神戸のまとまり


神戸に行ってきました。以前から神戸には時々講演に伺っております。かつては「大阪大学系」「京都大学系」「神戸大学系」といった感じで別々に呼んでもらって1週間の間隔で別の「派閥」から講演の依頼がきたりということがありました。ところが、昨日は、神戸に数年前に設立されたNPOが主体となった開催された乳がん看護をテーマにした勉強会でした。学派派閥のこだわりもなくとても建設的な勉強会だったと思います。私の講演のタイトルは「乳がん薬物療法-地域・施設格差を考える」という新作ネタ。古典落語と新作落語の要素を取り入れて、時事ネタももりこんで・・。充実した会でした。

情報処理につまずく医師


東京の超有名病院にかかっている五十才代の女性が乳がん治療に関するセカンドオピニオンを求めて受診されました。右乳房にしこりを感じたため受診した病院で、しこりに針を刺し組織の一部を採取する検査を行いその結果、ホルモン剤が効くが抗がん剤を追加した方が良さそうなタイプの乳がんとのことでした。一週間後に予定されている手術までに術後の治療を決めるよう言われたそうです。乳がんの七割はホルモン剤によって増殖が抑えられるタイプで、その半分はホルモン剤だけでよいのですが、残りの半分は抗がん剤治療を追加する必要があります。ホルモン剤だけに比べると抗がん剤治療は、脱毛、吐き気などの副作用が強く、抗がん剤治療を受けたくない、と思う人は多いと思います。「抗がん剤治療はやはり必要でしょうか?」という患者の問いに対して、「手術の前にまずホルモン剤を数ヶ月行い、しこりが小さくなれば、ホルモン療法が効くということで、抗がん剤は必要ないかも知れない」というのが私の意見でした。2ヶ月後、再びセカンドオピニオン外来を受診した患者は、予定どおり手術が行なわれており、術後に主治医から抗がん剤治が必要かどうかを調べる遺伝子検査を勧められたそうです。これは、欧米では既に数種類の検査が日常診療として行なわれていますが、日本ではまだ正式には導入されていません。実施するには五〇万円前後の自己負担が必要です。患者は勧められるままに、二つの検査を受けたところ、一つの検査では抗がん剤治療は必要、もう一つでは不要という結果だったそうです。結局、高額を負担して実施した検査はあまり役立たず、主治医からは、抗がん剤がいやならホルモン療法だけをやりましょう、と言われたそうです。これ以上、患者を混乱させてもかわいそうでしたし、絶対に正しい答えはないので、ホルモン療法だけで続けることに賛成しました。しかし、情報処理を間違った医師は患者に大きな迷惑をかけるということを痛感しました。しかも超有名ブランド病院で、患者に資金力があるからといって、あれもこれも提案するのは如何なものかと思いますね。

X+3年8月14日はやめなさい


最近、看護師や若手医師とかの症例検討を聞いていると大変不可解なことがある。X年3月どれどれどうで、X+2年12月にああしてこうして、X+4年6月、こうしてこうなって、X+7年8月あれしてああなりました。これは今月です。なぜ、どうして、事象発生年を隠匿するのか? 個人情報保護とでも言いたいのか? これはとても煩わしく鬱陶しくわかりにくいし情報として不十分だ。たとえば、HER2陽性乳がんの場合、あるいは肺腺がんの場合、ハーセプチンとかイレッサが既に市販された後のできごとなのか、市販前の年号ならば、これらの分子標的薬剤を使用していないのもしかたないが、市販後の年号ならば、どうして使用していないのか、というあたりも論点となる。それを、訳もわからず、X年などとやるものだから、いきなり集中力が失せるのだ。昨日も多地点看護の発表がこのパターンでしかも術後薬物療法の副作用対応のために緩和病棟に入院させるとか、患者の子供の宿題の心配まで医療者がしなくてはいけないとか、内容も訳わからない甘い話で、いったいSUGARS病院のガバナンスはどうなっているのか、というようなアキレタ話であった。形だけを追い求めるのではなく、しっかりした理念に基づく発表を期待したい。

私の主張


国民の目から見て何の専門医なのかわからないような診療科を学会が勝手に決めているので、専門医の認定を学会任せにしないで第三者機関を設置し、専門医をわかりやすくしようという「専門医機構」が動き始めている。乳癌診療は、古来よりマンモグラフィ検診から、乳癌の画像診断、病理診断、手術、麻酔、薬物療法、そして転移・再発した場合の薬物療法、モルヒネなどを使う症状緩和、そして人生の最期を看取る終末期医療まで、すべてを外科医が担当するという時代が長く続いてきた。医療が細分化していなかった時代はそれでよかったかもしれないが、次第に、病理診断は病理医へ、画像診断は放射線診断医へとアウトソーシングされるようになり、抗がん剤などの薬物療法も我々のような腫瘍内科医が担当する場合も増え、昔日の如く外科医が広い守備範囲をこなすことは不可能になった。最近では、「外科」から「乳腺外科」、「乳腺科」といった看板に掛け替えている病院もあるが内容は大して変わらない。薬物療法を売りにしている「実は外科医の乳腺科医」も多いが、薬の使い方や副作用マネージメントといった臨床力では、腫瘍内科医に軍配があがる。だから「乳腺科」という看板の下に、いろいろな守備範囲、診療能力の医師が混在しており、国民の目からわかりにくいのも当然である。一方、消化器一般外科という看板をあげている大学や病院に、乳がん薬物療法に十分な知識と経験がある医師もいたりするので、ますますわかりにくい。

