三日目の午後の口演セッションが終わると今年のサンアントニオもバスケットボールの時間になります。スパーズがレイカーズを圧倒し楽勝におわり、それもいまいちでしたが、今日の発表もいまいち、いまに、いまさんもありました。
午後のS6-01
ドラッグハンター ホセバセルガによるピックスリーカイネース阻害剤「Buparlisib(ブパルリシブ) BKM120: ノバルティス」のエストロゲン受容体陽性乳がんを対象とした臨床第III相試験の発表です。ブパルリシブは酵素「Phosphoinositide-3-kinase」を阻害することにより、フォスファチディルイノシトール2リン酸がフォスファチディルイノシトール3リン酸に活性化され、その下流にあるmTORの働きを抑制する働きがあります。mTORは、アフィニトールが「阻害」するところですから、そのもっと上流をきちっと阻害すれば「選択的な作用」つまり、他の影響、例えば耐糖能が低下するとか、早く老いる、といったアフィニトールで見られるような副作用が軽くなるかもしれない、そして、ルミナルBのようにホルモン系統の他にPI3K –AKT-mTOR系統のシグナル伝達にすがって生きている乳がんに対して、抗エストロゲン剤などと併せて使えば、エレガントに乳がんの増殖を抑えることができるかも、PFSやOSも伸びるかも知れないということで、閉経後ER陽性乳がん患者を対象に、フルベストラント+プラセボ対フルベストラント+ブパルリシブの比較試験が行われたのであります。
また、Phosphoinositide-3-kinaseをコードする遺伝子であるPIK3CAには、乳がん組織を調べると三分の一の患者で変異がある、その結果、酵素が活性化されっぱなしになり、一生懸命ER系のホルモン刺激伝達を押さえても、別の方に増殖刺激が働いて、ホルモン剤耐性、無効となっているとも考えられるので、とりわけ、PIK3CA遺伝子に変異のある患者では良く聞くかもしれない、と言うことです。1147症例が対象、日本からも結構沢山の症例が登録されました。全症例を対象とした場合、HRは0.78、P≦0.001・・・統計学的には意味があるが臨床的には無意味という範疇の結果でした。しかし、
うーん、どうかなー、アフィニトールの二の舞かな、つまり、PFSでは、そこそこに差はあるけど、OSは変わらない、ということになるのではないかなーと懸念されます。しかし、酵素Phosphoinositide-3-kinaseをコードする遺伝子であるPIK3CAに変異のある患者200症例では、HRは0.56、P≦0.001、変異のない387症例では、HRは1.01、P=0.643と、遺伝子変異のある場合には、あきらかにPFSの改善が認められたのでした。これは期待ができるか!と思いますが、ホセバセルガの「アフィニトールの発表」が思い起こされます。PFSでHR=0.43!!!、これはきっとOSの延長が得られるに違いない、と明るいお正月を迎えたものでしたが、結果はご存じのとおり、OS変わらず、口内炎強い、お金かかるゥ〜、とあまり良い結末にはなりませんでした。でも、医学の進歩はこういうものです。人類が一生懸命智恵を絞っていると神様が自然現象を少しづつ明らかにしてくれる、光を当ててくれるということでしょう。「遺伝子変異のある患者には良く効く薬ができた」ということだけでも大きな進歩と認識するべきだと思います。
午前のS5-02
HERA試験でもBCIRG006でもHER2陽性乳がんで1年ぐらいトラスツズマブ治療を継続するあたりで再発のリスクが高くなる、それもリンパ節転移陽性において、という観察から、そのあたりで、Neratinib(ネラチニブ)に切り替えたらどうだろうか、というコンセプトに基づき行われた第三相比較試験です。ネラチニブは、ラパチニブ(タイケルブ)にちょっと毛の生えたような薬で下痢が95%の症例で激しい、という発表が3年前ぐらいにありました。なので、うーん、どうかな、と思って聞いた演題です。HER2陽性乳がん術後で1年未満のHER2治療歴のある2840症例を対象にネラチニブ対プラセボの比較でExtNET試験と言います。結果は、DFSでHR=0.67(95%CI: 0.50-0.91), P=0.009ということでした。0.67なら結構いいかな、と思うのですが、登録後1年の時点でのDFS率は、プラセボ群で95.6%、ネラチニブ群で97.8%、2年ではそれぞれ91.6%と93.9%と、たった2%程の差、ということで、カプランマイヤー曲線を見せられると「だめじゃん」と感じる。さらに、探索的に3年、4年と観察を続けても差は2%程度で経過したとのこと。さらにさらにgrede 3の下痢が40%に出現したっていうじゃなーい。多くは開始後1か月以内だが、1.4%が入院を必要とした・・・。VOGEL NEW YORKも「たった2%の差しか認められていないし下痢も強い。これは意味がある治療と言えるか?」みたいな質問をしていました。私もそう思いました。
