求められるがん情報リテラシー


最近耳にするリテラシーという言葉、インターネットで調べると「与えられた材料から必要な情報を引き出し活用する能力」とあります。多くの人は、自分や身内ががんにかかってはじめてがん情報に接します。しかし、十分なリテラシーがないとそれに振り回され、不安が増したり、友達を失ったり、体調を壊す事になりかねません。患者を対象とした市民講座開始前、聴衆にまぎれて客席に座っていると後ろの列から「冷房強いよね、体を冷やすとがんは再発しやすいってこと知らないのかしら。」「ひょっとして私たちがん患者を殺す気なんじゃないの?」という辛辣な会話が聞こえてきました。私はそっと席を立ち、寒いと感じている参加者がいることを会場係に伝えましたが、それは、体を冷やすとがんが再発しやすい、と思っているからではありません。50才台の女性が乳房にしこりがあると外来を受診されました。3cmほどの腫瘍で針生検の結果、ホルモン療法が効きやすい乳がんと診断、まず1年程度ホルモン療法をしてしこりが小さくなったところで手術を提案しました。翌日、本人から、友達に勧められたフコイダンを飲むので、ホルモン療法は受けませんと一方的な電話がありました。半年後、夫に付き添われて受診した時には、乳がんは野球ボールぐらいになり皮膚も真っ赤に腫れた状態となっていました。その後、治療をしていますが、フコイダンを勧めた友人とは会っていないとのことでした。分子標的薬剤が効いている大腸がん再発の患者、顔色が優れず元気がありません。採血検査で、血液中のアルブミンというタンパクが減っています。心配して付き添ってきた姉に聞くと、患者の夫が動物性タンパク、糖分、塩分は摂るな、というので3ヶ月間、そのようにしているとのことでした。姉がこのやり方に疑問を持っていたため、我々から患者に根気よく説明、肉も野菜も牛乳も、バランスよく食べるようになり栄養状態は改善し明るい笑顔が戻ってきました。

 

-ologyの業務仕分け


-ologyとは ○○学ということだけど、-ologyの区分の不可思議さについてマツヌマール・ジェニング君といろいろ話しました。ジェニング君の大学には「イキョク」という組織があるそうです。何事も「イキョク」単位で活動するので、毎朝、「イキョク」の集まりで、心臓外科の手術、乳がんの手術、肺がんの手術についてケーススタディをするそうです。しかし、心臓外科医は、俺がやる手術は世界で一番うまいから患者はつべこべ言わずに俺にまかせておけとインフォームドコンセントというコンセプトがありませんが、確かに昨日まであっぷあっぷしていたおじいちゃんが、心臓の2弁置換術と冠動脈バイパス術を一回の手術でやってもらって今では元気に山登りしてますから、たいしたものです。乳がん外科は、術前薬物療法でがんはすべて消えているだろうから、手術は検査としてやりますとあっさりしています。肺がん外科医は、俺がやる手術はがんの手術では難易度が超高いから、乳がん外科の連中もよく見ておきなさい、しかし手術は難しいけど治る治らないは別問題だからそこんとこよろしくと、責任あるんだかないんだか。とにかくみんなまったく違うことをいいます。こんなヘテロな集まりで朝の忙しい時間を費やすのにどんな意味があるんでしょうか、とジェニング君はかたことの英語で尋ねます。たしかにヘテロだけど、そのヘテロぶりを毎朝体験することが「イキョク」をまとめる接着剤なのか、それとも、そろそろ異なる-ologyのへんな束ね方を解消し、-ology再編成が必要なんじゃあ、ないだろうかと。だから、ジェニング君も国に帰ったら、ひとつ、-ologyの業務仕分けをしたらどうだろうかとアドバイスをしたわけです。

