今年のサンアントニオは、こんなに暑いのは初めて、と言うぐらい、昼間も夜も暖かいです。では、早速サンアントニオ乳がんシンポジウム初日の話題をお伝えしましょう。初日の午前中のGeneral Session1(一般演題1)は、免疫がらみの演題が続きました。
S1-01
最初の演題はアバスチンの有効性が全く認められなかったBEATRICE試験の登録症例を対象とした随伴研究です。この演題はいわゆる「 prospective –retrospective analyses」というやつで、昨年のサンアントニオで最終解析結果が発表された「乳癌術後症例を対象にした抗がん剤対抗がん剤+アバスチンの前向き(prospective)ランダム化比較試験の対象となった症例の乳がん組織検体を用いて、後付け(後ろ向き:retrospective)に各種の免疫学的指標のRNA発現を測定し、免疫学的パラメーターに着目して、予後(無再発生存期間、全生存期間)を比較して、次なる研究のヒントを得よう、という「探索的研究」結果であります。ご存じのように、アバスチン追加効果は全くなく、アバスチンの意義は全然無かったわけですが、せっかく集めた貴重な資料を最大限有効に活用するという主旨で、この研究も予めの研究計画に基づいて為されたものであるということです。しかし、そのわりには、BEATRICE試験参加2591症例のうち、この研究に参加した(検体を集めることができた)症例は1105例と半分にも満たないと言う点、やや残念に思います。
結果は結構おもしろいと思います。CD8陽性の細胞障害性T細胞で機能する遺伝子が高発現の場合、制御性T細胞で機能する遺伝子が高発現の場合、PD-L1が高発現の場合では、予後が良い、生存期間も長い、ということです。これはどういうことかと言うと、がんの周りに、がん細胞を殺してやろうと細胞障害作用を持つリンパ球が沢山集まってきているような状況は、がん細胞がそれらに苦しめられているわけです。がん細胞は生き延びるために、自分を攻撃してくるリンパ球を排除しようと、PD—L1を細胞表面に立て並べ、それをリンパ球側のPD-1に認識させて、攻撃の手を緩めさせようとする、つまり、リンパ球側にブレーキをかけさせるわけです。がん細胞表面に出されているPD-L1は、わかりやすく言えば「わいろ」みたいなもので、「どうか、これで、あっしを助けておくんなさいまし、お代官様」と障子の向こうの暗い部屋でリンパ球に渡すわけです。リンパ球にはそれを受け取る手、すなわち「PD-1」があって、「えちご屋、おまえも悪よのう」と言って受けとる。すると、制御系の仕組みが働いて、「撃ち方やめー」と、免疫反応がおさまる、という訳です。このデータはPD-L1が高発現のTNBCならば、それを受け取る手である「PD-1」に手錠をかけてしまう「抗PD-1抗体」が効く可能性があるだろうと言うことを示しているものです。同じ現象は、肺がんでも観察されています(Borghaei H et al. N Engl J Med 2015; 373: 1627-1639)。乳がんを対象としたnivolumab、pembrolizumab などの「抗PD-1抗体」の臨床試験は、対象症例の適格条件に「PD-L1高発現」が含まれている場合もありますが、それに限定しないほうがいいと思います。いずれにしても、現在、抗PD-1抗体は、悪性黒色腫とか肺がん、腎細胞がんというふうに疾患毎に適応承認されていますが「PD-L1抗原高発現の悪性腫瘍」という形でがん種を選ばずに使用する流れになるでしょう。カーター大統領の脳腫瘍が消えた、という話もこのメカニズムと関係があるらしいです。アバスチンは死んでも免疫情報を残す、という試験でした。
S1-02
浸潤性小葉がんについて腫瘍浸潤リンパ球(TIL)検討された試験です。浸潤性小葉がんは、割と広い範囲に拡がって、あるいは多中心性に発症することがよくあり、ホルモン受容体陽性の割合が90%と、かなり高いにもかかわらずホルモン療法が「ぱきっ」と効くこともあまりなく、かといって細胞毒性抗がん剤が「ざくっ」と効くかというと、そうでもなく、そうこうしている内に腹膜転移とか、胃粘膜、小腸粘膜転移といったちょっと変わった転移形式で再発してくる、といったイメージの乳がん特殊型の一つです。それなので、なにか良い効果予測因子はないものか、予後因子はないものか、といろいろな取り組みがなされています。
