杏雲堂化学療法部本格始動!


昨年5月からお茶の水の杏雲堂病院に毎週金曜日に出向き腫瘍内科外来を続けています。看護師の宮本さん、中田さん、佐々木さんや、薬剤師森君とのチームオンコロジーで4階病棟や外来処置室で外来患者の化学療法を続けてきました。医科歯科大学の研修医中川徳子先生がいた頃は8階病棟に入院療養をお願いすることもできましたが、医科歯科大学総引き揚げで、入院担当医師が不在となり、また、私も、週1回なのでどうしてもフルスロットルでの診療活動はできませんでした。しかし、時間をかけて交渉した甲斐あって、4月から腫瘍内科医、河野勤先生が国立がんセンターから赴任し、化学療法部としての診療活動が本格始動しました。3ベッドですが外来化学療法室も整備し、外来化学療法はばっちりです。外来もほぼ、毎日実施、土曜日も外来診療を行います。河野先生は私が国立がんセンター腫瘍内科医長だったころにレジデント、チーフレジデントとして指導、その後、スタッフとして研鑽を積んできました。昔から、臨床のセンスもよく、ぶれない姿勢は高く評価していましたが、今回、活動を間近に見て5年間の成長を感じています。杏雲堂は125年の癌研究の歴史がありますが、最近ではお茶の水地区の「病院激戦区」の中で埋没しているような感じです。しかし、肝臓内科の小尾先生とか、生きのよい医師もおり、今回の化学療法部の本格始動で、がん診療のメッカとしての看板を再び掲げることができると思います。
杏雲堂病院腫瘍内科では、乳がん、泌尿器科がん、頭頚部がんの三本柱のほか、大腸がん、胃がんなどの消化器がん、卵巣がん、子宮がんなどの婦人科がんや原発不明がんなどの診療を行います。入院療養も対応できます。都会のオアシスを目指してきっと河野先生が活躍してくれると思います。私も、もちろんバックアップしていきます。診療を希望される患者さん、勉強してみたい若手の医師、薬剤師、看護師など、杏雲堂病院(http://www.kyoundo.jp/ )にお問い合わせください。

標準化には程遠い電子カルテ


NECの電子カルテ「MEGAOAK(メガオーク)」は比較的使いやすいと思う。これを使用している病院は多く、月1回の青森県中央病院でも数年前から稼働しているので医師、看護師など、みなさん、当たり前のように電子カルテを使いこなしている。隣の青森市民病院も行ったことはないけど乳がん診療などをかなり積極的に取り組んでいる良い病院のようだ。しかし、信じられないことに電子カルテ導入にあたって看護部は、手書きを継続するとして、電子カルテの導入を拒んでいるそうだ。まるでばかだべ。同じようなことが、レセプトオンライン化反対運動は訴訟になり、結局、いくつかの都道府県で原告勝訴、つまり、オンライン化は違法だ、ということになった。というのは、レセプト(毎月の診療報酬を支払基金に請求する手続き)は、毎月、紙に記載したものを医師会を通じて支払基金に持っていくと、2か月後の医療機関の口座に診療報酬が支払われる。このレセプトをオンラインで支払基金に送ることにより手間も省けるし、前月、前々月、あるいはもっと前に遡って診療内容に問題がないか、請求に不正がないかなどをチェックしやすくする、という狙いもある。オンライン化になったらわしは診療所を閉じる、とおっしゃっていたご年配の先生は結構いて、聞くところによると、約1割の診療所が閉鎖になる見通し、ということだった。ところが、あちこちの裁判で、被告(厚生労働省)が敗訴したとのことで、レセプトオンライン化は見送りとなり、命脈を保った診療所も数多い。しかし「勝った」と喜ぶのもおかしな話、オンライン化するのも時間の問題だろう。MEGAOAKは浜松医療センターでも昨年秋ごろに導入した。根本的なところの機能は青森のと同じだが、メニューの見え方や、オーダーの仕方など、かなり使い勝手が異なるのだ。バージョンが違うのか、施設ごとに作りこみが異なるのか、慣れるのに時間がかかる。どうして、同じNECなのに、こんなにもちがうのか、同じにすればいいのにと思う。標準化? どこ吹く風だ。また、浜松医療センターの外科医はカルテを書かないので院外担当医として回診をしても治療計画など、全くわからなくて困る。あれで看護師はよくチーム医療ができるものだと、関心したり、呆れたり、標準化? そんなの関係なーい、そんなの関係なーい(古ーい)。
 
