1月3日から浜松市医師会の休日当番なので今日が仕事始めでございます。例年4日が浜松オンコロジーセンターの仕事始めなので、私たちの正月休みは終わりです。来週週末は、電子カルテの入れ替え作業もあったり、しゃんしゃん大会にも潜入するので仕事モードにスイッチ!! 年末には三菱アウトランダーPHEVが納車されましたが、あまりにハイテク過ぎて取説を読まないと運転できません。まるで動くコンピュータです。年末には200ボルト充電用のカーポートが完成、オンコロジーセンター7年半でやっと外構(そとまわり)工事が完了・・・、というわけでさりげなく新年の仕事がスタート致します。
カテゴリー: 腫瘍内科医
臨床試験を学んだ30年
腫瘍内科レジデントとして国立がんセンター病院のある築地に赴いてから30年の歳月が流れました。すぐれた指導者たちとの巡り会いがあったればこそ、今日まで充実した日々を過ごすことができたと感謝しています。西條長宏先生は当時からランダマイズドトライアルの必要性を叫び続けていました。阿部薫先生にはがんの生物学に基づいた治療の重要性をたたき込まれ、ハーセプチンの日本での開発を任せられました。下山正徳先生には臨床試験のデータマネージメントのいろはを教えてもらいました。吉田茂昭先生はリーダーとして行動学を教えてもらいNSASでの人生勉強をすることができました。そんな私の経験を基にCSPORニュースに澤木正孝先生へのエールを送る檄文を投稿した内容を独り言にも載せましょう。
臨床試験とは、新しい治療方法の性能(効果 vs. 副作用)を最終的にランダム化比較試験で検証することです。ランダム化比較試験を行うためには、比較する予定の治療Aと治療Bの性能について、専門家集団の間でも、その評価が二分するような状況が存在することが必要です。これをClinical Equipoise (臨床的平衡)といいます。たとえば、HER2陽性の高齢者の術後にGKIT(ジーキット)先生は、パクリタキセル+ハーセプチンが必要と考え、HOWAT(ホワット)先生は、ハーセプチン単独でよいでしょう、と考えたとします。高齢者では、どちらが正しいかを結論づけるようなエビデンスはありませんから、どっちでもええんちゃうのと、陽気な大阪人は言うかも知れません。論争も闘争も好まない北海道人は、それぞれの先生の貴重なご意見を承りたいへん勉強になりました、と和を以て丸めるでしょう。しかし、このような状況こそ、将来の患者にとって「より正しい治療」を決めるためにランダム化比較試験が必要なのです。臨床試験は「エビデンスのない不確定さ」があるから、成り立つということなのです。「エビデンスがないから臨床試験はできない」と言うのは、全く検討違いだと思います。また、将来の患者にとってより正しい治療をきめるために、目の前の患者を「モルモット」にしていいのか!と、激しく詰め寄る患者団体もいますが、それも的外れのとんちんかんな論点です。ジーキット先生の選択と、ホワット先生の選択、どちらであっても間違った治療ではありません。現在、多くの病院で臨床試験以外として、つまり一般臨床における治療として、担当医師の好みでこんな治療がおこなわれているはずです。それを頭から否定するものでもありませんが、だからといってそれでいい、ということではなく、症例という貴重なリソースを浪費しないよう、臨床試験の枠組みの中で活用することが大事なのです。
ランダム化比較試験を計画するときに、欧米で行われている臨床試験をそっくりまねして、「日本人ではエビデンスがない」といった狭い了簡で、似たようなものを行っても、途中でぽしゃるか、結果が出たとしても、だからなんなわけ? といった情けない反響しか得られないという事例はたくさん見てきました。最新のエビデンスを知識袋に仕入れるために年がら年中、海外学会ばかり行っている欧米出羽守(おうべいではのかみ、と読みます。欧米で見聞きしたことを、欧米では、欧米では、と吹聴する守護職)の肩に止まった人まね小猿も頂けません。
インパクトの高い臨床試験を行うには、まず、患者にとって正しい治療が不確定の領域、未開拓の領域を敏感に見つけ、その状況をクリニカルクエスチョンとして定型化しEBMで言うところのPECO(Patient:どんな患者に、Exposure:ある治療をした場合、Comparison:別の治療と比較して、Outcome:結果はどうか)を立て、ランダム化比較試験の形に翻訳して、試験のコンセプトをまとめ、それに、実現可能性を考えて肉付けしてプロトコールを作り、倫理と科学の本質を見据えた「意味のある手順書」をまとめ上げ、根気よく試験を遂行し、全国の試験参加医師に対して上から目線ではなく、感謝と愛情をもって接し、得られた結果を、ほどほどにまじめで、そこそこにいい加減な統計学者と連携して解析してCONSORT STATEMENT にそってFIGURES、TABLESを作ることから論文を書きはじめ、平行してASCOなどに行って発表して、海外の研究者からのフィードバックを得てよりインパクトの高い論文に仕上げる、ことが大切です。この直前の「インパクトの」から始まり、「ことが大切です。」で終わる長い一文の内容を実践するには、10年あるいはそれ以上の長い歳月を必要とします。それは、まさにLong and Winding Roadであり、少年老いやすく学成りがたし、とはこのことだなー、とNSASBC01,02を手がけてみてつくづく感じています。しかし、人まね小猿だったら、こんな満足感は得られなかったことは確かです。
