富士山静岡空港


週末は金曜日に前橋、土曜日に宮崎と講演会の連続で、浜松→東京→高崎→前橋→高崎→東京→宮崎→福岡→静岡空港→浜松という行程での移動。今日は早朝、宮崎から福岡に移動、福岡空港9時10分に離陸したJAL3811便は大分空港を眼下に見ながら、佐田岬半島から四国山脈を縦断し高松市から紀伊水道を飛び越え、和歌山市上空から紀伊半島にはいり、英虞湾上空を過ぎたあたりから高度を少しづつ落としながら進路を南にとり、浜松の沖はるか遠州灘から御前崎沖に抜ける。その辺りから、左手に富士山に姿がくっきりと見えてくる。第6回中部地方槐のテーマ「すそ野を広げよう、中部乳癌診療」の写真よりもはるか沖合で、目の高さが富士山の山頂ぐらいになる。そして、伊豆半島先端の石廊崎上空手間で、大きく左旋回をすると富士山が今度は右側に見えてくる。今日は少し霞がかかっていた。これが本当の霞富士雄、なんちゃって。3811便はなおも高度を下げ、河口上空から大井川右岸に沿ってゆっくりと飛んでいく。ここまで降りると富士山頂は普段見上げるぐらいの高さだ。車輪を出して高度がさらに下がっていくと眼下は一面のお茶畑だ。自動着陸誘導装置が稼働しているため、着陸はスムーズで10時35分、予定どおり富士山静岡空港に着陸した。着陸時に、そして離陸時にも、富士山を上から下まで、下から上まで観賞することのできる空港はここしかない。だから、静岡空港とは呼ばす富士山静岡空港と呼ぶのだねと納得。空港から浜松まではタクシーで40分ぐらい、MRの不手際で早朝から飲まず食わずの腹ペコで状態で自宅到着、お昼には堀口先生から頂いたうどんをおいしく頂きました。宮崎から浜松まで4時間弱、便利で楽しい空の旅、JALが撤退しないことを願うばかりなり。
 
                                                          
 
 
 
 

医局がすき、だと~?


「医局に人生を預けるな」という本を書こうと思っているんだと、常日頃、周りの人々に話しているのだが、そんな私に、「先生、ぜひ、読んでもらいたいものがあります。」と、乳腺科の田原梨絵先生がにこにこしながら雑誌を持ってきた。見ると表紙には「やっぱり、医局がスキ」とあり、雑誌のタイトルは「Nikkei Cadetto」、35歳未満の医師を対象に日経が出している雑誌だ。ほかに、「理想の白衣をつくちゃお!」 なんていうおちゃらけた記事も載っている。こんなくだらない本があることを初めて知った。さすが日経だ。

「やっぱり、医局がスキ」の中身を読むと、アンケート結果を何となく集計したような記事でインパクトはとても弱い。「教授の奥さんに手下のように使われた。」とか、「教授が考えだした聞いたこともないような病型分類を使わないと教授が怒る」とか、医局の不合理が匿名で並んでいる。そのあとで、私たちの医局はこんなに素晴らしい、と教室員一同の集合写真や、教授、医局長の笑顔のならんだよいしょ的ルポが続く。最後に、医局秘書の特集までついている。あきれた記事だ。医局に身を置かない人は医局をまったく評価していない。だけど、医局の同門であるというしがらみは一生抜けないので、実名では医局を批判できない。一方、医局一筋の典型である教授や、その太鼓持ちの医局長なんていう人たちは、医局しか知らない、井の中の蛙が多い。だから医局は素晴らしい、医局にいれば死ぬまで安心だよ、とまるで地上の楽園、北朝鮮のようなことを言い、医局を批判する連中は医局に残れなかった負け犬さ、となる。でも、医局はどう考えても消滅すべきある存在だ。医師以外で、医局のような中途半端な、前時代的な仕組みがあるのは、相撲部屋ぐらいだ。

Nikkei Cadetto」の記事には、肝心なことが抜けている。しかし、35歳以下のくちばしの黄色い連中には、理解できないことなのかもしれない。肝心なこととはこうだ。