をコンピューター

駄目医者


にせ医者は貴重だが駄目医者はごろごろしている。最近、知った駄目医者の話。再発がんの化学療法を受けている患者さん、治療がよく効いていて腫瘍マーカー値も低下しており調子がいい。いつも落ちついた感じで礼儀正しく、診療がおわると穏やかな笑顔で帰っていくのだがその日は様子が違った。最初からなんとなくうつむき加減で言葉少なく調子はよいというが悲しそうだった。診察が終わって様子が変なので「どうかしたの?」と聞くとしくしくと泣き出した。「手術をした大学病院の先生に今までも3か月に一回ぐらい様子を見せに来なさい、と言われているので受診してきたのですが、その都度、変わりないね、といわれるだけで診察するわけでもなく検査するわけでもないんです。」「それでいつも言われるのは、悪くなって入院が必要になったときには、大学病院は簡単に入院できるわけではないから、早めに対応するようにって。それを言われるのがとてもつらくて、私ってそんなに悪いのかなって、心配になってしまうんです・・。」。確かに再発がんの治療は、出口の見えないトンネルのように感じることもあるかもしれないが、全体の治療計画の中で、ところどころに休薬をいれたりしながら、根気よく治療を続けることで、QOLが向上するとか、安心感が達成できるものなのだ。悪くなるなる、と思って生活することは愚の骨頂で、今が悪くなければそれでいいじゃん、というぐらいの取り組みで結構うまくいくものである。できること、できないことがあるのは現実だが、今、できることをきっちりやることが、一番大切だということは、腫瘍内科医として阿部薫先生に最初に学んだ教訓だ。しかし、どうやら大学のその担当医は愚の骨頂の権化のようなやつらしい。名前は聞いたことがある。他の患者さんも、東京の病院に行きたいと言ったら、もううちでは診ることはできない、と、出入り禁止にされた、と言っていた。なので、しくしく泣いている患者さんに、もう行かなくてもいいよ、そんな辛いことを言われるためにわざわざ行かなくてもいいよ、というと、「予約がはいっているから」と、患者さんはとても律儀だ。予約は電話していけなくなりました、と断ればいいですよ、と助言すると、すこし笑顔を見せて患者さんは帰って行った。2週間後に受診した患者さんは、落ち着いていた。診察が終わって、今日は、大丈夫だね、というと、「あれから大学病院に電話したら、予約のキャンセルは主治医の許可がないとできないというので、大学病院に行ってきたんです」。それもへんな話だと思いながらも聞いていると「それでKMR先生からまた、入院できるような病院に早めにかかっておいた方がいい、私は渡辺先生とは考えがちがうが、これだけは、私の最後の忠告だと、KMR先生は、今月で大学を辞めるんだそうですけど」と。話しているうちに、だんだん暗くなっていく患者さんにかける言葉もなく、それは、僕自身、怒りを抑えきれないということもあったけど、とにかく、患者の気持ちがわからない、だめ医者が大学病院あたりにはごろごろしているようだ。病診連携とか、オープンシステム病院とか、在宅支援の介護センターとか、在宅支援診療所とか、世の中には、様々なリソースがそろいつつある。なにも、なにもかもを犠牲にして病院に入院することだけが選択肢ではないのである。在宅、地域医療、など、面でとらえるがん医療が患者にとって必要であり大学病院しか知らない偏狭な医師はもっと社会活動としての医療にめを向けるべきである。

にせ医者発見!


