ASCOは楽し


ASCOが終わった。木曜日から木曜日までの出張なので休診の傷手は少なからずあるが、それ以上にASCOは楽しい。1988年からずっと来ているのでもう20年にもなるのかぁ。楽しい理由はいろいろあるけど、会場で旧知の仲の知人にたくさん会うことができることも理由のひとつ。Daniel Hayesは、かならず、Toruはいるか、と、今回も私のポスター発表を調べ、会場に来てくれた。「前から聞いてた試験だが、やっと結果がでたか、エクセレント! これなら症例数も多いし結論もしっかりしているから、JCOにいけるんじゃないか。こんどはいつ会えるか?」と、うれしいことをいっぱい言ってくれる。来年、再来年と日本に講演や学会に来てくれるようにたのんだら快諾。あと、St.Gallenでおなじみ、おそるべしDr.Goldhirschも、例のtable4のことをお礼をいったら、こちらこそありがとう、と。また、日本人でも、国立がんセンターの同窓会みたいにいろいろな先生と会うことができた。埼玉の佐々木先生やがんセンターの大江先生とも、お互いの近況を語り合い楽しい時間を過ごした。西條先生には会えなかったが、いろいろお忙しく、また、いろいろとこれから大変みたいな話も聞いた。最終日の火曜日、各種疾患(肺癌、大腸癌、乳癌、リンパ腫)のバイオマーカーのセッションを聞いた。これがシグナルトランスダクションパスウエイの話やら、バイオマーカーのアッセイの話やら、何がなんだか、ちんぷんかんぷんで、理解不能!! 困ったね。昔は、自分でも関わっていたようなことだけど、20年の歳月はずっしりと、私の気持ちを暗くした。ちんぷんかんぷんとんちんかん。一列前に座っていた筑波大学の坂東先生は、スライドをデジカメでしゃかしゃか写しつつ、すらすらとメモをとっており感心した。帰りがけに思わず「先生は、本当によく勉強されますね。」と声をかけると、「いえぇ、まだまだですぅ。」と、はにかみながらにこにことおっしゃっていた。そういえば、だいぶ前に私がASCOで質問をしたら、東海大学の田島先生が、「渡辺君、よく勉強してるねぇ。英語もうまいねぇ、Toru Watanabe from Tokyoなんて、え~、かっこいいじゃない。」とお褒め下さったことを思い出した。♪そんなぁ時代もおあぁったけどぉ~♪、ASCOは勉強するところなので、わからないことがたくさんあった方が刺激になっていい。ちんぷんかんぷんをバネによく勉強して、来年もまたシカゴに来ようと思う。来年はNSASBC02を発表できるだろうか。ASCOは楽し。

5月31日毎日新聞記事コピペ


国の「がん対策推進基本計画」案が、30日開かれたがん対策推進協議会でまとまった。地域により医療の質や情報に格差があり、よりよい医療を求めてさまよう「がん難民」をも生んだ現状の解消を目指す「一歩」となる。ただ、実現には多くの課題が残る。がん医療の実情と各地の取り組みから、計画実現へ向けた問題点を探った。【須田桃子、永山悦子】

 ◇人員不足が深刻--地域格差解消狙う

 「これが実現したら素晴らしい、というものができたと思う」

 30日の協議会では、複数の委員から計画案を評価する意見が出た。委員は患者代表や有識者、医師ら18人。時には深夜にも及ぶ計5回の会合で、立場の違いを超えた熱い議論を交わしてきた。しかし、がん対策基本法成立に尽力した国会議員からは「かえって地域格差が広がるのでは」と危惧(きぐ)する声も上がる。計画の実施には、都道府県が地域の実情に合わせ、がん対策推進計画を作る。しかし、医師をはじめ医療スタッフの不足が深刻化する中、スタッフをそろえることさえ難しい自治体が出ることが予想され「医療格差」解消は容易でない。協議会では「計画を内容のあるものにするには予算措置が必要だ」との声も出た。

 「情報格差」の解消にはどうか。計画には、3年以内に「2次医療圏」と呼ばれる全国の358地域すべてに、患者らの疑問や不安に答える相談支援センターを整備することも盛り込んだ。だが、実情は厳しい。