米国では乳がん診療の主役は腫瘍内科医であるが、日本では腫瘍内科医の育成が遅れていたため、薬物療法は外科医が担当せざるを得ず、乳腺外科医は診療業務労力の80%は薬物療法など手術以外の活動に費やされているのだ。私は、腫瘍内科医として乳がん医療に関わり始めた1980年代から研究、診療、教育も外科医たちとの調和を保ちつつも、薬物療法は腫瘍内科医に任せなさい、と叫び続けてきた。腫瘍内科医の後輩たちも乳がん診療に参入しつつあり、患者からの信頼、満足の声を多く聞くようになった。少しづつだが、外科医は、より美しい手術を追求し、内科医は安全で効果の高い薬物療法を提供する能力を発揮できるようになってきたのだ。これぞチーム診療のあるべき姿である。

ところが、専門医制のあり方について乳がん学会が態度を決めかねている。いろいろな意見をまとめきれないのだ。「乳腺科」としての独立を求める医師は、昔のように、手術も薬物療法も検診も自分たちに任せなさいというスタンスだ。これは、眼科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、皮膚科のように、患者の目からみて、看板と内容がある程度一致していれば問題がない。しかし、乳腺科を受診したら、薬物療法が中心で手術はうまくなかったり、薬物療法をきちんと受けたいのに中途半端だったりということでは、患者の不利益となる。一方で、外科医のプライドに過度に固執して、外科学会専門医取得にこだわりながらも、実際の診療労力の80%は手術以外に向けられているという現実には、研修中の若い医師の理解が得られないようで乳がん学会の外科会員は減少の一途をたどっている。

専門医を第三者の立場で認定する「専門医機構」の意見はこうだ。「乳腺外科医の看板をあげるなら、外科学会専門医を取得してから、さらに乳がんの外科手術を研鑽すべきである。また、乳がん薬物療法を専門とするのなら、内科医としての研鑽を積んで内科学会の認定医(専門医)を取得してから、臨床腫瘍学会などの専門医カリキュラムを修了し腫瘍内科医として乳がん診療に参画すればよい。」と明快で、外科医は外科医らしく、内科医は内科医らしく、合理的で国民の目から見てもわかりやすい。

医学の進歩を背景に乳がん診療構造も日々変化しているのだ。明日も今日と同じ一日がくる、のではない。自分たちが築いてきたものを否定することは誰しも面白くない。しかし、指導者として自分のレプリカ、ミニチュア、クローンを育てる事だけでいいのだろうか。自分が絶滅危惧種であることに気づかないのだろうか? 学会も、近未来に目を向けず、現在の会員医師の利権、立場を守ることを主目的とし続ければ衰退する。変化の時代に、次世代に伝承すべき事と改革すべき事を見極めなければならない。伝承すべきことは、自分の背中を見せて伝え育てなければならないが、新しい時代には新しい価値観の導入が必要だ。その想いで、敗北は想定のうえ、理事長選挙に挑んだが予想どおり17対2白票1の大差で敗北した。はじめからアウェイの雰囲気の中で2票をもらっただけでもありがたいと思う。浜松駅まで迎えにきた家内は、私がまったくめげていないでやたらとハイテンションなのを心配して「ブログにあまり激しいこと書かないでよ」と言うのでこれぐらいにするが学会幹部が如何に守旧連合であるかということが明確になった(★★★★★)。戦いはこれからだ。