週末土曜日には浜松で「コメディカルのための乳腺勉強会」に参加、浜松医大の小倉先生がリーダーの勉強会で今年で5年目になる。チーム医療という観点から、会をよくまとめている。私は会場の最後列に座っていた。会もおわりに近いころ、なんとなくむさくるしいメタボ体型の男性、年のころ30代が、入ってきて部屋の壁際の椅子に座った。「あっ、あいつ、会ったことある」とぴんときた。去年の秋、オンコロジーセンターの駐車場で、その男が自転車に乗って近づいてきて、声をかけられた。「自分は、学士入学をした浜松医大の5年生の学生」と名乗る。うん? 浜松医大の学生なら、講義にいっているのだから、僕のことを知らないのはおかしいぞ、と思った。「おなかがいたいのだけど、診てくれますか」というので、「いいですよ、どうぞ」と言うと、「いや、今日でなくてもいいんです。」と。「じゃあ、医大で診てもらったらどう?」というと「教授は、研究で忙しいからなかなか診てくれないんですよ。」と、どうも変だと思った。その時は、それで立ち去って行ったが、家内は、その後も、平日の日中、その男が自転車で近所を走っているのをときどき見かけ「学生ならこんな時間にふらふらしているのはおかしい」と思ったそうだ。コメディカルの勉強会会場で、私の隣に座っていた吉田雅行先生が、その男になにか話しかけてから部屋を出て行った。ちょっとして戻ってきた吉田先生に、「あの人、知っているの?」と尋ねると、外に出よう、と目配せ。外ですぐに、「あいつ、あったことあるけど、おかしいよ」というと、吉田先生も、「見たことないし、きょろきょろしてるから、変だと思って、名前きいたら、浜松医大第一内科の竹内っていうけど、受付もしていないし、会場費を払っていないらしい。へんだよ、あの人」と。ほどなく、その男がお茶とお菓子を持って出て行ったので吉田先生とあとを追い、受付のところで、「すいません、記名しましたか? 会場費払いましたか?」と声をかけると、一内、竹内と記載し100円を置いた。「以前、会ったことあるよね、そのときは確か医大の学生って言ってたよね。所属は間違いないよね?」というと、急におどおどし始めた。服装もよごれているし、におう。これはやはり絶対におかしい。さらに尋ねると「介護福祉士です・・・」というので、「この会はね、勉強の会だから、勉強する人は参加しても構わないけど、そんなごまかしをしないで、ちゃんとただしく名前かいて、会場費もはらわなくてはだめです。」といって、あとは会場係のAZ.Mullerに任せ、吉田先生とふたりで会場にもどった。あとでAZ.Mullerに聞くと、お金も持っていないらしく、そのまま帰ってもらったが、このあたりで医療系の勉強会に来ては懇親会で食べるだけ食べて、だれとも話さないで出ていく人がいるが、たぶんあの人だろう、とのこと。月曜日に訪ねてきた虫害入伊利兵衛が「先生、土曜日は竹内先生を撃退したそうですね、ありがとうございます。」とうれしそうに言う。やはり、あの男は医療系懇親会荒しで有名な男らしい。しかし、にせものだという証拠がないので、各企業とも、手をこまねいていたそうだ。白衣を着て、浜松労災病院の中を歩いていたこともあったそうだ。不況、派遣切りで、あの人も仕事がなくお金もないのだろうか。本当の肩書はなんなんだろう。医療関係だったのだろうか? それとも医学部にあこがれて学士受験を繰り返している薬剤師だろうか? でも、いくらなんでも薬剤師なら、杏林堂あたりでいくらでも仕事はあるだろう。しかし、チェックがあまい医療系の懇親会を狙うあたり着眼点はなかなかだ。それであんなメタボなんだ、結構、懇親会でいいもの食いまくっているのだろう。それにしても吉田先生、鋭い! 遠藤登紀子チルドレンだけあるね、構築の乱れを見逃さなかった、さすがだ!! いろいろな考察が頭を巡る。外は嵐。春分の頃、ひと雨ごとの温かさかな。
 

改革の風


貴乃花の反乱で日本相撲協会の選挙は近代化した。浜松市医師会は未だに三丁目の夕日の時代であることは以前にひとりごちた。透明化とか説明責任というのが時代のキーワードだし、そうしないと何事も居心地が悪い。乳癌学会も評議員選挙のルールが数年前に改正された。それまでは、2年ごとの選挙だったが4年ごとになった。また、選挙委員長も黒住先生になり、筋を通す厳正なお人柄だけに、さすがにきちんとお仕事をなさる。立候補の資格審査とか、期日厳守とか、私のようなおおざっぱな性格からみると、いいんじゃあないの、という感じだが、やはり、適材適所でルールは守る、とにかく守る。今までは、投票用紙を一門ごと、医局ごと、派閥ごとに、一か所に集めて票の配分を行っているという噂が絶えなかったが、今回からは厳格な委員長のもと、そのような不正行為は一切禁止になる。そうすると、選挙の在り方も変わるだろうか。そもそもはたして学術集会で選挙という仕組みはなじむのだろうか。改革の流れは、確実に進んでいる。しかし、旧態依然とした乳癌学会に吹きかけた改革の風、夕凪状態のようだ。