 各地のがん拠点病院には昨年2月から、先行して相談支援センターの設置を進めている。しかし、がん患者への情報提供に取り組む「キャンサーネットジャパン」の川上祥子・広報担当理事は「各地の相談員が同じ知識を持っているわけではなく、情報をかみくだいて説明できる人が不足している」と指摘する。

 「基本計画が絵に描いた餅になりかねない」と不安視する委員もいる。患者代表ら委員5人は、第3回会合で独自の対案を提出。誰がいつまでに何をするかを明示した行程表を示し、基本計画に取り込むよう求めたが、実現しなかった。厚生労働省は「進ちょく状況を協議会に報告する」と説明するが、実施状況の評価がどこまで行われるかは不透明だ。

 ◇遅れ目立つ治療体制

計画は重点課題の一つに、化学療法(抗がん剤治療)と放射線療法の充実を掲げた。日本のがん医療は手術が中心で、他の治療法は欧米に比べて遅れが目立つからだ。

 国立がんセンターで約20年間、抗がん剤治療にあたった渡辺亨医師は05年、浜松市に全国初の抗がん剤治療専門クリニック「浜松オンコロジーセンター」を開設した。患者が各地から毎週上京、長時間待って治療を受ける状況に疑問を感じたためで「気軽に立ち寄れるがん診療所があってもいい」との思いからだ。

 日本では、抗がん剤治療が専門の腫瘍(しゅよう)内科医による治療は、大病院でしか受けられない。日本臨床腫瘍学会は05年度、抗がん剤に関する十分な知識を持つ「がん薬物療法専門医」の認定を始めたが、今春でようやく126人。米国には同様の専門医が1万人近くいる。

 渡辺医師は「腫瘍内科医は増えてきたが、育成には時間と地道な努力が必要。基本計画ができたことは評価するが、青写真でしかない。私のセンターが、腫瘍内科を目指す若手医師のモデルの一つになれば」と話す。

 放射線治療の体制整備も遅れている。米国で放射線治療を受けるがん患者は66%に達するが、日本は25%。日本放射線腫瘍学会の認定を受けた医師は500人で、米国の10分の1だ。正確な治療を担保する理工学の専門家が極端に少なく、過剰照射などのトラブルも起きている。

 中川恵一・東京大放射線科准教授は「放射線治療のメリットが、患者にも医師にも理解されていない。放射線治療が最善なのに、医師から勧められないまま手術を受けている患者は多いとみられる。切らずに治す選択肢を知ってもらうことから始めなければならない」と話す。

 ◇「個人情報保護」患者登録の壁に

 科学的根拠のあるがん対策を進める基礎データとなるのが、患者一人一人の病名や生存期間、治療法などを記録する「がん登録」。計画でも重点課題の一つとされた。

 しかし、都道府県内の全患者を登録する「地域がん登録」、医療機関内で実施する「院内がん登録」とも一部の自治体や病院にとどまり、全国の発症率は推計値でしか出せないのが実情。データの取り方もバラバラだ。

 また、登録作業をするため、米国には約4000人のがん登録士がいるが、日本には該当する資格すらなく、国立がんセンターの研修を受けた人が約800人いるにすぎない。

 厚労省は04年に「がん登録は個人情報保護法の適用外で、患者の同意は不要」との通知を出したが、個人情報の取り扱いに対する国民の不安は大きく、全患者の協力を得るための妙策も見えない。計画では「院内がん登録を実施している医療機関を増加させる」との抽象的な目標しか掲げられなかった。

 国立がんセンターがん情報・統計部の祖父江友孝部長は「情報の提出が法律で医療機関側に義務付けられていないことが最大の問題。すべての医療機関から確実にデータを集め、正確な統計を出すには、法制化が必要だ」と訴える。

