでした。
ところで、かつて臨床試験をするといってお金を集めるだけ集め2-3名の患者さんが登録されたっきり、そのままになって消滅してしまったグループもありましたね。あのお金、結構な額だったと思いますが、いったいどこへ行ってしまったのでしょうか?
Where has all the money gone? Long time passing, Oh when will they ever learn, oh when will they ever learn? ( Peter, Paul and Maryの「花はどこへ行った」の節で)
いっか~ん!
一ヶ月後の木々
浜松オンコロジーセンターを開設して1ヶ月、無事に経過致しました。この間、患者さんもとても協力的で職員の努力もあり、つつがなく過ごすことができました。仕事の内容は国立がんセンターにいたときも今も、基本は診療と勉強で講演会もいっぱいあるのでほとんかわりません。いちばん変わったのが庭木の世話がルーチンワークに加わったこと、とくに水やりはヘビーデューティーです。イチイの木5本は、一時、内側の葉が一斉に茶色くなりなした。生着不全かと心配し、コニファーガーデンに尋ねたところ「根を切っているのでどうしてもこの時期はしょうがないでしょう。大手術の後の患者さんみたいなものでしょうから、もう少しまてば回復するはずです。毎日たくさん水をあげてください」とのことでした。手術の喩えに、妙に納得し、毎日、水浸しになるくらい水やりをしました。その甲斐あって、5本とも表面に近いところの枝には、新芽がたくさん伸びて来ました。北国原産のイチイ、夏の暑さにはとくに弱いらしいので、これからも水やりは欠かせません。もう一つのシンボル「喜樹」、抗がん剤「カンプト」の原料の木ですが、新しい葉は中心部から次から次へと出ているのですが、大きくなった葉がすべて虫に食べられ依然としてぼろぼろです。この虫はカンプト耐性虫であることは間違いない(写真参照)。山桃は小さな実をつけています。まだ、緑色ですが、赤くなると食用可となるはずです。きんかんは、今年の収穫は終わり、夏には白い花が咲き、来年の冬にはまた、実がなるでしょう。先日、アゲハチョウがキンカンの木を視察に来ていました。卵を産む場所を探しているのでしょうか。今日は、終日雨、水やりはしなくていいので助かります。これから、東京に行き、乳がん患者さん用のDVDの編集会議です。ワット隆子さん、中村清吾先生とご一緒です。![]()
基本の「キ」
浜松オンコロジーセンターを開設して2週間が経過、この間、ASCOに行ったり東京との往復だったり、めまぐるしく歳月が流れていった。まだ「ルーチン」と言えるような仕事や生活のパターンができあがっているわけではないが、午後の診療時間は、比較的ゆっくりと時間がとれるので専らセカンドオピニオンに充てている。遠隔地からセカンドオピニオンを求めて受診された患者さんには、うなぎでもご馳走して、と言うわけにもいかないので、そのかわり、時間をかけて相談に乗るようにしている。
転移性乳がんで、肝転移が出て治療をどうしようか、ということでご相談に来られた方、とくにがんに伴う症状があるわけではない、とおっしゃるので、今すぐに抗がん剤という必要もないかもしれません、と話しているうち、「がんとは関係ないと、今、かかっている大学病院の先生にいわれたのですが、とにかく辛いのは、食事をしてお腹がいっぱいになると、右手の親指から始って、手全体、そして肘のあたりまで、しびれてくることです。この原因が何か、それだけでもわかれば、と思うのですが、大学病院の先生は、触診もしない、聴診器もあてないで、気のせいだ、精神科でも受診すればどうか、と言ったとのことである。確かにわかりにくい、解釈しにくいしびれではある。タキサンを使った後のしびれなら、両側の手にでるだろうし、食事や満腹とも関係ないだろうし。しかし、名医はそこからがちがう。基本に立ち返って考えてみると、腕神経叢、橈骨神経領域の症状のようだ。そこで、腕神経叢(頸の骨の間から出た神経は、複雑に寄り合ったり分かれたりしながら、くさむらのように複雑に入り組んだ神経の束をつくり腕の神経となる、この神経の草むらを腕神経叢とよび、頸の横から左右の腕に入っていく)の近くを触診してみると、右鎖骨上に、服の上からでもはっきりわかるような、リンパ節の腫れがある。そのかたいリンパ節は、乳がんの転移だろう。そのリンパ節を後方に圧迫すると、いつもと同じしびれがでる、と患者さんはおっしゃるので、原因は、鎖骨上リンパ節転移であることは間違いない。では、満腹との関係はあるのか? よくよく話しを聞いてみると、右手で箸を使っているうちに、腕がだるくなる、腕がだるくなるころには、満腹になる、ということで、要は、右手、右腕を食事の際に使用することにより、症状が増強するということがわかった。この痛みさえ、どうにか軽くなって欲しい、というご希望をかなえるためには、鎖骨上リンパ節に対する放射線照射という手段が有効だと思うので、担当医師とそのように相談するようにお話した。実を言うと、その担当医師は、私が国立がんセンター中央病院にいた頃、レジデントとして2年近く指導した医師で、地元の大学に帰って、乳がん診療にとりくみ、腫瘍内科の新しい拠点を確立した男である。その開拓者精神や進取の気性は高く評価するが、臨床医として、また腫瘍内科としての、基本の「キ」をわすれてはいないだろうか、いっか~ん! 私の指導が悪かったのだろうか。最近、そういう風に感じることが結構多い。これまた、いっか~ん!!!![]()
試される薬事行政力