朝日新聞連載 がん治療薬の効果を考える


どんなことが起きれば薬が効いたというのでしょうか?「睡眠剤飲んだら朝までぐっすり眠れました。」「痛み止めを飲んだら頭痛がうそのように消えました。」などのように、求める効果がすぐに現れる場合にはその薬が効いたということがわかりやすいです。がん治療薬の場合、一般的には長生きができる、つまり延命効果があり、しかも、副作用が軽ければそれが一番よい効果と考えられています。しかし、ひとりひとりの患者にとって、治療を受けた結果、自分の寿命が延びたことを実感することはなかなかできないものですから、薬が発売される前に臨床試験で延命効果がきちんと証明されることが必要です。約七百人の乳がん患者の協力で行なわれたアフィニトールの効果を調べる臨床試験では、ホルモン剤だけの場合、がんが小さくなっている期間が三・二ヶ月であったのに比べ、ホルモン剤とアフィニトールを併用すると七・八ヶ月に延びたという結果でした。口内炎や肺炎、糖尿病、強い倦怠感などの副作用はあるものの、がんが小さくなっている期間が二倍以上に延びたということで、厚労省はアフィニトールを乳がん治療薬として承認しました。ところが、その後の検討で延命効果は、認められないという結果が発表されたのです。これに対して、「副作用が強いのに寿命は延びないのなら、がん治療薬としては失格ではないか」という専門家の厳しい意見もあります。一方、HER2陽性というタイプの乳がん患者約八百人の協力で行なわれた分子標的薬剤「パージェタ」の効果を調べる臨床試験では、ハーセプチンと抗がん剤「タキソテール」による治療では四十一ヶ月であった寿命がハーセプチンとタキソテールにパージェタを加えた治療では五十七ヶ月と、十六ヶ月も延び、しかも副作用はあまり強くないという結果が報告されました。パージェタによるこの延命効果は、かつて前例がないぐらいの大きさの効果で、治療を受ける患者の中には全身に広がったがんが完全に治るということも決して夢ではありません。

 

すでにデータは十分だ、厚労省よ、早急に承認せよ!! お願いしますだ、お代官さま


2013年のSt.Gallen Consensus Conferenceで、遺伝子発現解析に基づく治療選択は妥当か、という質問に、世界の専門家の大部分は妥当だ、と答えました。そのとき、私は、スライドに映し出された4つの検査名について、これらのひとつも日本では承認されていません、と発言しました。すると、まわりのパネリストたちは、驚いて、「えっ、本当か?」と言いました。遺伝子発現解析とは、具体的に言えば、「Oncotype DX」、「MammaPrint」、「PAM50」などです。そんなこともあって、2013年の日本乳癌学会でのコンセンサス会議では、遺伝子発現解析を一日も早く、日本でも実施できるようするにはどうすれはいいか、という議題があげられ、すでに日本人でも検討されたデータはあるわけだから、あとは手続きだけだ、行政的手続きを急ぎましょう、というようなコンセンサスが形成されました。一年後の今年、2014年の日本乳癌学会でのコンセンサス会議では、しかし、あまり進展はなく、返って、難しい問題ですね、というような雰囲気に逆戻りしていました。いったいどういうことでしょうか? 先日、Oncotype DX」の会議で聞いた話では、(1)日本人を対象とした予後因子としての検討は既に行なわれ論文にもなっています。(2)医療経済学的検討も日本の状況に即して行なわれており、必要のない抗がん剤治療を行なわない事で、医療経済効率も良好である、つまり、節約効果が十分に証明されているという研究結果が論文にもなっています。(3)また、Oncotype DXの検査結果を知る前と知った後で、医師がどれぐらい、化学療法を行なわないというふうに判断を変えるか、という検討を、実症例をモデルに行なった検討も論文になっています。この三つの研究がすでにおこなわれているのだから、このデータをもとに、厚生労働省は、なぜ、OncotyoeDXを承認しないのか、それが疑問だったわけですが、会議での説明で、その謎も少し解けました。つまり、厚生労働省の担当者によって、言う事がころころ変わり、この三つのデータで十分だといった担当者は突然退職して、きちんと引き継いでいないとか、別の担当者は(3)と同じ研究をもう一度実施しなくてはならない、と言うなど、行政の無責任な対応が決定遅延の原因であろうということが浮かび上がってきました。こんな行政の気まぐれに私たちはいつまで振り回されなくてはいけないのでしょうか。データはもう十分にあるのだから、無用なお作法論でこれ以上、患者に迷惑をかけるのはやめなさい。もうひとつ、この会議で学んだことですが、「先進医療B」として当局(たんとう部署不明)」に認められた場合、アフラックだとか、日本生命だとか、ジブラルタ、などなどの民間保険で月々の掛け金に150円程度を上乗せすれば、40万円のOncotypeDXも民間保険でカバーされるという仕組みがあるということです。そういえば、テレビのコマーシャルでも、先進医療をカバーします、と言っていますね。厚労省の担当者の中には、健康保険で償還の対象となるようにするのが目的であって、先進医療Bの状態は、一時的な、過渡期的な段階ととらえるベキだ、と言っている人だか部署もあるそうです。しかし考えてもご覧なさい。40万円もする検査、これを健康保険で償還できるほど、健康保険支払い基金は裕福なんでしょうか? 国は裕福なんでしょうか? 国民医療費40兆円を超え、今後ますますの高齢化社会で医療費が膨らんで行く事は確実なのに・・・。受益者負担の原則で、個人個人が自分の将来を考え、民間の保険に加入し、それに、先進医療Bとして、OncotypeDXをカバーしてもらえばいいのではないでしょうか? なんでもかんでも、お国に負担してもらう、という時代でもないのです、原発もなくなって電気代の値上げもいやだ、というのなら、その分、国が電気代を肩代わりしなくてはいけないのだから、公助ではなく、自助でまかなうことも考えて行かないといけないと思います。