民主主義の成熟度
今日の夜は国際臨床試験の独立モニタリング委員会(Independent Data Monitoring Committee:略してIDMC)がありました。この委員会はIDMCメンバー(腫瘍内科医、統計家)数名と、製薬企業開発担当社数名と、データマネージメントを委託されているCRO(Clinical Research Organization)会社から数名が参加します。最初のオープンセッションでは、これらすべてが参加し試験進捗状況とか、FDAとの審議状況とか、今後の予定とかを話しあい、そのあと、IDMCメンバーだけが部屋に残り試験の比較群別のデータを見て、効果、副作用を検討して、試験継続なり中止なりを決めます。この独り言でも、IDMCに関する様々なエピソードを紹介してきましたが、今回も、うーん、なるほどということがいくつかありました。オープンセッションでは、CROの担当者(とても利発そうに見える)がFDAとのやりとりを報告する際には、かならず、「discuss with FDA」とか、「talked with FDA」という表現を使います。つまり、FDAと対等の関係で協議する、というニュアンスです。negotiateとか、explainとか、時にはpersuadeという表現も使われることに気づきました。 一方、日本の製薬企業開発担当者(とても間抜けそうに見え卑屈に振る舞う)のように「当局のご指示を頂きまして」とか「当局に御願いに上がろうと思っています」とか、聞いただけで腹がたつような表現を定型句のごとくに使います。ここに、文化の大きな違い、民主主義の成熟度の違いが感じられます。我が国では、江戸時代から脈々と続いている「お上」意識が未だに続いていて、遠山の金さんや大岡越前のお白州判決言い渡しのような感覚で、裁定を伺う、という感じ。当局はお上だから偉くって、それには何も逆らえなくって、ただいいなりになって、何も考えようともせず、私たちは弱い立場にありますから、といった、間抜けな反応しかしません。能力がない、というのではなく、対等な立場で相談しよう、という意識がないのです。治験に関する意味のわからない膨大な書類や決め事、過剰な手順規定など、「なぜそれが必要なの?」と聞いても、「当局の指示ですから」としか答えられない、なぜを考えようともしない思考停止状態で仕事をすることになんの疑問を感じない担当者、CROの姿に最近、遭遇したので、ことさらなおさら、「discuss with FDA」という表現が印象深く、なるほど〜〜〜、と深く関心したわけです。ちなみにFDAは、Fuji Dream Airlines(鈴与) ではありません。
おこちゃま医大講義録
我が母校、北海道大学の前身である札幌農学校に酪農を指導しにきたウイリアム・スミス・クラーク博士は、Boys Be Ambitious, like this old man! (若者達よ、志〈こころざし〉を抱け、この老人のようにな!)という言葉を残して札幌の地を去っていきました。赴任当時、学生は酒を飲んだくれ、喧嘩や争いが絶えず、ひどい状況でした。世の中は戊辰戦争、西南戦争といった内戦のさなかで人々の心もすさんでいました。クラーク博士は、まるで子どものような学生達に対し、愛情を持って厳しく接し、自ら模範となるように好きなワインを学生の目前でたたき割り断酒を宣言したそうです。たった、8か月の指導ですが、学生達は、志を抱けるまでに成長し、新渡戸稲造、内村鑑三ら、優れた人格の思想家として活躍したわけです。 さて、今月は三回にわたり恒例の甘松医科大学の講義に行ってきました。相も変わらず、授業の途中に当たり前のように立ち上がって教室を出て行こうとするもの、授業開始から30分以上遅れて堂々と入室してきた女学生、注意して一番前に座らせてレジデントマニュアルをプレゼントしても、反省とか恐縮の態度は全くみられず、講義終了後も、ありがとうございました、今後、気をつけます、ぐらいいいに来るかと思ったら、そんな気配は全くありません。国民の貴重な税金を使って、おまえたちのようなろくでもない子どもを医師になるまで育成しているのだから、もう少し自覚を持たなくてはいかんだろうと思いました。さらに、休み時間に廊下にでると、またまた、おこちゃま数人が集まりトランプゲームに興じているではありませんか。休み時間だから何やってもいいだろう、というものではないのだぞ。図書館にいくなり、当日の講義の復習をするなり、休み時間はそういうためにあるのだ。また、別の集団が、任天堂DSでゲームをやっていました。いったいおこちゃま甘医科大学の教育はどうなっているのだ? クラーク博士のように、学生を成長していない子どもとして厳しくしつけ教育しなければ、莫大な税金の無駄遣いになっていく。危機的状況にあるのだが学長はわかっているのだろうか?