今年のASCO(アメリカ臨床腫瘍学会)での目玉は、全体的にはモノクローナル抗体と小分子キナーゼ阻害剤につきると思う。モノクローナル抗体は、乳がんにおけるハーセプチン(トラスツズマブ)、大腸がん、肺がんなどにおけるアバスチン(ビバシズマブ)、大腸がん、頭頚部がんなどにおけるアービタックス(セタキシマブ)について、画期的なデータが多数報告された。しかし、とりわけ注目に値するのが乳がん術後治療においてハーセプチンを使用すると再発率が50%抑制される、というデータだ。今回、三つの臨床試験で同様の効果が得られているようで、そのうちの一つは、日本からも多数の症例が登録されているHERA studyである。今までは、ASCOで驚異的な結果が発表されても、あれは、欧米のデータだから日本人にはあてはまらない、とか、日本人を対象とした治験をやり直す必要がある、なんていう、いかにもモラトリアム的な対応で、本質的対応が先延ばしにされ、その結果、「海外では使えるが、日本では使えない抗癌剤」という一つのカテゴリーを形成しうる社会問題が生じてきたが、今回は、そのような言い訳は一切、通用しない。日本人も対象となった臨床試験で、ポジティブデータが出たのだから、我が国の行政も、そして、製薬企業も、すぐにアクションをおこさなくてはならない。具体的には、ハーセプチンの術後での使用での承認を得ること、とくに、これは、ヨーロッパ、米国、そして日本の三極での同時承認が必要であろう。厚生労働省の承認が、他二極から、決して遅れをとってはならない。しかし、承認までのプロセスは、どうしても数ヶ月はかかるだろうから、その間の患者さんへの使用をどうするか、と言う問題も具体的に対応策を講じるべきであろう。いいとわかっている薬、安全性も確立されている薬が、既に市場に存在するのに、承認までは使えません、と言うわけにはいかない。希望する患者さんには、ハーセプチンの分だけ自費診療とする混合診療を認めるのか、企業が無償で提供するのか、保険での使用を前倒しして認めるのか、患者さんは待てないのである。さて、どうするか、薬事行政力が試される問題である。また、中外製薬の担当者の問題解決力をじっくりと見せてもらいましょう。日本でのハーセプチンの臨床開発に関与してきた私としては、1日もはやくスムーズにハーセプチンが術後治療として使用できるようにしてもらいたいと、企業と行政に強くお願いしたい。
シンボルツリー(その2)
5月2日に、浜松オンコロジーセンター東北の角に、イチイの木、5本が植えられました。イチイは、タキソール、タキソテールなどの抗癌剤の原料です。イチイは日本では北海道や信州など、寒冷地で自生する常緑の針葉樹です。浜松の暑い夏を乗切ることができるか、少し心配ですが、お世話して下さったコニファーガーデンの内山さんによれば、植えられた5本は千葉県で育てられた木だそうで、暑い気候に順応しているとのこと、水をたっぷりやることが大切だそうです。もうひとつ、CPT-11(トポテシン、カンプト)の原料である喜樹も植えました。半年前に藤原さんから頂いたのですが、その後、育つどころか、だんだんと小さくなっています。抗癌剤治療の専門家として、イチイや喜樹をシンボルにしたいのですが、喜樹はだめかもしれない、残念!
無事診療開始
2005年5月6日、新築後の初診療日でした。連休明けということもあり、初日から38名の予約患者と新患2名、抗癌剤点滴5名と、初日にしては忙しすぎましたが、職員のみんながきちんと持ち分をこなしてくれたのでつつがなく終えることができ一安心でした。初心をわすれず、確実に勉強することを基本として、理想の癌診療を目指したいと思います。
各方面からたくさんのお祝いのお言葉、お品を頂きました。ありがとうございました。植物は胡蝶蘭やフラワーアート、観葉植物など35も頂き、院内はまるで花屋の店先のようです。7月か8月に、ミニシンポジウムのような会を開催したいと考えており、その折りにあらためてお礼を申し上げたいと思います。
5月8日(日曜日)の内覧会、多数の方々にお越し頂き、これもありがとうございました。駐車場のバリケートのペイント作業など、まだ、肉体労働が残っておりますし、家具、什器なども、まだ、整っておりません。3階の自宅も未完成です。7月21日頃のミニシンポジウムまでには、落ち着いてご案内できるようにしたいと思います。
浜松オンコロジーセンターのシンボルツリー
桃李不言、下自成蹊 ーという、中国の故事があります。これは、桃や李(すもも)などのようなおいしい果実の下には、とくにしつらえなくても多くの人が何度も行き来するため、自然と蹊(こみち)ができる、という意味です。先週の日曜日、植木の名産地である浜北市で、庭木をさがしてきました。植木屋さんの農園で、ぱっと目に入ってきたのが、「きんかん」でした。小さい、オレンジ色の実をたくさんつけた姿は、生き生きとして、若々しく躍動を感じました。実を一つ食べてみたら、とても甘く、これぞ柑橘、という感じでした。これなら、桃李ではありませんが、不言、下自成蹊にぴったりです。浜松オンコロジーセンターでは、正しいがん医療と、十分な情報を提供し、Cancer Care Clinicとして、高品質な医療サービスを実践すれば、多くの人が集まってくるでしょう。そんな思いをこめて、エントランス脇に、きんかんの木をうえました。風水にもいいらしい。さらに、すもももやまももももものうちということで、山桃の木も植えることにしました。山桃は、オスの木とメスの木があり、ふつう自生しているのは大部分オスで、メスを木を作るには、明らかに実をつけたことのあるメスの木の枝を、オス木に接ぎ木するのだそうです。やはり、実をつける木がふさわしいと思い、オス木二本、接ぎ木したメス木二本を植えることにしました。この話を、友達にしたら、「オスギはいてもピーコはいないんですね。」といわれました。うまい!座布団いちまい!!!