いずれにしても、すでにデータは十分あるのだから、厚生労働省は急いで遺伝子発現解析を先進医療Bとして承認してくださいませ、お代官様、お願いしますだ。

神戸のまとまり


神戸に行ってきました。以前から神戸には時々講演に伺っております。かつては「大阪大学系」「京都大学系」「神戸大学系」といった感じで別々に呼んでもらって1週間の間隔で別の「派閥」から講演の依頼がきたりということがありました。ところが、昨日は、神戸に数年前に設立されたNPOが主体となった開催された乳がん看護をテーマにした勉強会でした。学派派閥のこだわりもなくとても建設的な勉強会だったと思います。私の講演のタイトルは「乳がん薬物療法-地域・施設格差を考える」という新作ネタ。古典落語と新作落語の要素を取り入れて、時事ネタももりこんで・・。充実した会でした。

情報処理につまずく医師


東京の超有名病院にかかっている五十才代の女性が乳がん治療に関するセカンドオピニオンを求めて受診されました。右乳房にしこりを感じたため受診した病院で、しこりに針を刺し組織の一部を採取する検査を行いその結果、ホルモン剤が効くが抗がん剤を追加した方が良さそうなタイプの乳がんとのことでした。一週間後に予定されている手術までに術後の治療を決めるよう言われたそうです。乳がんの七割はホルモン剤によって増殖が抑えられるタイプで、その半分はホルモン剤だけでよいのですが、残りの半分は抗がん剤治療を追加する必要があります。ホルモン剤だけに比べると抗がん剤治療は、脱毛、吐き気などの副作用が強く、抗がん剤治療を受けたくない、と思う人は多いと思います。「抗がん剤治療はやはり必要でしょうか?」という患者の問いに対して、「手術の前にまずホルモン剤を数ヶ月行い、しこりが小さくなれば、ホルモン療法が効くということで、抗がん剤は必要ないかも知れない」というのが私の意見でした。2ヶ月後、再びセカンドオピニオン外来を受診した患者は、予定どおり手術が行なわれており、術後に主治医から抗がん剤治が必要かどうかを調べる遺伝子検査を勧められたそうです。これは、欧米では既に数種類の検査が日常診療として行なわれていますが、日本ではまだ正式には導入されていません。実施するには五〇万円前後の自己負担が必要です。患者は勧められるままに、二つの検査を受けたところ、一つの検査では抗がん剤治療は必要、もう一つでは不要という結果だったそうです。結局、高額を負担して実施した検査はあまり役立たず、主治医からは、抗がん剤がいやならホルモン療法だけをやりましょう、と言われたそうです。これ以上、患者を混乱させてもかわいそうでしたし、絶対に正しい答えはないので、ホルモン療法だけで続けることに賛成しました。しかし、情報処理を間違った医師は患者に大きな迷惑をかけるということを痛感しました。しかも超有名ブランド病院で、患者に資金力があるからといって、あれもこれも提案するのは如何なものかと思いますね。

X+3年8月14日はやめなさい


最近、看護師や若手医師とかの症例検討を聞いていると大変不可解なことがある。X年3月どれどれどうで、X+2年12月にああしてこうして、X+4年6月、こうしてこうなって、X+7年8月あれしてああなりました。これは今月です。なぜ、どうして、事象発生年を隠匿するのか? 個人情報保護とでも言いたいのか? これはとても煩わしく鬱陶しくわかりにくいし情報として不十分だ。たとえば、HER2陽性乳がんの場合、あるいは肺腺がんの場合、ハーセプチンとかイレッサが既に市販された後のできごとなのか、市販前の年号ならば、これらの分子標的薬剤を使用していないのもしかたないが、市販後の年号ならば、どうして使用していないのか、というあたりも論点となる。それを、訳もわからず、X年などとやるものだから、いきなり集中力が失せるのだ。昨日も多地点看護の発表がこのパターンでしかも術後薬物療法の副作用対応のために緩和病棟に入院させるとか、患者の子供の宿題の心配まで医療者がしなくてはいけないとか、内容も訳わからない甘い話で、いったいSUGARS病院のガバナンスはどうなっているのか、というようなアキレタ話であった。形だけを追い求めるのではなく、しっかりした理念に基づく発表を期待したい。