情報の海で溺死しないために


がっかりしたという声が多数寄せられた乳癌学会もだいぶ昔の出来事という感じで、夏本番となりました。朝日新聞投稿ネタを今回も転用します。

最近は、セカンドオピニオンの考え方が随分広がって来ました。しかし、だれでも簡単にインターネットで最新の専門的情報が入手できるため、患者は医師よりも多くの情報を持っているということもまれではありません。先日、三十才代半ばの女性が、肺がん治療についてのセカンドオピニオンを求めて外来を受診されました。お母さん、伯母さん、お母さんの友人が付き添い、不安な顔で診察室に入ってきた患者は座るなり、びっしり書き込んだキティちゃんのノートを手に話し始めました。「大腸がん手術後6ヶ月の予定で開始した抗がん剤治療が終了する前に肝臓がんになったので手術をうけた。抗がん剤を変更して治療していたところ肺がんになったので、ネットで調べ、肺がんの手術で有名な病院にセカンドオピニオンを予約し二ヶ月待って受診したら、手術はできないといわれたとのこと。外科の主治医から言われて、同じ病院の消化器内科で話を聞いたが治療はないといわれた」という経過でした。そして「ネットで調べるとアレクチニブとかアフィチニブなど新しい薬があるのにどうしてつかえないのでしょうか」、さらにネットで調べた免疫療法、温熱療法などについての質問が延々と続きます。適当なところで話を遮り、患者があげた薬剤は確かに最新の肺がん治療薬だが、そもそも、肺がんではなく肺に転移した大腸がんなので、大腸がんとしての治療薬を選択することを説明したら、はじめて聞きました、と当惑ぎみでしたが納得した様子でした。また次々に転移が見つかり厳しい状況ということも伝えましたが、スチバーガ、ロンサーフなど新しい薬剤も使えることも説明し、患者も付き添いの方も安心してお帰りになりました。がん治療は日進月歩、我々専門医でさえ、情報をきちんと把握することは至難の技です。情報あふれるネット社会、情報の海でおぼれないように注意したいものです。

乳癌学会はじまるはじまる


台風八号接近の大阪で乳癌学会が開催されます。会長として浜松で開催した昨年に比べずっと気が楽ですが、講演や司会、会議に懇親会と多忙な日々が続きます。学会中は、休診とするので抗がん剤治療やセカンドオピニオンのために訪れる患者に受診日変更をお願いしなくてはいけません。学会は全国の医師、薬剤師、看護師らと直接会って情報交換でき、医療者としてお互いの成長のためには極めて有意義で印象深い三日間となります。

国立がんセンター病院でのレジデント(住み込み研修医)一年目の夏、京都で開かれた肺がんの学会に同期生数名と参加しました。レジデント一年目はローテーションといって、数ヶ月ごとに各部門をまわり自分のための勉強だけをする時期なので、指導者の許可さえ取れば学会には自由に参加できました。北海道でのんびり過ごした私は、学会は観光のついでと思っていたので学会場看板前でアリバイ写真だけとって観光旅行へというスタイルもありでした。病理診断の指導医S先生に「来週、京都の学会に行くので一週間、お休みします。」と申し上げたところ、目がギロリと光りました。一週間はちょっとまずかったな、と思ったのですが、それが原因ではありませんでした。「学会で何をして来るんだ?」と言われ、遊びに行くのがばれたか、と思ったのですがそれも違いました。「はい、勉強してきます。」と答えると「どうやって勉強するんだ!」とますます語気強くなり、「発表とか聞いて来ます・・・」と言うと、S先生はもの凄いけんまくで「聞くだけじゃあだめだ!一つでも質問してきなさい。帰ったら何を質問したか報告に来なさい。遊んできても構わんよ。」と、すべてお見通しでした。以来、学会では真っ先に質問するのが習慣となり今日に至っています。昨年も若手医師のM君が「会長自ら質問されるんですね。」と感心していましたが、M君も別の会場で質問していました。これも教育の伝承であります。

七対一看護の弊害


朝日新聞コラム「がん内科医の独り言」もまだ続いています。今週は、認定看護師問題で七対一看護の弊害を書きました。しかし、質より頭数を重視する、この七対一看護規準、廃止の方向らしいです。厚生労働省の行政誘導失敗作の典型、という批判は正しいと思います。

がん化学療法の副作用を過剰に強調し、治療効果を否定するような無責任な論調に対し『「抗がん剤は効かない」の罪』と題する本を日本医科大学教授の勝俣範之先生が書いています。その本には、抗がん剤治療の効果と副作用のバランスについてわかりやすく、科学的に説明してありますが、一般の方々にとっては、抗がん剤治療はやはりわかりにくいことが多いと思います。その理由は、実際に抗がん剤治療をうける立場になった患者や家族にとって、自分にはどれくらいの効果があって、どんな副作用がでるのか、毎日の生活で何に注意すればいいのか、仕事はしていいのか、旅行に行ってもいいのかというような、個別的な情報が本を読んでも得られないということではないでしょうか。最近では、抗がん剤治療は、通院で行なわれることが多いので、外来診察室での限られた時間に、患者は医師から十分な説明を受けられないということもあるでしょう。そこで、非常に重要な役割を担っているのが副作用症状を患者自身で対処する方法を患者に指導し、がん化学療法薬の安全な取り扱いや適切な投与を管理する看護師なのです。しかし、全国十一カ所で開設されてきたがん化学療法認定看護師養成コースのうち、今年は五カ所が休講となってしまい、高度な技量と知識を持つ看護師の養成が滞っているのです。その原因のひとつに、「七対一看護規準」があります。医療法では一つの病院に勤務する看護師数は、入院患者数対看護師数の比率で十五対一、十三対一、十対一、七対一と、四規準に区分されます。「七対一」は平成十八年に導入された新しい基準で、これを満たす病院では、高い入院費を請求できるため、病院管理者は看護師の数を確保するのにやっきになっています。そんな状況で「認定看護師資格を取りたいので半年間、休職させて下さい」という希望はとても認められないようです。質が大事なのに数を重視する風潮は間違っていると思います。(まだつづく)

