臨床試験を学んだ30年 


腫瘍内科レジデントとして国立がんセンター病院のある築地に赴いてから30年の歳月が流れました。すぐれた指導者たちとの巡り会いがあったればこそ、今日まで充実した日々を過ごすことができたと感謝しています。西條長宏先生は当時からランダマイズドトライアルの必要性を叫び続けていました。阿部薫先生にはがんの生物学に基づいた治療の重要性をたたき込まれ、ハーセプチンの日本での開発を任せられました。下山正徳先生には臨床試験のデータマネージメントのいろはを教えてもらいました。吉田茂昭先生はリーダーとして行動学を教えてもらいNSASでの人生勉強をすることができました。そんな私の経験を基にCSPORニュースに澤木正孝先生へのエールを送る檄文を投稿した内容を独り言にも載せましょう。

臨床試験とは、新しい治療方法の性能(効果 vs. 副作用)を最終的にランダム化比較試験で検証することです。ランダム化比較試験を行うためには、比較する予定の治療Aと治療Bの性能について、専門家集団の間でも、その評価が二分するような状況が存在することが必要です。これをClinical Equipoise (臨床的平衡)といいます。たとえば、HER2陽性の高齢者の術後にGKIT(ジーキット)先生は、パクリタキセル+ハーセプチンが必要と考え、HOWAT(ホワット)先生は、ハーセプチン単独でよいでしょう、と考えたとします。高齢者では、どちらが正しいかを結論づけるようなエビデンスはありませんから、どっちでもええんちゃうのと、陽気な大阪人は言うかも知れません。論争も闘争も好まない北海道人は、それぞれの先生の貴重なご意見を承りたいへん勉強になりました、と和を以て丸めるでしょう。しかし、このような状況こそ、将来の患者にとって「より正しい治療」を決めるためにランダム化比較試験が必要なのです。臨床試験は「エビデンスのない不確定さ」があるから、成り立つということなのです。「エビデンスがないから臨床試験はできない」と言うのは、全く検討違いだと思います。また、将来の患者にとってより正しい治療をきめるために、目の前の患者を「モルモット」にしていいのか!と、激しく詰め寄る患者団体もいますが、それも的外れのとんちんかんな論点です。ジーキット先生の選択と、ホワット先生の選択、どちらであっても間違った治療ではありません。現在、多くの病院で臨床試験以外として、つまり一般臨床における治療として、担当医師の好みでこんな治療がおこなわれているはずです。それを頭から否定するものでもありませんが、だからといってそれでいい、ということではなく、症例という貴重なリソースを浪費しないよう、臨床試験の枠組みの中で活用することが大事なのです。

ランダム化比較試験を計画するときに、欧米で行われている臨床試験をそっくりまねして、「日本人ではエビデンスがない」といった狭い了簡で、似たようなものを行っても、途中でぽしゃるか、結果が出たとしても、だからなんなわけ? といった情けない反響しか得られないという事例はたくさん見てきました。最新のエビデンスを知識袋に仕入れるために年がら年中、海外学会ばかり行っている欧米出羽守(おうべいではのかみ、と読みます。欧米で見聞きしたことを、欧米では、欧米では、と吹聴する守護職)の肩に止まった人まね小猿も頂けません。

インパクトの高い臨床試験を行うには、まず、患者にとって正しい治療が不確定の領域、未開拓の領域を敏感に見つけ、その状況をクリニカルクエスチョンとして定型化しEBMで言うところのPECO(Patient:どんな患者に、Exposure:ある治療をした場合、Comparison:別の治療と比較して、Outcome:結果はどうか)を立て、ランダム化比較試験の形に翻訳して、試験のコンセプトをまとめ、それに、実現可能性を考えて肉付けしてプロトコールを作り、倫理と科学の本質を見据えた「意味のある手順書」をまとめ上げ、根気よく試験を遂行し、全国の試験参加医師に対して上から目線ではなく、感謝と愛情をもって接し、得られた結果を、ほどほどにまじめで、そこそこにいい加減な統計学者と連携して解析してCONSORT STATEMENT にそってFIGURES、TABLESを作ることから論文を書きはじめ、平行してASCOなどに行って発表して、海外の研究者からのフィードバックを得てよりインパクトの高い論文に仕上げる、ことが大切です。この直前の「インパクトの」から始まり、「ことが大切です。」で終わる長い一文の内容を実践するには、10年あるいはそれ以上の長い歳月を必要とします。それは、まさにLong and Winding Roadであり、少年老いやすく学成りがたし、とはこのことだなー、とNSASBC01,02を手がけてみてつくづく感じています。しかし、人まね小猿だったら、こんな満足感は得られなかったことは確かです。

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投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

“臨床試験を学んだ30年 ” への 1 件のフィードバック

  1. ランダム化比較試験の意義が少し理解できました。
    所詮、不確定な状況において、有用でかつ不明である実験計画法に則ったセンスを
    感じさせるパラメータを選ぶということですね。

    しかし、そういうセンスは日頃しょっちゅう感覚を研ぎ澄ましていないと、なかなか現場の
    忙殺されている主治医には発想が出ないのではないかと傍目ながら気になります。

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