私の主張


国民の目から見て何の専門医なのかわからないような診療科を学会が勝手に決めているので、専門医の認定を学会任せにしないで第三者機関を設置し、専門医をわかりやすくしようという「専門医機構」が動き始めている。乳癌診療は、古来よりマンモグラフィ検診から、乳癌の画像診断、病理診断、手術、麻酔、薬物療法、そして転移・再発した場合の薬物療法、モルヒネなどを使う症状緩和、そして人生の最期を看取る終末期医療まで、すべてを外科医が担当するという時代が長く続いてきた。医療が細分化していなかった時代はそれでよかったかもしれないが、次第に、病理診断は病理医へ、画像診断は放射線診断医へとアウトソーシングされるようになり、抗がん剤などの薬物療法も我々のような腫瘍内科医が担当する場合も増え、昔日の如く外科医が広い守備範囲をこなすことは不可能になった。最近では、「外科」から「乳腺外科」、「乳腺科」といった看板に掛け替えている病院もあるが内容は大して変わらない。薬物療法を売りにしている「実は外科医の乳腺科医」も多いが、薬の使い方や副作用マネージメントといった臨床力では、腫瘍内科医に軍配があがる。だから「乳腺科」という看板の下に、いろいろな守備範囲、診療能力の医師が混在しており、国民の目からわかりにくいのも当然である。一方、消化器一般外科という看板をあげている大学や病院に、乳がん薬物療法に十分な知識と経験がある医師もいたりするので、ますますわかりにくい。

米国では乳がん診療の主役は腫瘍内科医であるが、日本では腫瘍内科医の育成が遅れていたため、薬物療法は外科医が担当せざるを得ず、乳腺外科医は診療業務労力の80%は薬物療法など手術以外の活動に費やされているのだ。私は、腫瘍内科医として乳がん医療に関わり始めた1980年代から研究、診療、教育も外科医たちとの調和を保ちつつも、薬物療法は腫瘍内科医に任せなさい、と叫び続けてきた。腫瘍内科医の後輩たちも乳がん診療に参入しつつあり、患者からの信頼、満足の声を多く聞くようになった。少しづつだが、外科医は、より美しい手術を追求し、内科医は安全で効果の高い薬物療法を提供する能力を発揮できるようになってきたのだ。これぞチーム診療のあるべき姿である。

ところが、専門医制のあり方について乳がん学会が態度を決めかねている。いろいろな意見をまとめきれないのだ。「乳腺科」としての独立を求める医師は、昔のように、手術も薬物療法も検診も自分たちに任せなさいというスタンスだ。これは、眼科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、皮膚科のように、患者の目からみて、看板と内容がある程度一致していれば問題がない。しかし、乳腺科を受診したら、薬物療法が中心で手術はうまくなかったり、薬物療法をきちんと受けたいのに中途半端だったりということでは、患者の不利益となる。一方で、外科医のプライドに過度に固執して、外科学会専門医取得にこだわりながらも、実際の診療労力の80%は手術以外に向けられているという現実には、研修中の若い医師の理解が得られないようで乳がん学会の外科会員は減少の一途をたどっている。

専門医を第三者の立場で認定する「専門医機構」の意見はこうだ。「乳腺外科医の看板をあげるなら、外科学会専門医を取得してから、さらに乳がんの外科手術を研鑽すべきである。また、乳がん薬物療法を専門とするのなら、内科医としての研鑽を積んで内科学会の認定医(専門医)を取得してから、臨床腫瘍学会などの専門医カリキュラムを修了し腫瘍内科医として乳がん診療に参画すればよい。」と明快で、外科医は外科医らしく、内科医は内科医らしく、合理的で国民の目から見てもわかりやすい。

医学の進歩を背景に乳がん診療構造も日々変化しているのだ。明日も今日と同じ一日がくる、のではない。自分たちが築いてきたものを否定することは誰しも面白くない。しかし、指導者として自分のレプリカ、ミニチュア、クローンを育てる事だけでいいのだろうか。自分が絶滅危惧種であることに気づかないのだろうか? 学会も、近未来に目を向けず、現在の会員医師の利権、立場を守ることを主目的とし続ければ衰退する。変化の時代に、次世代に伝承すべき事と改革すべき事を見極めなければならない。伝承すべきことは、自分の背中を見せて伝え育てなければならないが、新しい時代には新しい価値観の導入が必要だ。その想いで、敗北は想定のうえ、理事長選挙に挑んだが予想どおり17対2白票1の大差で敗北した。はじめからアウェイの雰囲気の中で2票をもらっただけでもありがたいと思う。浜松駅まで迎えにきた家内は、私がまったくめげていないでやたらとハイテンションなのを心配して「ブログにあまり激しいこと書かないでよ」と言うのでこれぐらいにするが学会幹部が如何に守旧連合であるかということが明確になった(★★★★★)。戦いはこれからだ。