2004年に始まった研修制度は、医療崩壊の引き金になったとか、いろいろと批判も多い。手直しはされたが、さらに骨抜きにもなった。だからと言って時代錯誤的な「医局」に戻ることを推奨するなど具の骨頂だ、ノスタルジア、懐古趣味、古き良き三丁目の夕日の世界だ。Nikkei Cadettoの記事は、表紙の「やっぱり、医局がスキ」とは裏腹に実は、医局に将来はないということを明確に物語っている。新しい研修制度がどうこう、医局がどうこうというのではなく、35歳以下の若者が目指すべきことは、自分の人生は自分で切り開くということだ。そのためには、自分の付加価値を高めること。若かろうが年配であろうが、すべての医師には目には見えない「値札」が付いている。その値を決めるのは、患者である。医療者としての価値を高めるような研修を積んで、社会保障の一翼を担う天職を選んだ誇りと自信を持てるように日々の研鑽が必要だ。学位を取るのも付加価値を高める一つの手段ではあるが昔ほどの価値はつかないかもしれない。現在の専門医も制度的、内容的にはお粗末極まりないけれども、今後は名実共に医師の付加価値を裏打ちするような肩書になっていくだろう。また、医師としての基本的な態度、素養、コミュニケーションなどの技術、EBMの考え方、実践方法などを身につけ、世の中の役に立つような医師になろう、という志が大切だ。コンタクトレンズ外来とか、美容形成とか、くその役にもたたないような職業は医師が担当する仕事ではない。医師は、医師としての世の中から求められるような重要な職責を全うし続け85歳になったら社会的責務に幕をひく。90を過ぎてまで老醜をさらすべきではない。足元が明るいうちにグッドバイ、ということも大切ですよ、ひのじい、すぎじい、○○じい。

医局に人生を預け、ご気楽ご気楽な生活をエンジョイする時代は終わったのだ。待遇がどうこう、拘束時間がどうこうと愚痴ってばかりいて、拘束時間は小説を読んで、時間がくると風のように立ち去る、医局から派遣されるアルバイト医師には、こんな行動をとる情けない人間が多いそうだ。しかし、自分の付加価値を高めるためには、医師としての自分が、世の中から、周囲から求められる仕事は何か、つまり自分のミッションはなんだろう、それを心得て情熱をもって、つまりパッションをもって、朝から明るく夜まで元気に、つまりハイテンションで仕事に臨む。この、ミッションパッションハイテンションが重要なのである。この雑文も、「医局に人生を預けるな」の一部となります。

楽しかった中部地方会


9月12日、13日と、浜松アクトシティーで乳癌学会中部地方会を開催、730名の方々にご参加いただきました。テーマを「すそ野を広げよう、中部乳癌診療」としました。その意図をもう少し突っ込んで言うと、いま、やたらに品質品質、専門専門、認定認定、安全安全・・・と、見果てぬ夢の高レベルがあちこちで求められています。しかし、そんな高レベルなことって、そもそも実現できるはずもない。高レベルを目指す、という姿勢、意気込み、努力は、当然必要ですが、結果として完璧でないと許されない、みたいな、窮屈な、窒息しそうな世の中になっています。乳癌診療の領域をそんな風潮があって、「なんか敷居が高いね」というような感じで、若い人たちや、気持の若い人たちが敬遠してしまっているところがあります。現実問題としては、そんなこと言ってられなくって、医師も看護師も技師も薬剤師もコーディネーターもすべて足りないという状況で、やる気のある、元気のある、前向きで、実直な人たちが、せっかく乳癌診療に興味を持って勉強したい、といっているのに、そんなにハードルを高くして何の意味があるんですか? もっと仲間を増やそうよ、というのが、「すそ野を広げよう!!」の背景にあります。前例がない、とか、他とのバランスがとれない、とか、そんなこと言っている時ではありません。思い切って、欲張って中身の濃いプログラムを用意しました。そしてそれぞれの担当者が素晴らしい仕事をしてくれました。皆さん二日間お疲れさまでした。そしてどうもありがとう。またがんばろうね。