第13回 浜松オンコロジーフォーラムを終えて
先週土曜日に開催された第13回浜松オンコロジーフォーラムは、味のある三人の演者の講演で盛り上がりました。高知の杉本健樹先生の話は、「余命1ヶ月の花嫁」にマスコミがとりつき20才からマンモグラフィ検診を、というばかげたキャンペーンに対して、若い患者に対して何をする必要があるのか、ということを真剣に考え、そこからBRCA変異をきちんと評価すべきであるという視点から猛勉強して、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の骨太の診療体制を構築した話は、なるほど、すごい説得力があり示唆に富むものでした。これぞ本物、という感じです。翌日は、ロビンと、ロビンのまたいとこにあたるはるちゃんの実家、ブリーダーの丸尾興商鈴木さんを尋ね、はるちゃんの父親犬に会ってきました。静岡の高木正和先生には、外科医の神髄を話してほしい、と依頼し、期待以上のすばらしい話でした。高木先生は、根っからの外科医ですから手術を基軸に、術前に必要なことは、科学的な臨床試験の取り組み、と、患者に対する最善のコミュニケーションを図ることである、手術中は、術者、第1助手、第2助手らと心を合わせるグータッチで手術を開始し権威勾配を踏まえた協調、協力の必要性、そして手術手順の原則を外した助手には強烈な頭突きで諫める指導姿勢は21世紀を通じて伝承されるべきものであると思います。術後に必要なことは病態をしっかり把握できるような手術検体の処置が必要であり、決して手を抜いてはいけない、と、そして、毎朝7時30分にICU回診を行う指導者の意気込みも、静岡県西部のジュビロあたりの医師にもしっかりと見習ってもらいたいものだと思います。翌日は朝6時すぎから一緒に朝のジョッギングで、付属小学校あたりまで約1時間、楽しい時間を過ごしました。三人目の演者、杏雲堂の小尾俊太郎先生は、ガラパゴス肝動注の位置づけについて、奔放な持論を展開し、私たちに多くの突っ込みどころを提供してくれ極めて感慨深いものがありました。聴衆の多くは冷ややかにやはりきちんとした科学的検証が必要であるということを学ぶことができたと思います。次回は、来年4月12日(土曜日)、頭頸部癌の放射線治療の話、HER2陽性転移性乳がんの話、QOLの正しい評価方法を学ぶ話を予定しています。しっかりとオンコロジーを習得するには、様々ながん医療を包括的に学び、底流となる理念、考え方、行動学を地道に習得することが一番大事であり、他に道はないと思います。
かわいそうな若者達
診療放射線技師の齋藤真理が突然出勤しなくなり引き継ぎもせずに退職届を郵送してきて職場放棄、こちらは予約の患者さんに連絡したり後任の技師さんを探したりで、てんやわんやの状況で1か月が過ぎました。こんな場合、彼女は自分のしたことがわかっていないのです、かわいそうな人間なのです、とクリスチャンは考えなくてはならないのでしょう。昨日、大学の講義、いつも、講義の始まる前からの居眠りとか、教授が来てもロビーでごろ寝とか、いろいろとかわいそうな若者を見てきました。今回は、授業終了までまだ30分もあるのに、突然堂々と立ち上がりさっさと荷物を片付け出ていこうとする勇敢な学生に遭遇。どこへいくのか? 用事です。 授業より大事な用事があるのかね? なければ最後までいなさい、そして、終わったら私のところにきて事情を説明しなさい、と注意し授業終了。その学生に聞くと実家に帰ろうと思って、とのこと。急用でもあるのかね、法事とか、ご家族が具合い悪いとか? いいえ、そういうことはありません。 世の中でなにが大事なことか、大学4年生になってもわかっていないこの学生は、大学での人間としての教育がなっていないのか、自分の置かれた立場がわからないのか、この学生もかわいそうな若者シリーズに加えておきます。いいね、のかわりに、♪かわいそうだねぇ〜
こんな事が許されるのでしょうか?