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 ◆がん対策推進基本計画の骨子◆

 ■全体目標

▽10年以内に死亡率の20%減少

▽患者・家族の苦痛軽減と療養生活の質の向上

 ■重点課題と主な目標

▽放射線療法や化学療法の推進=5年以内に全拠点病院で実施体制を整備

▽治療の初期段階からの緩和ケアの実施=10年以内に、がん治療に携わる全医師が緩和ケア の基本知識を習得

▽がん登録の推進=5年以内に全拠点病院の担当者が研修を受講

 ■その他の主な施策と個別目標

▽在宅医療を選択できる患者数の増加

▽3年以内に全2次医療圏で相談支援センターを整備

▽5年以内に乳がんや大腸がんなどの検診受診率を50%以上にアップ

毎日新聞 2007年5月31日 東京朝刊

腫瘍内科 -この10年-


国立がんセンター中央病院で乳がんの内科的治療に取り組み、少し軌道に乗り始めた頃のこと、「もっとこの領域で熱中する若い医師を増やさなくては」と考えた。しかし学会で、ある先生に「先生は何で外科の領域の乳がん治療に、物好きにも取り組んで見えるのでしょうか。乳がんのことは我々に任せ、先生には他にやることがあるのではないでしょうか?」と、助言とも、皮肉ともとれるようなコメントを頂いたことがあり、内科で乳がん?乳がんは外科の病気でしょ?というレスポンスが世間では一般的であった。

レジデントとして応募してきた若者の中に、「腫瘍内科で乳がんをやりたい」という男がいたので一生懸命に指導した。しかし、ある日突然、肺がんをやりたいと言い出した。よく聞くと「内科で乳がんやっていてもどこの病院にも就職できない。その点、肺がんなら、多くの病院でやっているから、就職口もたくさんある。」つまり、安定した将来を求めたいということだった。「乳がんの薬物療法は間口が広く、奥が深くて面白いし、腫瘍内科医の腕の見せ所が沢山ある。これからは、絶対乳がんのわかる内科医が必要とされる時代がくる。今は、でこぼこのあぜ道だが、一緒にこの道を進もうではないか。」と説得したが、「僕は、舗装された高速道路をかっこよく走っていきたいです」と、肺がんの道を進んでいった。実は、はじめから肺がんをやりたかったが、レジデントの定員がうまっていたので乳がん希望として採用された、ということがあとでわかった。その後の彼の消息は把握していない。

あの頃は、我が国の「腫瘍内科」は黎明期にあったように思う。国立がんセンター中央病院レジデントマニュアルを作ろうと、1995年の春、当時の総長、阿部薫先生に後押ししてもらい、売れるかどうかもわからぬ企画を医学書院に持ち込んだ。現役のレジデント諸君が執筆した拙い原稿を、勝俣範之、小野裕之、山本信之の「みつゆきくん」とよばれた3名のチーフレジデントといっしょに私の医長室で、毎晩毎晩、夜中まで書き直し、手を加えた。そのマニュアルも今年、第4版が出版され、発行部数も飛躍的に伸び、腫瘍内科に対する世の中のニーズも急速に高まってきている。みつゆきくんたちも、今や、それぞれの領域での第一人者に成長した。当時、世間では、化学療法は、入院して行うというのが一般的であった。国立がんセンター病院では、1985年に通院治療センターが開設され、CMF、低容量ACなどのレジメンは外来で行われてはいたが、本格的な化学療法は、まだまだおっかなびっくりという状況であった。1999年に術後化学療法を実施した患者のカルテを見ると、入院患者では、ACの投与量はアドリアマイシン60mg/m2、シクロフォスファミド600mg/m2という標準量が使用されていたが、外来では、AC(40/4006サイクルとか、(50/500)5サイクル、そして、その後、徐々に(60/600)が使用されるようになっていった。2000年から開始したNSASBC-02試験のレジメンも、1999年頃の計画段階では、AC(50/5005サイクルという提案もした。しかし、「どうせ試験をやるのなら、国際的にも標準とされているAC(60/600)でやるほうがよいでしょう」と助言してくださったのは、群馬県立がんセンターの木村盛彦先生であった。今では、外来化学療法も「熱が出なければ採血する必要なし、知らぬがほっとけ、です」と、ちょっと無謀ではないか、渡辺君、と慎重な先生からは、おしかりを受けるようなことを全国を回って助言している私であるが、振り返って10年の間には、試行錯誤の日々もあったということをあらためて思い出す。忘れえぬ時代である。