おかしな議論だね


昨日、筑波大学泌尿器科の赤座先生が浜松に講演に来たので聞いてきた。タイトルは「がん診療の現状と今後の課題」。期待していったのだが期待はずれだった。というのは、話の中身が変なのだ。「腫瘍内科医と泌尿器科のテリトリーは・・」とか、「腫瘍内科医は、俺たちに抗がん剤治療は全部まかせろというが・・」とか、「すべての疾患を見ることができる腫瘍内科医は果たして存在するのか・・」など。前立腺がんを例に取って話そう。
①PSAが上昇してきた60歳の男性。前立腺触診をしたら硬結がふれた。前立腺がんの可能性が高いから泌尿器科を紹介した。生検の結果前立腺がん。前立腺全摘して、限局型(遠隔転移がない)なので、引き続き腫瘍内科でフォローアップ。
②大学病院泌尿器科で前立腺がん骨転移で、ホルモン療法(LHRHアゴニスト、カソデックス、エストラサイト)などを実施4-5年はコントロールできていたが増悪。さまざまなホルモン剤のさまざまな投与方法が試みられたがPSAは増加の一途。ホルモン不応性と診断され、ドセタキセルが使用されたが、白血球が1500になったという。ことで泌尿器科では投与中止。その後、再び、ホルモン剤が繰り返されたが奏効するはずもなく痛み増強。肝転移も出てきた。腫瘍内科ではドセタキセルの使用は手慣れたもの。うまくマネージして緩和的化学療法成功。
これらふたつの事例のように泌尿器科医が腫瘍内科と協力して患者にとって最善のアプローチをすればいい話だ。冒頭のようにテリトリーとか、お前らは手を出すな、みたいな話はおかしいのだが、そのような話になってしまったのは西條さんがわるい。「肺癌の化学療法しかわからないにせ腫瘍内科」といわれても仕方がない。そうはいっても西條さんは自民党のあほう元首相と同じで過去の人だ。おかしな議論はここらへんでおわりにしましょうね、赤座先生。

サーバー故障


現在、twatanab@oncoloplan.com などの、XXXX@oncoloplan.com  メールと 医療法人圭友会浜松オンコロジーセンターホームページ(http://www.oncoloplan.com  )が使用できない状況になっています。これは、サーバーが故障したためで、明朝には復旧するとのことです。昨日(月曜日)朝から、メールの送受信がほとんどできず、静かな二日間を過ごしております。ご迷惑でしょうが、連絡がつかないのでご容赦ください。緊急連絡は、toru999wata@docomo.ne.jpまでお願いします。

全部答えた市民講座


日曜日に第8回の浜松乳がん情報局市民講座を開催しました。200名をこえる参加者で会場は少し手狭でした。次回はもう少し広い部屋をとります。事前に寄せられた53の質問にたいしてパネリストで分担して全問回答を達成しました。もともとこの市民講座は、あなたの疑問になんでも答えます!というコンセプトで2006年から開催しています。事前に質問を募集する→ある程度集まったところで準備会①でパネリストに割り振る、会の1週間ぐらいまえに準備会②で各パネリストの回答をみんなで見て聞いてあーだこーだ、と批評して、そして会の当日の午前中に、準備会③で最終チェック、といった手順で、質問に真正面からどっしりと答える、ということを旨としてきています。終了後に、参加者からの意見を読みながらの中華料理を食べながらの反省会で、改善できるところは改善していこう、つぎはどうしよう、ということを相談する、といった流れであります。
 
全部答えるためには、かなりぐいぐいと進めなくてはいけませんが、参加者からの意見はおおむね、よかった!! 全部答えてくれたありがとう!! という花丸評価でした。中には、あつい、さむい、せまい、時間が長すぎる、とか、いろいろと文句が書いてあるのもありますが、そういうのはそういうので、一応は読んでおくけれど、こっちもこれだけ一生懸命やっているのだからつべこべ言う人はこなくてもいい、というのがちらっと見える本音なのかもしれないという意見もあったりなかったりと、難しい問題で、まあまあまあ、というとこどろです。次回は2月14日です。つべこべいわない方々のご参加をお待ちしています。
 

治験やめたらどうよ?