乳癌学会はじまるはじまる


台風八号接近の大阪で乳癌学会が開催されます。会長として浜松で開催した昨年に比べずっと気が楽ですが、講演や司会、会議に懇親会と多忙な日々が続きます。学会中は、休診とするので抗がん剤治療やセカンドオピニオンのために訪れる患者に受診日変更をお願いしなくてはいけません。学会は全国の医師、薬剤師、看護師らと直接会って情報交換でき、医療者としてお互いの成長のためには極めて有意義で印象深い三日間となります。

国立がんセンター病院でのレジデント(住み込み研修医)一年目の夏、京都で開かれた肺がんの学会に同期生数名と参加しました。レジデント一年目はローテーションといって、数ヶ月ごとに各部門をまわり自分のための勉強だけをする時期なので、指導者の許可さえ取れば学会には自由に参加できました。北海道でのんびり過ごした私は、学会は観光のついでと思っていたので学会場看板前でアリバイ写真だけとって観光旅行へというスタイルもありでした。病理診断の指導医S先生に「来週、京都の学会に行くので一週間、お休みします。」と申し上げたところ、目がギロリと光りました。一週間はちょっとまずかったな、と思ったのですが、それが原因ではありませんでした。「学会で何をして来るんだ?」と言われ、遊びに行くのがばれたか、と思ったのですがそれも違いました。「はい、勉強してきます。」と答えると「どうやって勉強するんだ!」とますます語気強くなり、「発表とか聞いて来ます・・・」と言うと、S先生はもの凄いけんまくで「聞くだけじゃあだめだ!一つでも質問してきなさい。帰ったら何を質問したか報告に来なさい。遊んできても構わんよ。」と、すべてお見通しでした。以来、学会では真っ先に質問するのが習慣となり今日に至っています。昨年も若手医師のM君が「会長自ら質問されるんですね。」と感心していましたが、M君も別の会場で質問していました。これも教育の伝承であります。

七対一看護の弊害


朝日新聞コラム「がん内科医の独り言」もまだ続いています。今週は、認定看護師問題で七対一看護の弊害を書きました。しかし、質より頭数を重視する、この七対一看護規準、廃止の方向らしいです。厚生労働省の行政誘導失敗作の典型、という批判は正しいと思います。

がん化学療法の副作用を過剰に強調し、治療効果を否定するような無責任な論調に対し『「抗がん剤は効かない」の罪』と題する本を日本医科大学教授の勝俣範之先生が書いています。その本には、抗がん剤治療の効果と副作用のバランスについてわかりやすく、科学的に説明してありますが、一般の方々にとっては、抗がん剤治療はやはりわかりにくいことが多いと思います。その理由は、実際に抗がん剤治療をうける立場になった患者や家族にとって、自分にはどれくらいの効果があって、どんな副作用がでるのか、毎日の生活で何に注意すればいいのか、仕事はしていいのか、旅行に行ってもいいのかというような、個別的な情報が本を読んでも得られないということではないでしょうか。最近では、抗がん剤治療は、通院で行なわれることが多いので、外来診察室での限られた時間に、患者は医師から十分な説明を受けられないということもあるでしょう。そこで、非常に重要な役割を担っているのが副作用症状を患者自身で対処する方法を患者に指導し、がん化学療法薬の安全な取り扱いや適切な投与を管理する看護師なのです。しかし、全国十一カ所で開設されてきたがん化学療法認定看護師養成コースのうち、今年は五カ所が休講となってしまい、高度な技量と知識を持つ看護師の養成が滞っているのです。その原因のひとつに、「七対一看護規準」があります。医療法では一つの病院に勤務する看護師数は、入院患者数対看護師数の比率で十五対一、十三対一、十対一、七対一と、四規準に区分されます。「七対一」は平成十八年に導入された新しい基準で、これを満たす病院では、高い入院費を請求できるため、病院管理者は看護師の数を確保するのにやっきになっています。そんな状況で「認定看護師資格を取りたいので半年間、休職させて下さい」という希望はとても認められないようです。質が大事なのに数を重視する風潮は間違っていると思います。(まだつづく)