「緩和的化学療法(palliative chemotherapy)」という概念を実感できたのもこの頃であった。1999年1月、34才の女性が、私の外来を救急車で受診した。ストレッチャーに乗り、酸素を吸入している。紹介状によると、乳癌で、骨、肺、胸膜(胸水)、リンパ節、肝臓に転移があり、様々な治療をやってきたが、万策尽き、余命1か月と説明したところ、国立がんセンターに行きたい、という本人の希望、とのことであった。状態は悪い。ご本人は外来で次のような希望をはっきりとおっしゃった。「317日に長男の幼稚園の卒園式がある。今、かかっている病院では、それまでもたないと言われた。もし、なんか治療があって、卒園式に出られるのなら、私は国立がんセンターで治療を受けたい。」と。「胸水を抜いて、酸素を吸入すればどうにかなるかも知れない、抗がん剤治療は可能だが、やってみないと効果がでるかどうかは、わからない」と説明し、とにかくやってみましょう、ということで入院となった。入院の翌日、たまたま来日していたメモリアルスローンケタリングがんセンターDr.Andy Sidemanが国立がんセンターを訪れることになっていたので、病棟回診をしてもらい、レジデントの清水千佳子先生にこの症例を提示をしてもらった。Dr.Seidemanは丁寧に患者を診察すると「状態は悪いが、症状緩和が目標であり、使えるのならパクリタキセルの週1回点滴はどうだろうか」と提案してくれた。我々は、数ヶ月前に抄読会で読んだJCOに掲載された彼の論文「Dose-dense therapy with weekly 1-hour paclitaxel infusions in the treatment of metastatic breast cancer」を覚えていた。早速、翌日から治療を開始した。一時期、病状は極限まで悪化し「DNRDo Not Resuscitate) Order」が出されたが、2週目頃から、みるみる状態が改善、呼吸困難が軽快し、酸素なしでも歩行できるようになった。4週間にはCEAが著明に低下した。医師たちは喜んだ。39日退院、外来でパクリタキセルを続けた。患者は希望通り317日卒園式に参列することができた。さらに、4月5日の入学式にも夫婦そろって参列できた。4月の半ば過ぎごろから、リンパ管性肺転移が再度増悪、肝転移も進行し黄疸が出現した。本人のご希望に沿って地元の病院への入院を依頼した。連休明けの5月7日、今朝、ご家族に見守られ、静かに息を引き取ったという連絡をご主人から頂いた。お礼も言ってくれた。奥さんは、病床の枕元においた、満開の桜の下、親子3人でとった入学式の写真をいつもうれしそうに眺めていたそうだ。忘れえぬ症例である。

がん対策基本計画ができた、と言うことで、毎日新聞記者の永山悦子さんが先日取材にきた。記事は531日の朝刊に掲載された。なかなか、よくまとまっていて、ポイントを突いた記事であったと思う。取材でお話したことで、記事にならなかったことが二つある。一つは、上記のように1997年の時点ですでに、腫瘍内科の育成に取り組んでおり、腫瘍内科医の育成は確実に進んでいること。人を育てるということは、桃栗三年柿八年よりも、もっと時間がかかる。即席ではろくな人間は育たない。もう一つ、患者団体にあまり迎合する必要はないのではないか、ということだ。がん対策基本計画の議事録を読むと、患者団体が、各自の主張を繰り広げ、それにいちいち座長が対応している。マスコミなどでも、がん患者であることを告白することが流行っているが、我々は、常に診療の現場でがん患者の生の声を聞いている。治療でも、診断でも、できることはできる、できないことはできない、しょうがないことはしょうがない、済んだことは済んだこと、といった現実的な切り分けを如何に患者に説明し、具体的な対応を考えていくか、ということは、日々の診療での重要な課題としてすべての腫瘍内科医は既に取り組んでいるのである。なにも、患者団体に指摘されるまでもないことである。

今、私はASCO参加のためシカゴにいる。今回はNSASBC01試験の結果を発表する。データをまとめてみて、2-3年の時点での打ち切り症例があまりに多いのにあらためて驚いた。これは患者団体「イ○ア○ォー」による理不尽な妨害工作によるものだ。試験に参加した患者が中止を申し出たり、試験に参加していた病院が参加を取り消したりと、さんざんな目に遭わされた。この経験が私にとって大きなトラウマとなっていることは事実、だから、なおさら、自己中心的な患者団体のいい加減な主張には、今後も厳しく対応しなくてはならないと思っている。

お答えします、ゆがんだ医療


オンコロジストの独り言、2006108日掲載の「ゆがんだ医療」に対して、北海道帯広市の北斗病院の小田京太先生から、貴重なコメントを頂いておりましたのでご紹介します。また私の意見も合わせて申し述べておきました。