ふみかたくんからのレスがないので、タイトルと内容を一部改訂しました。
子宮内膜がんと診断されて大学病院に紹介された患者さん、手術を勧められましたが、知人が横浜の血管内治療がいい、いいと勧めたので、大学病院での手術を断り6か月間通って血管内薬剤注入をうけたそうです。しかし、出血が続き、腫瘍が大きくなってきたと言われたということで、セカンドオピニオンを求めて当院へ。患者さんが月々の注入薬名を書き写したメモをみてびっくり仰天!! それにはハーセプチン、ベルツズマブが使用されていると書いてあるではありませんか。子宮内膜がんに抗HER2治療? しかも血管内注入? 以前もこのクリニカにかかっていた乳がんの患者さんがセカンドオピニオンを求めてきたことがありました。そのときもとんでもない薬剤が注入されていました。保険診療ではないからといってこんなことが許されていものでしょうか? 癌治療学会とか臨床腫瘍学会などの学会は黙っていてよいものでしょうか? 迷惑を被るのはなにも知らない患者さんたちです。
あぁ 臨床腫瘍学会
仙台は今回も雨、前回は乳癌学会の時。今回もシャトルバスは超満員、朝の街は渋滞、東西に走る地下鉄が完成するまではこの問題は解決しない。会場はせせこましく、隣の部屋の声が聞こえる、第二会場までは遠くて行く気がしないし、ポスター会場のテントは最悪である。コンベンション会場を浜松並みに、もう一度言うよ、せめて浜松並みに、構築しないといくら東北の中心といえども仙台では学会開催は不可とせねば成らぬ。臨床腫瘍学会は、プログラム集が変に英語で読みにくいし、誰のための英語なの?? まず、私たち参加者が「情報・知識・理解の共有」をすることが、やっぱり大切だね、理念がぶれてはいけない。内容もAASCOのコピーだし、新規のエビデンスはほとんどない。あいかわらず有るべき論が多く、コンテンツに乏しい。腫瘍内科医はどうあるべきか、っていう話もちょっとうんざり。また、薬物療法実施が認められるのは、臨床腫瘍学会専門医に限定すべきだ、なんていうとんでもない我田引水の主張が富山高岡厚生連から。そうじゃないでしょう。「腫瘍内科医が手がけるとやっぱり治療の効果が上がるねー、患者さんも楽だよねー、さすが、腫瘍内科医、頼れるよね、しっかりやってくれるよねー、これなら、我々外科医が手を出すなんて、ナンセンスだよね、脱帽!」って言うぐらいの実力を示さなくてはいけません。もう一度言うよ、あるべき、やるべき、こうすべき、ではなく、腫瘍内科医としての旗を示しなさい、ということです。1997年、第9回の臨床腫瘍研究会を東京で開催したときと、なーんにも変わっていないっていう感じもしました。「Show the Flag!! Gentlemen.」
しゃんしゃんの花道
前回、私たちはしゃんしゃん大会主催者側の舞台裏について学びました。えー、そうなんだぁ、という反響を何人かのしゃんしゃんフェチの方からいただきましたが、同時に、実はね・・・、と今度は、しゃんしゃん大会に参加する医師の行動パターンについて、こちらが、えー、そうなんだぁと関心するような事例を学ぶことができました。
しゃんしゃん大会は、あごあしまくら付き、と相場は決まっています。顎つまり食事がついて、足つまり交通費(通常はMR君がチケットをもって同行する)、枕つまり宿泊費がつきます。主催者である製薬企業は当然、あごあしまくらをつけてもしゃんしゃん大会に参加して自社製品の販売促進を図ることが目的です。しかし、参加者の中には、あごあしまくらだけをかっさらうような親の心、子知らずという事例も多々あるのです。