ディベート、お題は「宴会」


賛成:勉強会などに付随した宴会は参加者相互の親睦を深め議論を熟成し深い学習効果が得られるので極めて意義があり是非行うよう強く推奨する
反対:勉強会は本来まじめに勉強だけをするもの。勉強のためには宴会はまった不要であり飲酒、夜更かし等の伴う宴会は不謹慎であるので行ってはならない
 
昨日と本日の二日間にわたり、大府市の愛知県民の森で開催された第6回中部乳がん会議でも宴会機能は十分に発揮されました。ディベートはエビデンスの乏しい領域で、決断に苦慮するような実際に近い4症例を題材に、賛成、反対の立場にわかれ、4グループ16名が2グループづつ、論戦を展開しました。加えて2名の講師、明石定子先生、柏葉匡寛先生と、主催者側、岩田広治先生、澤木正孝先生、遠山竜也先生、それにわれわれがん情報局スタッフは、土曜日夕方からの2先生のサンセットセミナー、夜からのお座敷でのディベート準備、主催者室での宴会と、深夜までの飲酒、夜更かしを経て、翌日のディベート本番4時間と、中身の濃い崇高な学習が達成されました。ディベータも熟成された個性を発揮し、目力(めぢから)を発揮する林裕倫先生、微笑みながら淡々と理論を展開する藤田崇史先生、笑顔で情に訴える角田伸行先生、そして今回ディベート大賞を獲得した、シュールな情景描写で聴衆に強いインパクトを与える吉野裕司先生らの4名のリーダーの下、みんなりっぱなディベートを繰り広げました。とくに驚いたことは、最新、最適なエビデンスを全員きちんと心得て、二日間にわたるディベートをやり遂げたことで、われわれの世代が20年かけて習得した勉強方法を彼らはなんと1-2年でものにしているではありませんか。また、宴会は不要ではないかというような話はどこにもなく、そういうことをみみっちく、つべこべと、ああだこうだと禁止したり、情報交換会とかいうわけのわからない呼称でカモフラージュしたりするような文化は捨てようではありませんか。それで浜松からの参加組7名は宮本オンコロバスでの往復でした。帰りは細江町の清水家で日本一のうな重を楽しんで充実の二日間を終えたのでした。今回から、この中部乳がん会議は、NPO法人がん情報局の主催となりましたが、まだまだ私ども力量不足でBMKKのみなさんのご協力をいただきましたことを厚く御礼申し上げます。来年2011年は3月5日(土)6日(日)、場所は今年と同じ愛知県民の森で開催します。サンセットセミナーは、相良病院の相良安昭先生、北海道がんセンターの高橋将人先生にお願いする予定。なお、今回使用したスライドは、がん情報局WEB SITE(http://www.ganjoho.org/ )に掲載してあります、今年も自分なら、どうするか、という立場で考えてみて下さい。