一方、腫瘍浸潤リンパ球(TIL)については、昨年のサンアントニオでも注目演題があり(https://watanabetoru.net/2014/12/)、そしてその内容はすでに論文になっています(Perez EA et al. JAMA Oncol 2015: 1-9. Perez EA, et al. J Clin Oncol 2015; 33: 701-708.)。昨年のPerezの発表では、HER2陽性乳がんのうち、細胞毒性抗がん剤だけで治療をうけた患者では、TILが高度の場合は予後が良かったけれど、細胞毒性抗がん剤+トラスツズマブ併用治療を受けた患者では、そのような予後因子としての意義はなかった、ということで、「何かもう一つ、わからないことが残っている」というのがTILの意義であります。しかし、最初の発表(S1-01)にように、リンパ球が大騒ぎしているような乳がんは、きっと、免疫系の刺激と抑制が入り交じり、トルコ人とクルド人が渋谷で乱闘騒ぎを起こし、現場は敵味方入り交じって大混乱という状況なのではないでしょうか。それで、浸潤性小葉がんではTIL高度の場合は予後が悪い、という結果でした。しかーし、そもそもTIL高度の症例が全体の5%と少ないこと、TIL高度の症例は、グレードが高い、リンパ節転移が多い、年令が若い、など、悪い予後因子を持った症例が多いということもあるようで、これらの悪因子との交絡も否定できず、TILと免疫応答の枠組で考えて良いものか、それとも一般的な悪性度が高いもの、というとらえ方で考えたらよいのか、まだ、煮え切っていない状況です。つまり、よく学会で使われる表現「jury is still out」 (陪審員団はまだ戻っていない、決定は下されていない)という状況です。しかし、浸潤性小葉がん治療治療の鍵は「ホルモン療法+免疫療法」つまり、Immuno-endocrine therapyにあり、と私はにらんでおります。
会場は一万人以上はいる広—い部屋です。部屋の周囲が黒いカーテンで仕切られていますが、試しにそのカーテンの裏側を探検したことがあります。すると何ということでしょう、カーテンの裏側には、会場の数倍の空間が拡がっているではありませんか!! 今日は会場の裏側から「がー、がー」というドリルの音が鳴り響き、演者の声が聞き取りにくい場面が何度もありました。司会者はpalbociclibの発表をしてNEJMに論文も載せたイギリス、ロイヤルマーズデン病院の色白のお坊ちゃま、Nicholas Turner、舞台裏でがー、がーと音がしてもお坊ちゃまは、なにもリアクションをおこさない、ボクは司会をするだけだから、といった感じで、がー、がーは、その後もずっと続きました。
S1-03
豪州、北欧、西欧、北米の複数の研究施設の共同研究として、過去に実施された、アンソラサイクリン、アンソラサイクリン+タキサンを治療薬として検討された試験に登録された症例を対象に、規準を統一して評価したTIL(腫瘍浸潤リンパ球)の予後因子としての意義を検討した「prospective-retrospective study」であります。結果は、多変量解析で、TILは独立した予後因子で、TIL高度の症例は、生存期間が長い、という結果が得られております。これも、がんを異物と認識して攻撃を仕掛けているような癌では、細胞毒性抗がん剤もそれなりによく効く、ということで、chemo-immunotherapyということになります。最初の演題と絡めて考えると、PD-L1の発現なども検討して、高発現の場合には、細胞毒性抗がん剤も要らない、オプジーボ(novolumab)だけでもよい、ということにならないでしょうか。そうすれば、脱毛とか吐き気のない治療に移行できるわけすから。
S1-04
先ほどから、何回が登場したPD-L1、それに対する抗PD-L1抗体の話題です。
京都大学免疫学の本庶佑(ほんじょたすく)先生グループがリンパ球表面に存在するPD-1を発見しました。PD-1は、アポトーシスを引き起こす物質「Program cell Death antigen1」として発見され、がん細胞表面に存在するリガンドであるPD-L1と結合することにより、リンパ球の抗腫瘍活性が抑制される=ブレーキが掛かるということが証明されたのでした。本庶先生は、これをがん治療薬として開発しようと製薬企業各社に声をかけてそうですが、どこもとりあってくれません。最終的に開発を担当した小野薬品も最初はとてもレスポンスが悪く、話を持っていっても長いことそのまま放置されていたと本庶先生がおっしゃっておりました。海外から、開発引き受けの打診があり、その条件として小野薬品をはずせ、とのことだったそうで、それで小野があわてて、「ぼっ、ぼくがやりますから」となったそうです。それで、現在のnivolumab(商品名オプジーボ)が世に出て、注目を集めているわけです。