エビデンス侍 見参4
先日、関西のある総合病院の乳腺外科医の診療を受けている患者さん、セカンドオピニオンを求めて浜松にお見えになりました。今まで東京でのセカンドオピニオンでは、東京近郊の患者さんが多かったのですが、これからは、関西からの患者さんも増えてくるでしょう。そうすると、また、あらためて、おやっと主言うような癌医療に遭遇することになります。その患者さんによれば、「担当医のX先生はとにかく忙しく外来で話もできない、1-2分の外来診療時間がふつう」だそうです。確かに、関西のその先生は、ここ2-3年、とても患者さんが増えているそうで、外来はあふれんばかりだそうです。そして、その患者さんは、術後の抗癌剤治療がとても辛かったので、再発した現在、また、あの辛い治療は絶対にうけたくはない、というお考えだそうです。それを担当医に話したら、「それはあなたなの選択ですから」と答えたそうです。それはそのとおりでしょうけれど、「術後抗癌剤治療は何のためにやるのか、再発後の治療の目的は何なのか、どのような心構えでとりくめば良いのか」などについて、患者さんは全く理解できていませんでした。そこ状況で、「あなたの選択です」とは・・・。不十分な情報での選択を尊重していいのでしょうか」、残念~! また、吐き気などに対する副作用対策はこまめに調整すれば、かなり押さえられるはずですが、そういうことは、忙しい外来では、やっている暇はないのでしょうか? これも残念~! さらに、遠隔転移のある患者さんが、わざわざ新幹線に乗って横浜まで通って、血管内治療をうけているそうです。私に優るとも劣らない程のエビデンス侍として関西では認識されているらしいX先生が、まさか、血管内治療を薦めるとは思えませんでしたので、「担当のX先生は、なんとおっしゃいましたか?」と患者さんに尋ねたところ「それもあなたの選択ですから」といって、紹介状を書いてくれたそうです。怒~!そもそも、遠隔転移を有する乳癌の治療の目的は何か、ということが全くわかっていない血管内治療などをやっている医療機関があること自体が信じられないことです。患者さんは、血管内治療がなぜ間違った治療なのかを十分に患者さんに説明しなくてはいけません。怒~!そもそも遠隔転移病巣に血流を提供する血管に選択的に管をいれて、抗癌剤なりを注入する意味はどこにあるのか! 斬り~!!!! 遠隔転移を有する乳癌の治療の目標は、症状の緩和とQOLの向上であり、可能な限り全身治療で取組む。個々の病巣による圧迫とか、通過障害を来すような場合には、そこを縮小させるための局所治療を行なう意味はあるだろう、血管内治療に意味があるとすれば、そのような局所治療としての意味だけであると思います。さらに、さらに、もっと、もっと、あきれたことは、その血管内治療クリニカでは、個人輸入したゼローダ500mg錠を1日1錠、患者さんに保険がきかない薬、として自費診療しているのです。ゼローダの1日使用量は2400-3000mg、しかも300mg錠が日本では保険承認されています。血管内治療が保険診療外なら、混合診療になるので、ゼローダを保険で処方刷るわけにはいかないでしょうが、それにしても、どうしてアメリカから輸入した薬を使用しなくてはならないのでしょうか?? 激しく斬り~!!!!。話はいつの間にか関西のX先生から、横浜のクリニックに移ってしまいましたが、とにかく、エビデンスに基づかない治療が横行していて、患者さんが翻弄されているのです。この現状、どうにかしなくてはいけません。
久々のエビデンス侍 見参3
先日の朝日新聞一面に「アガリクスなどのいわゆる健康食品について、あたかも効果があると宣伝しているような書籍がある。厚生労働省の班研究でも、アガリクスなどが有効、という根拠はない、と結論づけられていることから、このようなまぎらわしい宣伝は控えるべきである」という記事が出ていました。私は、以前から「すべての健康食品は不健康食品と思え」と言ってきました。多くの患者さんが惑わされないようにしなくてはいけません。