お初にお目にかかります。私事、北海道帯広市の北斗病院で日本1台目のTomoTherapy運用に携わっている小田京太と申します。先生のお顔はPRICRA-BCのキックオフミーティングで初めて拝見し、浜松オンコロジーセンターのホームページも日々の診療の参考としています。さて、ブログは今回始めて拝見し、この記事があり自戒の念も込めて読みました。当院では来院される患者さんの多くがstage4であり、転移巣治療のために来ると言っても過言ではありません。面談時には転移の治療方針は全身療法が第1選択であること、局所療法たる放射線治療(TomoTherapyであっても当然ですね)は局所制御(症状緩和を伴えばなお良い)であり根治性(生命予後)を上げる事を一切約束するものではない事を説明するのですが、理解できる人、所謂癌難民であり全身療法の選択肢はすでにないと説明されている人、参加する事に意義を見出そうとする人と様々であり、苦心している状況です。個人的にはTomoTherapyは従来の放射線治療の質を底上げを目指すべき機器(ライナックが60点照射ならTomoTherapy80-90点照射)であり、あまり変な評判が流れる事は好ましい事ではないと思っています。先生のようなご高名な腫瘍内科医には先進医療機器(特に放射線治療機)に対するご意見を一度賜ってみたいとも考えていますが如何でしょう?   25 13:30

私も先生のお名前だけは存じ上げておりました。先生の主張されるように、ライナックなどの従来の放射線治療機器に比べれば、トモセラピーは、放射線エネルギーを限局された範囲に集中させることができるという点、安全性制御の点など優れている点がある、というスペックは私も勉強しました。先進医療機械として優れていることはその通りだと思います。異論は全くございません。しかし、問題はその使い方です。

癌の肺転移は、全身に癌細胞が転移した状況で、たまたま、増殖のはやい転移巣が、レントゲンに映るぐらいの大きさまで増殖し、肉眼で認識できるようになったと考えられます。全身ではない、というご反論をされるなら、全肺に、と言ってもいいと思います。CT、MRI、PETでも、多少のスケールの差はあれ、根本は同じことです。癌の転移は、このように、タンポポの種が風に吹かれて、遠くの土地に着地して、次の春になるまでは芽も出さず、花もさかず、こんなところまで来ていたのか、と後になってわかるようなものと似ています。トモセラピーで肺転移のレントゲン、CT、MRIPETで見えるところを、次から次へと照射することは、モグラたたきそのものです。根治性を求めるのならば、それは、見果てぬ夢であることは、臨床腫瘍学を少しでも学んだ医師ならば、誰でも知っています。「乳癌の肺転移を手術することに意味があるか」という問題についても、次のように主張する呼吸器外科医がいます。「単発で、乳癌の手術から長時間経過している場合、切除することで、切除後の生存期間は、あきらかに長いのだから、手術するのが当然だ」と。しかし、これは、セレクションバイアスの結果であることは否定できないのです。つまり、乳癌手術から、長時間経過して、肺に転移してきても単発のままの腫瘍は、生物学的におとなしく、ホルモン剤だけでも充分に長期間にわたってコントロールできるものも多く含まれるわけで、手術したから寿命が延びた、と結論づけることはできません。ですから転移病巣に対する局所治療で根治性を目指すという考え方は、多くの場合、成り立ち得ないのです。例外もあります。たとえば、大腸癌の肝転移、これは、単発の場合、外科切除をすれば、治癒がえられる、生存期間が延びる、という結果は検証されています。しかし、これは門脈系という閉ざされた領域での問題ですので、乳癌の肝転移も切除したほうがよい、という話にはなりません。脳転移に対するガンマナイフ、Xナイフ、これも放射線のエネルギーを、腫瘍部分に集中させることから、従来の全脳照射に比べて優れている点も多いです。しかし、これも、多発脳転移に対して、シラミつぶしのように、10箇所もも20箇所もガンマナイフで照射して治癒させる、という取り組みをしている施設がありますが、これも、根治、治癒という点からみるとほとんど意味のないことだと思います。