CRCの方からのお尋ねがあった。「CRCとして治験業務はかなり忙しく興味もあるのだがいまひとつ、やりがいが感じられない。」ということである。その方は看護師であり内科病棟などで10年近くの勤務歴があり、病院が治験に積極的に取り組むことになったので治験管理室に配属となったそうだ。がん治療薬の治験も手掛けているが、モニターとのちまちましたやり取りや、意味があるかどうかわからない取り決めやら、また、自分の判断で進めていはいけないことが多かったりと、フラストレーションの毎日なんだそうだ。CSPORの臨床試験の仕事には関与していないそうだ。医師、看護師といった医療職を数年経験すると「患者さんに感謝される」ということがやりがいの根源であるということに気づく。日々の診療ではその連続であり仕事の主たる目標は「社会貢献」であり、その直接的な目印が患者さんからのありがとうございましたの言葉である。CRCとして被験者と接することは多いだろうし、CRCセミナーなどで話を聞いていると、治験業務を通じて、被験者である患者から深く感謝されるということもあるにはあるようだが、それほど多いことではない。自分が手掛けている治験によりよい薬が世の中に出て、それによって不特定多数の患者から感謝される、ということは理屈としてあるわけだが、最近のように、愚にもつかないような「承認申請のための治験」は、やってもやらなくてもいいわけで、製薬企業には利用され感謝されるが、看護師という医療職に身を置くものからしてみると、うれしくもなんともないだろう。その点、標準治療を変えうるような医師(研究者)主導型の臨床試験では、CRCとして参画した場合、被験者との接触も長期間に及ぶし、得られた結果が、多くの患者にとって役に立ちうるものである、ということを体験し実感できるのである。治験で雇われたCRCは治験以外の臨床試験には関与してはいけない、というみみっちいことを言っている病院は数多いが、そういうところでは、CRCの自己実現を通じた満足度はとても低いのだ。やりがいがないとかんじるのは、医療職としての活躍の場があたえられていないからなのだ。しょうもない治験の業務などやめて、CSPORの臨床試験業務を担当してみると、きっと、自分の立ち位置が見えてきて、さっそうと病棟や外来を動きまわる美しい自分の姿を見つけることができるだろう。製薬企業のお先棒をかつぐようなみみっちい治験なんて、やめてしまったらどうよ? とその方に言ったところ「そうですね、かんがえてみます。ありがとうございました。頭の中がすっきりしました。」と言っていました。しかし、治験を受託しないと病院に収入にならないし、あなたの給料もでないでしょうから、「治験は治験、ビジネスとして割り切り、CSPORの臨床試験の仕事を通じていきがいを見つけたらどうよ。」というのが現実的な助言となります。

CRCセミナーから透かしてみえてくること


世界的不況のなかでの生き残りをかけた製薬企業の強烈なエゴ、分子標的薬剤の乱発、手順主義の過剰重視、植民地支配的グローバルトライアルの横暴、あんぽんたんな開発モニターによる頓珍漢な対応・・・などに振り回されるかわいそうなCRCの姿を今回も認識しました。とくに分子標的薬剤が無秩序、無限にまるでガン細胞のように節操なく、各社のエゴで乱発される結果、グローバルトライアルの美辞麗句のもと、質の低いモニターが雇われて、行われる治験が多数行われているのが現状です。治験、治験に追いまくられ、本当に患者のためになる臨床試験に参加する機会を与えれず、自らの社会参画の成果を体感することなく燃え尽きていく哀れなCRCも多数いるようでした。

若い医師に送ることば


Mくんへ

医師としての人生は、患者からの要望や質問、恩師の助言や指導、同僚からの意見や批判、後輩からの質問や突き上げなど、周囲からの様々な刺激などをきっかけとしながら、自己研鑽を継続していくことがとても大事です。だれでも50歳近くになると、なんとなく、自分だけでなんでもできるし、他者からの批判や意見はうっとうしくなり、いつの間にかカンファレンスや学会などにも出なくなる医師がいます。医師という職業を選択した以上、勤務医であっても開業医であっても、患者に対して社会的責任を果たさなくてはなりませんから、決して自己都合や個人の欲望だけで行動していてはいけません。医師としての社会的責任を全うするには、ある程度、厳しい環境に身をおきながら、周囲と自分との相対的な距離みたいなものを意識しつつ、生涯にわたり学習を続けていかなければなりません。そうしないと唯我独尊的行動に陥ります。そのような状況に気がつかないことも多く、そうなると、そこから先の伸びがありません。医師としての長い人生を最後までさわやかに生き抜くことは容易なことではありません。軌道を逸脱してしまった事例をたくさん見ていますが、決して他人事ではなく、あすはわが身と心得なくてはいけません。これからの人生、integrityを失わず、研鑽に励んでください。

 