一方、PD-L1に対する抗体は日本では、中外/ロシュがAtezolizumabを、AZ(アスカラゼニカ)がMEDI4736を、ファイザーとMSDがAvelumabを開発中です。また、謹慎中のノバルティスも開発に関わっています。
今回、Avelumab の安全性と有効性を検討するということでphase Ib の結果が発表となりました。薬剤耐性となった168症例が対象となり、治療中止となるほどの有害事象は8例に出たそうです。自己免疫性肝炎とか、類天疱瘡とか、γGTP異常、AST異常、CPK異常、呼吸障害などが原因。効果は1例でCR、7例でPR、39例でSDだそうです。PD-L1の発現程度と効果の関連の検討については、表がわかりにくく把握できませんんでした。あしからず。
S1-05
トラスツズマブによる心筋障害の予防を検討した比較試験の発表でした。心機能評価はシネMRI。シネMRIだと評価の客観性が保たれるし、体型、体位の影響をうけないので信頼性は高い。99症例を三群にわけて、1年間のトラスツズマブ投与中に(1)プラセボ、(2)ACE阻害剤のperindopril(日本ではコバシル【協和発酵キリン】、ペリンドプリル【ジェネリック】)、(3)βブロッカーのbisoprolol(日本ではウェルビー【サンド】、ビソプロロール【ジェネリック】)を内服、心機能をシネMRIで3ヶ月、12ヶ月、そしてトラスツズマブ終了後1年目の24ヶ月の三点で経時的に評価した。
結果は、LVEFが、(1)で5%低下、(2)で3%低下、(3)で1%低下で有意差があったというもの。心不全の発症が認められた症例はいなかったというもので、結論は、心不全治療に一般的に使用されるこれらの薬剤を、トラスツズマブ使用中の患者で心機能低下の予防として使用することが出来るというものである。会場からの質問でVogel from NYが「これらの薬剤が心機能を良くしているのではないのか、飲んでいるから心機能がよくなっているのではないのか?と言う指摘があった。確かに、βブロッカーで心臓に対するアフターロードが軽減すれば、心機能は向上する可能性はある。害悪はないので、一般臨床に使用しても悪くはないが、国民医療経済学の観点からは医療費50兆円に貢献してしまいそうである。
S1-07
戸井雅和先生の発表で、術前化学療法でpCRが得られなかった症例に、ゼローダを8週間投与するとRFSもOSも延長する、しかも副作用は許容範囲、という内容である。会場からは、ゼローダの副作用に着いての指摘が随分と出た。戸井先生は上手に上品に上質に答えていました。
S1-08
Danish Breast Cancer Cooperative Group(DBCG)の発表です。DBCG77Bトライアルは、閉経前女性を対象とした術後抗がん剤治療を検討した試験であります(Ejlertsen B et al. Cancer 2010; 116(9): 2081-9.)。全症例を対象とした検討ではCMFなどの抗がん剤はDFSもOSも改善しました。今回の発表は、その試験に参加した症例のアーカイブマテリアル(つまり組織パラフィンブロック)から組織アレイを作成し、IHC染色を行い、ER陽性、PgR20%以上陽性、HER2陰性、Ki67 13%未満、CK5/6陰性、EGFR陰性をLuminal Aとして抗がん剤治療の効果を検討したのです。つまり、これもprospective/retrospective studyということになります。その結果、Luminal Aの規準に該当した165症例では、抗がん剤治療の効果は、DFSにも、OSにも認められなかった、という発表です。会場から「CMFなどの抗がん剤による卵巣機能抑制効果は働いているはずだろうが、どうして差がないのだ。抗がん剤によって閉経した症例の割合はどれぐらいだ」という質問がありましたが、演者は、やや居直り、「これは、1970年台後半に行われた試験だから、そこまでわかりません。」と答えておりました。
Luminal Aは、腋窩リンパ節転移があるとか、腫瘍径が大きいといった「解剖学的腫瘍の拡がり(anatomical tumor extent)」よりもBiologyを考慮して、術前でも、術後でも細胞毒性抗がん剤は使用しないという基本は重要だと思います。ただし、再発した場合は、いろいろな修飾が加わるため一概に細胞毒性抗がん剤は使用するのが普通です。ということで、この演題、なかなかよいと思いました。