もちろん、転移病巣を少しでも縮小させて、症状緩和、QOL改善ということを目指す上では、放射線照射は、大きな意義があることは否定しませんし、その際、ガンマナイフや、トモセラピーは、威力を発揮することは間違いありませんし、ライナックが60点だとすれば、トモセラピーは80点、というのは、その通りでしょう。要するに、癌の生物学的特性を考慮した上で、患者に負担が少なく、効果の大きな治療を選べばいいのです。我々の領域でも、同じようなことが言えます。例えば、1950年台から使われているアルキル化剤という抗癌剤を60点とすれば、1990年代に登場したタキサン系薬剤は、80-90点ぐらいのスペックかもしれません。だからといって、全身状態が悪く、余命数日、という状況では、タキサン系薬剤を使用することは、なんの意味もないのです。これと同じように、「PETど見つけて転移をことごとくトモセラピーでやっつければ癌は治ります」というような幻想を患者に抱かせるような医療があるとすれば、それはとてもゆがんだ医療である、と申し上げたいわけです。また、他にやることがないと言われた患者さんが希望するからといっても、「転移先をシラミつぶしにしても根治することはない。」というとても大切な、しかし患者さんにとっては、つらい情報をきちんと提供した上での希望なのか、というと、多くの場合そうではないと思います。医学的にみた病状と見通しをきちんと説明することが、どんなにすすんだ医療機器を使用するよりも大切である、と私は思います。以上、遅くなりましたが私の意見を申し上げました。

 

ST.Gallen投稿しました!


恐るべし、Goldhirsch! St.Gallen 2007 Meeting Highlight論文が、昨日、Annals of Oncologyに早くも投稿されました。パネリスト間で2回の原稿チェックが行われ、学会終了後、わずか1ヶ月での投稿です。私が、Goldhirschにしつこくしつこく提案した、「24の箱」の表も、APPENDIXとして採用されました!!! どんなもんだい!!
最終投稿原稿は浜松オンコロジーセンターホームページに載せておきます。どこよりも早く、誰よりも早くSt.Gallen 2007を勉強して下さい。これで、私は連休はゆっくりと休めます、と思いきや、乳癌学会ガイドラインの最終チェックをしなければ・・・、とほほのほ。貧乏暇なし。でも遊んでいる暇はあるもん。

薬剤師の粘り勝ち


骨転移治療薬「ゾメタ」の外来化学療法加算が静岡県社会保険支払基金で査定されました。「査定された」というのは、日本語としては正しくはない表現ですが、支払基金側が「ゾメタ点滴では外来化学療法加算は算定できない」と、400点の保険請求を却下してきたのです。しかも6人分の請求が却下されたのです。これは、我が社のような弱小法人では致命的なことです。しかし、おかしな事に同じ月に点滴の抗癌剤を行っている場合はゾメタの外来化学療法加算算定はOK、ホルモン剤の内服だけのような場合は、ゾメタの外来化学療法加算はNO、というわけのわからない対応に、我が社の薬剤師が社会保険支払基金に問い合わせたところ「厚生労働省に確認してくれ」とのことでした。ふつうはここで「長いものには巻かれろ」的発想の一般ピープルは引き下がるところ、我が社の薬剤師は違った、厚生労働省に電話し担当者を突き止めたのです。その担当者(H局I課T氏)が言うには「抗腫瘍効果がない薬剤なので外来化学療法加算の対象とはならない」との見解だとのこと、薬剤師はがっかり気味で私のところに報告に来ました。

そこで私は厚生労働省H局I課T氏に電話し、「先ほど、うちの薬剤師が問い合わせたゾメタの件ですが、その理由についてご説明願えますか?」と尋ねたところ、「ゾメタには抗腫瘍効果はありませんから外来化学療法加算は算定できません」とおっしゃる。「いいえ、そんなことはありません。ゾメタは、癌の骨転移に対して抗腫瘍効果があります。」と返すと、「作用機序から見ても直接作用はありませんから」とのお答え。「だったらこれから出てくるアバスチンはどうですか? 作用機序は間接的ですよね。それも、外来化学療法加算はとれないのですか? では、Lアスパラギナーゼはどうですか? 直接作用ではありませんよね、でも外来化学療法加算は認められていますよね?」と(我ながら見事に)反論すると、「担当のモノが席を外しているので戻ったら確認して連絡します」とのお返事でした。な~に~、あ・ん・た・は・担当者じゃないってかぁ~!! え~? んで、そんな決定的なこといっていいのかよ~、と、思わず電話機を床にたたきつけたくなりましたが、そこは冷静に電話を切ったわけです。それで、あちこちに確認し、根回しできるところには根回しをして連絡を待ちました。