情けなや、治験が国策とは・・・


CSPOR CRCセミナー、今回が第20回、CRCの育成は大切であると10年にわたり見つめてきたが、最近ではせっかく育成したCRCが悪魔の手先に利用されているような感じがしている。がん領域では似たような分子標的薬剤が次から次へと開発され、必要性に疑問を感じるような治験が次から次へと計画されている。しかし、医療は二の次、治験ビジネスに群がるデビルキャットが徘徊しているのだ。「本当に必要なのか、こんな薬!」という帰無仮説を否定できるか、という疑問から出発した臨床試験をやらなければいけないのに、企業のエゴでわけのわからない治験がまかり通っている。HER2過剰発現を有する胃がんを対象に、TS1単剤を対照として、ゼローダ+ハーセプチンを比較する試験、こんなん、ハーセプチンが含まれるアームが勝つに決まっている。だからといって、ゼローダとハーセプチン併用がいい、という話にはならんだろう。TS1単独対TS1+ハーセプチンなら、「ハーセプチンの追加効果を検証する」ということで話は簡単だし、デザインとしても「one agent added-on to a standard regimen」ということですっきりする。なぜそうならないのか、理由は明白である。虫が悪さしているのだ。虫のためのみみっちい業務に関与することが大切だと教え込まれ、でもなんとなくしっくりしないと感じている良識あるCRCも多い。しょっぱなの私の講義では、患者のために、よりよい治療を提供するためには、臨床試験として本当に大切なことはなにか、基本としてなにを考えればよいのか、を話した。帰りの品川駅で受講者のひとりに呼び止められ「先生の講義を聞いて考えながら仕事をするということが本当に大切だということがわかりました。」と、お礼を言われた。わかる人はわかってくれたと思ったがKTGWくんは「先生、ずいぶんと診療サイドにバイアスがかかっていますね。」と、あ~、やっぱりこいつはわかっていないな、委員になんかするんじゃなかったと、がっかりである。グループワークでは、1日目には「専門職としてのCRC」、2日目には「CRCのキャリアパス」にアテンドした。自分たちはこんなことをやっていてよいのだろうか、将来、どうなるのだろうかと、誇りも展望も持てないような状況なのだろうか、不安の中で仕事をしているのだろうか、どうにか助言してあげたい、SPIKESの最後のS、strategy and summaryで、一緒にみんなと考えて、よいStrategyを提示することができたように思う。昼からの講演では「治験は国策です」と、えっと思うようなことを真顔で主張した自称ベテランCRCがいた。国策とは、国の根幹にかかわるような、国の在り方を方向づけるような政策をさすのだよ。治験が国策とは、ちょっと情けない、そんなみみっちい国には住みたくないものだ。自分自身、国立がんセンターにいたときに「治験を国家公務員の本来業務とすべきた」と厚生省にかけあったこともあった。その甲斐あってか、治験がらみの海外出張には、緑色の公用旅券が出るようになった。しかし、今、考えると、それは間違っていた。医師の本来業務は、やはり患者のための診療、教育、研究である。治験を研究としてカウントするには、利権に群がる多くのステークホルダーがおり、あまりにダーティすぎ、ゆがみ、ひずみが大きいのだ。しかし、当然のことながら、臨床研究、臨床試験は大切である。私が目指してきたCRC育成の目的は、科学的に臨床医学を実践しながら、臨床医学の場で見つけた問題を解決するために臨床試験や基礎的検討を科学的、倫理的に行うことであった。松村先生に来てもらって、本当に役に立つ研究とはなにか、ということを話してもらった。同世代人としてDDSを中心とした研究に打ち込んでいる姿は美しくそれなりに誇らしい。私も10年間にわたってCSPORには心血を注いできた。CSPORではよい仲間もたくさんいるが、やはり垢もたまっているようだ。10年はよい節目であり、55歳からのライフワークが待っている。旅立ちの春、足元が明るいうちにグッドバイ。
 
左;通常旅券
右:公用旅券(幸か不幸か、これではカジノもはいれない)
 
 
 
 

毎日の移動


今羽田空港で青森行き最終便を待っている。18日(木)は豊橋に講演に行き19日(金)は杏雲堂病院外来で20日(土)は堺に講演に行き、帰って医師会夜間救急の深夜勤務で21日(日)は東京で午前中、教育研修委員会があり午後からガイドライン委員会があり浜松に戻ったのは21時過ぎ。今日はこれから青森行き。吉田院長も一緒の飛行機で青森に帰るということで青森ではすぐに宴会開会ということになるか。待っている間にしっかりと論文を読んで知恵をつける。移動の毎日でときどき自分がどこにいるかわからなくなることがある。

最悪のしゃんしゃん大会


浜松医師会の定時総会というやつに初めて出席した。いままで講演などが重なり5年間一度も参加したことがなかった。参加していなかったがとくに不便、不自由はなかったのだが今日はたまたま翌日に「浜松乳がん情報局市民公開講座」が入っていたので地方講演は入れないようにしており土曜の午後、時間が取れたので参加した。会場は閑散閑古鳥数羽。それで結論からいうと「もう二度とこんな会にはでないね」、です。すべてが時間の無駄。選挙もあったが相撲協会以下の出来レースで、立会人を指名されたが全く意味のない仕事であった。お偉いさんの事業報告といっても済んだことをべらべらと述べるだけ、協議事項といってもまだ決まっていない、多分かわらないだろうの連発。診療報酬改定については誰も正確な情報を把握しておらず、群盲像をなでるとはまさにこのことだ。情報公開の時代、医療にも説明責任が問われる。時代感覚の欠如した不毛な議論、こんな会なら良識ある医師会員はだれも総会には参加しないだろう。全国各地の医師会でこんな無駄な総会が開催されているのだろうか。その上部組織の日本医師会のレベルは推して知るべしである。フェマーラ発売3周年シャンシャン大会のほうがずっとましだと思った。