8月3日 先輩医師より

帯と襷の電子カルテ


国立がんセンターにいたとき日立の時代遅れの診療支援システム「トランプ」を使わされてあまりの使いにくさにひたすら文句を言い続けました。すると文句を言うならお前やれ、ということで次にIBMの診療支援システムを導入する際に小山博史先生たちといっしょに導入側ユーザーのまとめ役となり「ミラクル」を命名してこれを導入しました。ミラクルでは、とくにがん化学療法オーダリングシステムに知恵と工夫をつぎ込み、あらかじめのレジメン登録やインターバルチェック、体表面積当たりの自動計算など、をできるような仕様をIBMに要求しました。この際、あらかじめ登録するレジメンを薬物療法の専門家に審査してもらうように「レジメン委員会」を立ち上げたのですが、それが、なんと昨年度から導入された外来化学療法加算の算定要件として「レジメン委員会を定期的に開催すること」に採用されててしまっておおごとになってしまったわけです。IBMは我々がつぎ込んだノウハウをうまいこと利用し全国の病院の電子カルテ導入に大成功し大儲けしているそうです。
浜松オンコロジーセンターでは、2006年4月から検査会社BMLが作っている電子カルテ「メディカルステーション」を導入しました。大病院の電子カルテが富士通、IBM、NEC、東芝といった名の通った大手であるのに対して、クリニックではもともとレセプトコンピューターから発展しているので聞いたことのないような小粒メーカーが乱立しています。検査オーダーとのリンクがやりやすいことから、BMLのメディカルステーションを導入したのですが、使い勝手は全然よくありません。所見記録欄はどちらかというと「ワードによる紙芝居」程度。紹介状作製機能は最悪で、画面がフリーズしたようになって数分待たされます。これをBMLにいったところ「クリニックでそんなにたくさん紹介状をかくところはないので、そのような機能には対応していません。」とのことです。浜松オンコロジーセンターでは、セカンドオピニオンの患者さんが多いので、全国各地の病院の先生に返信を書かなくてはいけません。そうすると、宛先のデータベースは膨大なものとなりますが、BMLの電子カルテはとても非力なので対応できないわけです。文句を言い続けたら、エクセルで作ったアドインソフトみたいなものを持ってきて、これで我慢してくれ、ということで不便を強いられています。また、あらかじめのオーダーができません。来週の化学療法を準備しておくための未来予約ができない仕組みになのです。これは、クリニックがそもそも計画診療よりも、行き当たりばったり診療をするということが前提になっているのだろうと思います。ただ、レセプトコンピューターから進化しているので、検査、処置、処方などの医療行為の一つ一つの保険診療が何点か、ということはリアルタイムでわかります。また、医師当たり、診療科あたりの診療報酬が簡単に表示できるので、えすれい病院のように医師の給与明細に「今月の先生の稼ぎは○○点」と出すこともできます。
 
週1回勤務している杏雲堂病院では、電子カルテは東芝製のものを使っていますがとても使いにくい。その原因はユーザーの要望がほとんど考慮されていないようで、たとえば、先週に事前処方しておいた抗がん剤レジメンで、投与量を変更するような場合、一度、オーダーをキャンセルして画面をとじて、もういちど、その患者のカルテを開き、新しくオーダーしなおさなくてはならないという、手間がかかり、ユーザーフレンドリーではありません。紹介状作製機能もいまいちどころかいまごです。ワードで作製すべき文書をエクセルで作る仕組みになっているので、紹介状文面で、改行もできなければ段落もつくれず、太字にするとかの、編集機能が全く使えないのです。東芝がエクセルで手紙を書くという判断をしているのが理解できません。この電子カルテは、私が生涯、出会った中で最低ランクです。
 
月一回勤務している青森県立中央病院では、電子カルテはNEC社製です。これは、かなり使いやすいのですが、ユーザーの声を聞きすぎているのか作り込みが激しく、機能満載ととなっていて、どこにどの機能があるのかわかりにくいという難点があります。しかも、月一回の勤務なので、前回学習したこともすべて忘れているので、いつも、えーっと、えーっとという感じですけど、毎回看護師の太田富美子さんが手伝ってくれるので、その日の午後には自分でも操作することができるようになります。でも1か月後には、また忘れる、という繰り返し。過去の抗がん剤治療履歴などが、もう少しわかりやすく参照できるともっとよいでしょう。
 
電子カルテは今後すべての病院、診療所に導入されていくでしょう。ご年配の先生で電子カルテに不向きな先生もいるようですが、その場合には傍らにかわいいクラークのお嬢さんが常駐してくれるので、電子カルテできませーんのふりをしたほうが労務環境は良くなるかもしれません。使い勝手が悪いもの、機能が不十分なもの、逆に、機能満載で、めちゃくちゃ高価なものなど、どれをとっても帯に短し襷に長し、というのが現状でしょうか。病診連携を考えた場合、現在のように、メーカーが違うと全く互換性がないような仕様では話になりません。互換性があれば携帯をドコモからソフトバンクに切り替えるように、電子カルテも他社製品に乗り換えることも容易となり、だめなところは消え去っていくということになるでしょう。ホスピタル仕様とクリニック仕様を区別することも不合理なことです。これも考え直してほしいものです。