翌日の17日は東京勤務、我が社の薬剤師から「今、厚生労働省のTさんから電話があって、骨病変における抗腫瘍効果が認められるので、ゾメタは外来化学療法加算の算定ができるそうです。これから静岡県支払基金に電話します。」とのメール連絡がありました。早速「ごくろうさん、ごくろうさん、それで、支払基金はなんだって?」と我が社の薬剤師に電話したら、「厚生労働省に確認してみます、ということでした。」とのこと。薬剤の粘り勝ちぃ~! ということで、お持ち帰りメッセージは:

(1) 顔の見える厚生労働省H局I課T氏の対応はすばらしい

(2)           (2)    「長い物には巻かれないぞ」という粘り腰の姿勢が望ましい

現実の世界に


St.Gallen Consensus Conferenceの論文の一回目の手直しも終わり、パネリストとしての情報の整理がとりあえずひと段落しました。Endcrine response uncertainにかわりpartially endocrine responsiveという呼び方になるなど、表面上にも少しの変更が加わることになりそうです。それよりも基本的な考え方が「まず、ターゲットより始めよ!」というアプローチになりずいぶんとすっきりしてきたように思います。乳癌治療もずいぶんと整理されてきたもんだと、はればれした気分でここ数日を過ごしながら春の陽気も感じつつ、ツバメ君の第一偵察隊も確認し、すこしうきうきした気分で過ごしておりましたが、強烈なセカンドオピニオンで現実の世界に呼び戻されてしまいました。昨日は浜松の外来で「HER2強陽性乳癌肝転移、ハーセプチンとパクリタキセルで肝転移が消えたので完全治癒を目指して肝左葉を切除する!」という治療方針を貫く和歌山の先生の患者さん、紹介状はよそ宛のコピー、患者さんも当惑至極です。医学教育が悪いのか、それとも医師としてのセンスが悪いのか、とにかく、まったく理解もできず、賛同もできず、「後医は名医」といえども、こればかりは、「この先生、間違っています」といわなくてはいけないでしょう。今日は飯田橋、埼玉から来たCTやMRIを持参された患者さん、「私の転移はどこにあるのでしょうか?」ということでしたので、画像を見ながら、どこどこ、どこどこ、頸部を触診したら、ウィルヒョウリンパ節も腫れています。「担当の先生からは、説明はお聞きになっていないのですか?」とたずねると、「説明してくれないんです。質問すると怒り出すから、怖くって・・・。専門的なことを聞いてどうする! 医者にでもなるつもりか!」と言うんだそうです。その先生のことは、昔からよくよくよくよく知っており、JCO○や、NSA○などでもよく協力してくれ、JCO○では、かつてベスト何とか賞とかをもらっていた、控えめな先生です。「他の病院に行きたければ行ってくれ、あんたがいなくなれば、ひとり、他の患者さんを診ることができるんだから」とも。「看護師は、なにか説明してくれないんですか?」と聞くと「看護師に聞くと、先生が説明しないことは、聞いてもしょうがないでしょう」と、相手にしてくれないそうです。この病院は、チーム医療とかでも売出し中だぜ。病院ランキングとかでトップに君臨、それで、患者さんが殺到して、かえって、医療の質が急降下ということらしい。ジェームスアレン著「原因と結果の法則」 正しい思いをもてば、それが行動に現れ、行動を繰り返すことで習慣が形作られ、その習慣から人格が完成し、人格を慕って、また、人が集まる - O先生、I先生、見かけは歳でもまだ、私より若いんだから、もう一度、原点に立ち戻り、医師としての「思い」はどうあるべきか、ということをお考えになってくださいね。

