胃がんでは、胃の壁全体が厚くなり、食物の通りが悪くなるスキルス胃がんというタイプがあります。食欲はあるけど、食べるとすぐにお腹がいっぱいになる、食後すぐに嘔吐する、しだいに食欲もなくなるといった症状が現れます。六十五才の女性が、こんな症状で病院に行ったら、進行胃がんと診断され、外科医から手術不能と言われて当院を受診しました。治療希望と言う事でしたので、本人、家族に抗がん剤治療を説明しました。進行胃がんではS1(エスワン)の内服とシスプラチンの点滴を併用する治療が標準治療とされています。S1だけの場合とS1とシスプラチン併用の場合との効果、副作用を臨床試験で比較したところ、寿命はS1だけの場合の中央値は十一ヶ月、併用では十三ヶ月と二ヶ月延び、白血球減少、貧血、吐き気、食欲低下といった副作用はS1とシスプラチン併用の方が4−5倍高頻度に現れるという結果でした。2ヶ月といえども延命効果があることからS1とシスプラチンの併用が標準治療と位置づけられています。本人は「飲み薬も点滴も経験したことがないから説明を聞いただけではわからない」ということでしたので、まずS1を1サイクル(3週間)内服して、2サイクル目から点滴を加えようということになりました。そうしたところ、S1の内服だけで食事量も増え体調もよくなったところにシスプラチンの点滴で吐き気、嘔吐が強く、体調不良ということで回復後相談したところ、飲み薬だけで調子よくなったのに点滴して具合が悪くなった、点滴は二度としたくないとのお考えでした。併用で延命効果があるといっても、シスプラチンの点滴でつらい副作用を体験しS1内服だけでも効果は出ているようならば内服だけで続ける、一方点滴を体験し、副作用は問題ないという患者では併用すればいいのではないでしょうか。抗がん剤治療も、受けるか受けないかの選択ではなく、体験してから決めるという方法もあると思います。
いつも拝読させて頂いています。
私は、地方のガン拠点病院の外来に勤務している看護師です。
先生に教えて頂きたいことがありメールしました。S1の副作用で流涙がありますが、視力低下を伴うほどの流涙があった場合、内服を中止すれば視力はまた回復するのでしょうか?
何事も体験しないと分からない事だと思うのですが、先生からの説明もきちんとされないまま飲み続け、日常生活にも支障が来ているのに、生きる為にと頑張っている患者さんが、本当に気の毒で仕方ありません。
眼障害をきたす細胞毒性抗がん剤にはTS-1、5-FU、キロサイド、パクリタキセル、ドセタキセル、シスプラチンがあります。TSー1では流涙が割と多く出ます。日本で行なわれた臨床試験(SPIRIT TRIAL)では16%と報告されています。原因は、涙の中に、5FUが分泌され上皮細胞の脱落促進・増殖能低下がおこり角膜上皮の恒常性が破綻すると考えられています。症状の特徴はとしては、(1)発症時期は、1か月~1年(平均4.5か月)が多いけれど、終了後3カ月での発症例もあります。ですから、 一定の傾向は見られず服用中は注意や問いかけが必要です。(2)角膜上皮障害が高度でも結膜充血は目立ちません。(3)角膜障害が発現した症例の多くは治療・休薬により回復・軽快しており、特に角膜潰瘍・角膜びらんに至った症例でも40~222日後に回復・軽快しています。(4)投与継続により視力障害が残った症例が報告されています。効果と副作用のバランスを考慮しなくてはいけませんが、あまり症状が悪くなる前に休薬するか、ゼローダに変更するのがよいでしょう。
返信有り難うございました。とても参考になりました。
患者さんは、膵臓ガン術後の方です。ts-1を飲みはじめてから、色々な副作用に悩みながらもセルフケアをきちんとされながら頑張っているのですが、目の前で話している私の顔まで涙でぼやけて見えなくなってきている。と聞き、病気にとって大事な薬だとは分かっていても、患者さんのQOLを考えると….中止すれば良くなる可能性が有ることを期待したいです。