 

 

 

 

水無月の想い(3)


でも、なぜ、聖路加国際大学の、生涯教育部の、がん化学療法認定看護師のコースが今年度で打ち止めになったのだろう。開講後7年での閉講である。担当者の説明では受講生が減ってきたこと。確かに今年は10数名と少ない。また、数ともに質の低下もあり、卒業できない受講生が増えてきてシラバスの見直しも必要だそうだ。しかし、今年も受講生はとても熱心で居眠りしていたのは三名だけ。がん化学療法は、金食い虫だからと、外来化学療法加算IIがいきなり、なんの前触れもなく削除されたり、近○大先生も寝言で言っているように、看護師を認定してまで推進する必要性がない、ということだろうか? 青森県立保健大学での、がん化学療法認定看護師コースも数年前から講義に行っているが、受講者が集まらず、開講できるのは2−3年に1度ぐらいとお寒いかぎり。担当者からの説明では、世の中のニーズが乏しいと。ニーズはあるだろうにと思っていたけど、青森だけでなく、天下の聖路加国際大学でも認定看護師コースを維持できないということは、がん化学療法に対するニーズは、今後も減って行くのだろうか? 訪問看護や認知症看護のコースは引き続き盛況とのことだから、やっぱり、ウルトラスーパー高齢化社会に突入し、がん医療にこれ以上お金をかけるよりは、現代版「楢山節考」を整備する必要があるということだろうか・・。勝俣先生、どう思う??

認定看護師養成にかげり


 

日本看護協会ホームページに認定看護師制度について「特定の看護分野において、熟練した看護技術と知識を用いて水準の高い看護実践のできる認定看護師を社会に送り出すことにより、看護現場における看護ケアの広がりと質の向上をはかることを目的とする」とあります。現在、がん関連の五分野(がん化学療法看護、がん放射線療法看護、がん性疼痛看護、乳がん看護、緩和ケア)を含め、二十一分野で認定看護師が養成されています。認定取得のためには、数年間の実務経験のある看護師が休職して半年間の座学による講義と指定された病院での実習を受け、試験に合格しなければならず、分野によって競争率は5倍を超える狭き門です。私も乳がん、がん化学療法の二分野で認定看護師養成コースの講師を十年近く担当していますが、受講生は皆熱心で、居眠りする人はいませんし、質問もたくさん出るので、医学生の講義よりよっぽど手応えがあります。がん化学療法認定看護師は、抗がん剤治療の具体的な手順を患者にわかりやすく説明し、副作用を心配する患者の話を根気よく傾聴し、こわがらなくてもいいことを納得してもらいます。点滴や採血の技術も卓越しており、老眼になりかかった医師が何回も点滴針を刺し直すよりもずっと患者に喜ばれます。認定看護師は、扇の要のように医師、一般看護師、薬剤師など多くの医療者を束ね、一人一人の患者に必要な看護、医療を調整する役回りを担い、病棟や外来で医師からも患者からも最も信頼されていると言っても過言ではありません。ところが、全国十一カ所で開設されてきたがん化学療法認定看護師養成コースのうち、今年は五カ所で休講となってしまいました。さらに今年募集した六カ所も定員割れで、来年度はさらに数カ所の休講が発表されています。がん化学療法の現場からみると、さらに多くの認定看護師が必要とされているのにどうしたことでしょう。その原因を考えてみたいと思います(つづく)。

この文章は、朝日新聞静岡版に毎週土曜日に連載している「がん内科医の独り言」今週号の原稿ですが、online firstでお送りします。

 

認定コース不人気


聖路加でがん化学療法看護認定コースが定員割れで継続できないという話を書いたら、日赤とか、神戸など、あちこちてもがん化学療法コースの中止、定員割れとの話を聞きました。がん化学療法認定看護師のニーズがなくなってきたのでしょうか? 外来化学療法が定着して、化学療法室の看護師も充足してきたからですか? そんなことはないように思いますけどね、。あちこち、未だに、医師が点滴刺入をさせられているところも多いようですし、中心静脈ポート設置がガイドライン的には強く推奨されているのに、抹消からちくちくやっていたりと、そういう話をたくさん聞きます。現状はいったいどうなっているのでしょうか?