ST.GALLEN2007が終わった


3月14日から開催された第10回のカンファレンスが昨日終了した。最終日のコンセンサスカンファレンスでは、リスクカテゴリーは従来通りだし、各リスクグループ毎の推奨治療もあまり大きくは変わっていない。これだけ見ると、何がかわったの?という印象を持つ人も多いと思う。しかし、ステップ1 「ホルモン感受性とHER2発現状況という、ふたつの臨床生物学的特徴に基づいて治療反応性を判定する」、次にステップ2 「再発リスク評価する」、そしてステップ3 「治療反応性、再発リスク、閉経状況に合わせて、治療を選択する」という考え方が明確になったと思う。このような考え方に基づくと術後の乳癌は「24の病型」の分類できる。これは、だれでも考えつくことであろうが、技化(「わざか」と読む。 物事の段取りを他の人に伝達することのできる技術としてまとめること)できたことで、新しい発展が期待できる。今後は、「基本24病型分類」を使って  日常診療における治療選択② 臨床試験での検証すべき仮説設定 を考えていけばよいのだ。そういった意味で、頭の中を、すっきりと整理できるようになったと思う。今までは、すっきりしない同士があれやこれやと話をしていたのでj標準治療といっても統一感がなかったが、これからは、この、「基本24病型分類」で話をすればわかりやすい。この24病型について、基本となる治療を決めておくことで治療の標準化が一層促進されると思う。今回、パネリストして参加できたので、最初から最後までじっくりと勉強することが出来た点は、大きな収穫だったと思う。今回考えついた「基本24病型分類法」に肉付けして治療水準の引き上げを図りたいと思います。今回は、日本から130名近くがSt.Gallenカンファレンスに参加したが、昔からお世話になっている知人、今回、初めて親しくなった人、など沢山の人たちと話すことが出来たのも大きな収穫であった。とくに、いろいろな臨床試験のドラフトコンセプトを具体化できるような勢いのある若い先生たちを沢山、知ることができたのはとてもよかった。彼らには、これからは頼むね、と、安心してあとを任せられるような感じである。日本から役立つデータが、がんがん発信される時代ももうすぐだ。
浜松オンコロジーセンターを開設して5月5日で2年になる。4月からは、もはや限界の単身赴任生活にも終止符を打てるし、浜松乳がん情報局のNPO化やら、基本24病型分類の普及やら、浜松オンコロジーセンター発展計画やら、浜松医大での講義やら、新たな出発に、期待のふくらむ春である。2年後のST.Gallen Conferenceの時も、アカデミックプロスペラスオンコロジーが実践できているようにがんばっていくぞ、おおー!

EINSTEIN HOTEL


ザンクトガレンに昨夜遅く到着しました。成田→フランクフルト→チューリッヒ→ザンクトガレンと移動はスムーズ。気候は暖かく、タクシーの運転手も、こんな暖かい冬、雪のない冬も知る限り初めてだ、とのことです。ホテルは、由緒あるアインシュタインホテルです。ここは、コンセンサスカンファレンスの演者、パネリストは優先的に宿泊することが出来るホテルです。実は、1992年にはじめてザンクトガレンカンファレンスに参加したときもここに泊まりました。当時は、まだ参加者が少なく直接予約することがきました。あのときの部屋はシングルベッドの小さい部屋、今回は、キングサイズの大きな部屋です。無線LANも完備です。1992年に泊まったときはもちろんLANなどはありませんでした。部屋の電話機に細工をしてモデムを接続し、電話回線でインターネットにログインしたものでした。
ここから、会場のオルマテッセンまで、歩いて15分ぐらいです。今日は、夜からパネリストの懇親会があり、すこし打ち合わせがあります。明日(水曜日)からカンファレンスです。日本代表ということですから、しっかりやりたいと思います。

今年も愚かなランキング


今年も「手術件数でみるいい病院ランキング」がでました。これは、大学合格者数高校別ランキングとならんで実に愚かな特集だと毎年思います。○○病院は昨年の7位から手術件数を大幅に増やし3位に躍進した、みたいなことも記事には書いてあり、ますます、まぬけな記事だと思います。手術件数の多い病院ではマスコミがこういうふうに脳タリン系に煽るので、益々診療の質は低下していきます。よく知っている病院では、医師や看護師は疲れ切って、どんどん退職し、内部での争いや諍いが絶えず起きていますが、それでもいい病院の上位にランクされています。最近ではsustainability(継続可能性)が重視されています。一時的に無理をするのではなく、良い状態が長く続く、という穏やかな雰囲気が大切なわけです。こんなバカみたいなランキングを毎年やって、数を競わせ、病院は益々疲弊して、量の向上と質の低下を招く、愚かな特集はそろそろ見直して頂きたいと思います。売れればいいってもんじゃあないとと思いますけどどうでしょう、坂田さん、よろしくお願いしますよ。