歴史は繰り返さない方がいい


ドラッグラグ、つまり海外で使える薬が日本で使えないという話がまたまた問題になっていて、これを解消するため厚労省に委員会が立ち上がったという話をニュースでやっていた。またまた、というのは、2003年にも、当時の野党だった仙石議員が日本で使えないがん治療薬があることを指摘、坂口大臣の肝いりということで「抗がん剤併用療法に関する検討会」というのができた。私もその委員会の委員をやるようにいわれてエピルビシンのFEC100、ACの60mg/m2、デカドロンの制吐剤としての適応、などが治験なしで承認されるように仕事をした。さらに乳癌に対するカルボプラチン+パクリタキセル+トラスツズマブなど、もうすこし仕事をするぞ、というときに、唐突に「この委員会は今回で打ち切りです」ということになって1年ぐらいで幕を閉じた。今思えば、あれは未承認薬に対する国民の不満が表立ってきたので、そのガス抜きのために、周回遅れの積み残し薬剤を一挙に、超法規的に承認してしまおう、という活動だったのだ。委員長は、黒川清先生だったが、なんか、一人で喋っていたような印象がある。それで、また、今度、患者団体などからの不満解消、ガス抜きのために委員会が立ちあがったのである。こんな感じで歴史は繰り返されており、なんら進歩もなく、行政の不作為が繰り返されていく。なぜ繰り返されるのか、それは、薬事行政に根本的な欠陥があるからだ。抗がん剤が特に注目されているが、他の領域の薬剤でも、承認遅れは結構あるようで、たとえば、先月承認された新しい糖尿病治療薬「シタグリプチン」は米国で承認されたのが2006年だからドラッグラグは4-5年ということになる。癌治療薬がとくに脚光を浴びるのは「癌は命にかかわる病気」ということになっていて「命を助ける夢の薬を厚労省が認めてくれない」という構図は世論に訴えやすいということのようだ。しかし、ドラッグラグで話題になってきたドキシルとかアバスチンとか、あれば治療の幅は広がるが、命を助けるというほどのパワーは残念ながらない。先進国では承認されていて世界で承認されていないのは日本と北朝鮮だけという、笑い話のようなことが癌治療薬ではよくある現実なのだ。なぜ、ドラッグラグが生じるかというと、それは、承認するプロセスが遅い、というような単純な話ではない。私が思うに、当局は審査、承認する能力もないのに、手とり足とり、ああせい、こうせいと、口を出しすぎるからいけないのだ。たとえばパクリタキセルについて。当初は3週1回投与というのが、乳癌で承認された用法であった。しかし、日本で乳癌治療に承認された1999年、既にアメリカでは週1回投与方法がいいという兆しが報告された。この方法をやってみると確かに効果は高いし副作用も少ない。それで、一気に広まる気配を示した。しかし、承認されていない用法ということで、あちこちの病院で「保険で切られた」という話が全国に広まった。しかし米国では、術後治療、再発後治療、術前治療、いずれでもパクリタキセルは週1回投与方法のほうが3週1回投与方法よりも優れているというエビデンスががんがん出てきたにも関わらず、日本では、週1回投与は、法律違反とまで言い出す体制派も現れ、挙句に週1回投与方法の治験を行うということになって、それでやっと承認されたのが2007年12月だ。だから、パクリタキセルは乳癌治療に使用OKということを承認したら、用法とか、組合せとか、エビデンスが次から次にでることについていけないのだから、とやかく言わない方がよいのではないか。がん対策基本法もできた事だし、用法、用量、併用方法などの現場的な話は癌治療の専門家にゆだね、当局は、手とり足とり余分なことは言わないようにしたらどうだろうか。最近のはなまる行政はジェムザールを単剤で乳癌治療に承認した事。よしよし、そうこなくっちゃ。大きな政府になりたいのなら大きな人間になりなさい、というわけだ。間違った歴史は繰り返さない方がいい。