①しゃんしゃんの時は必ずAKB48劇場に行く例、②T社のしゃんしゃんの日にY社MRにYS vs. YG戦のチケットを用意させる例、③の1 しゃんしゃんには毎回参加するが開始後10分で夜の街に消えていく「Dr. Ten-minutes」として有名な例、あるいは、③の2 しゃんしゃん受付とホテルチェックインだけして失踪する「Dr. ワンセコンド」など。他の事例もあれば教えてください。昭和から平成に受け継がれたしゃんしゃん大会には長い歴史がありその活用方法もさまざまです。しゃんしゃん芸人としゃんしゃんたにまちが繰り広げる、これぞ、しゃんしゃん道、しかし、その終焉を迎える日は近いようです。
夏休みはすぐそこ
昨日は国際共同臨床試験(sponsored by N社)のIDMC、つまりIndependent Data Monitoring Committee(独立データモニタリング委員会)のWeb Meetingがありました。日本時間20時から、電話回線を使ってのグローバルミーティング。ランダム化比較試験を対象に日本1名、米国2名、フランス1名の4名の委員が後半のクローズドセッションで、効果、安全性についてネット会議しました。前半のオープンセッションではN社の開発担当社からのプレゼンがあり、進捗状況とか、両群をまとめた有害事象とかイベント発生状況とかが提示されました。いろいろな国のなまりでの発表で昨日はインド系のアクセントでした。インド人英語はナゲンドラとかアムリックとか、議論好きなお友達もいたので昔から慣れており平気。それで、クローズドセッションでは、N社諸君は退席、IDMCメンバーだけの討議となります。効果について論じるときは、これで発表して良いかを決めるとか、有害事象については試験中止すべきか、などを論じることもあります。最近NEJMに掲載されたいくつかの論文でも、これで公表と、決めたときはかなりのプレッシャーでしたし、結構議論が白熱することもあります。web meetingは日頃「たちてん」で慣れているので、間合いとか、顔が見えない相手との討議もおかげでうまくこなせます。英語の討議も平気です。振り返ってみると長年培ってきた様々な個人的stete of the artが存分に生かせるのでいろいろな経験を積み重ねることができたことを神さまに感謝しています。先日NHKの特集番組で、若者が海外留学を希望しない、その理由は、一番が興味がない、二番が英語が苦手、ということでしたが、そんなこと言っていたら話にならないと思います。某松医科大学の卒業生でも留学に全く興味を示さない人々が多いのは、そんな時代なのか、それともそんな地域なのか。利己しかないのか? やっぱり、かげにひなたに、グローバル環境で活躍するのが私たちの使命(ミッション)だと思います。
それで、もう一つの使命(ミッション)はというと、今日はうってかわっての浜松市医師会の夜間救急室深夜当番。0:00から7:00までの深夜勤務が月に1回ぐらい回ってきます。この使命で何がいやかって、高圧的不勉強な仕切り型看護婆(Kangobar)がうっとしいのと、深夜帯は小児が来ることです。深夜勤務をやるようになって8年ぐらいになりますが、以前は、我慢してこども、赤ちゃんも診ていましたが、さすがに「今日(こんにち)の治療指針」を見ながらやるのでは、赤ちゃんやお母さんがかわいそうなので、最近は、子どもはわかりませんから、小さい子は、二次救急担当病院に搬送してください、ということにしています。高圧的仕切り型看護婆はいやそうな顔するけど、内科と小児科は別物ですよ。小児科医が足りないからって内科医が赤ちゃんを診るのは無理無理無理~。ちょっと利己ですが、内科はしっかり診ます、専門です!!と胸を張って言っていますが、不確かな時はUpToDateをモニターして軌道修正することもあります。
来週は、お楽しみ、伊豆クルージングです。天気も良さそう、高木正和先生も元気そう、留守番の妙子様も機嫌よさそう、なので、このまま、スムーズに夏休みに移行したいと願い、ひたすら7:00の時報を待つのみです。あと5時間ちょっとだね。。おっと、「プー、先生、診察お願いしま〜す。」高圧的仕切り型看護婆が呼んでいる。すぐに行かないと、当直室まで婆がやってくる。