午後のS6-02
アロマターゼ阻害剤耐性のメカニズムとして、ESR1遺伝子の変異によるエストロゲン受容体の失活、HER2経路の活性化、PIK3CA遺伝子の変異、MAP kinase遺伝子の変異、TP53の変異、Epithelial-Mesenchimal Transitionなど、いろいろなことが提唱されています。この発表は、AT耐性となった41症例で、治療前と耐性獲得後に、どのような遺伝子の発現が変化したかを調べたところ、ESR1の発現が変化したという症例が4例で、結局、それ以外の遺伝子の変化は前後では見られずということで、以前から知られていたESR1遺伝子発現について、ネズミを使った実験をしたり、見たこともないような実験結果の表記を見せたりして、結局、だから何なの、というものでした。しかし、このような、あまり役に立っているとは思えないようなことも、トランスレーショナルリサーチの美名の元に注目されるということでしょうか?
午後のS6-03
統計の魔術師ジャック・キュージックによるIBIS-II(DCIS)の発表です。これは、DCIS症例の温存術後に、タモキシフェンまたはアナストロゾールを内服してどちらが、局所再発、反対側乳がん予防効果が高いかを検討したものです。タモキシフェンとアナストロゾールの比較には、アストラゼネカがプラセボの在庫を沢山抱えているので二重盲検・二重偽薬方式の試験がやりやすいのかも知れません。結果は差が無し、それどくどくど、くどくど、と副作用の比較を魔術師らしくやりまくり、その点は、両薬剤の副作用の比較がきっちり出来たということで評価ができます。参考にはなるので、LANCET12月10日号に載っている論文を読むとよいと思います。
午後のS6-04
NSABPB35 試験、これもDCIS術後の患者で、タモキシフェンまたはアナストロゾールを内服してどちらが、局所再発、反対側乳がん予防効果が高いかを検討したものですが、結果は、わずかな結果がある、ということが、ASCO2015で発表されました。約3000症例を対象に10年フォローアップして、HR=0.73、P=0.03ですから、統計学的には有意だけど臨床的には無意味の範疇の結果でした。今回は、Patient Reported Outcome(かんじゃさまが報告される結末)ということで、細かな体調変化や、性生活に関すること、などを調べた、患者の生の声をチーム医療でくみ取ったみたいな売りでの発表でした。ところが、質疑応答になって、理性的な患者団体の女性が「一人の患者に効果を出すのに、いったい何人の治療をすればいいのでしょうか?」と、名郷先生が聞いたら涙を流しそうな、NNT(Numbers Needed to Treat)を尋ねたのです。すると演者は、「Many」つまり沢山、と答えたのです。話になりません。つまり、効果が乏しい状況で、かんじゃさまの声といったって、何になる、効果あっての薬だろうが! とそのアドボカシーの女性は言いたいのだろうと思いました。
午後のセッションも終盤に近づき、どんよりとした空気に包まれかけてきましたが、そこで、これはおもしろいという発表がありました。
S6-04
まずCNBで検体をとり術前にアナストロゾールを4週間内服後、2回目のCNBをして、そこでKi67などを見ておいて、1週間、アナストロゾールとパルボシクリブを内服し3回目のCNBを行い、アナストロゾール単独の時とのKi67などの変化をみて、もしKi67が10%以上ならそこで試験中止、10%未満ならばさらに28週間アナストロゾールは継続、パルボシクリブだけは1週間前に終了し手術という計画で50症例が治療をうけました。2回目と3回目のCNBでの比較で、アナストロゾール単独で十分に効果があった症例、パルボシクリブを追加したことで、アナストロゾールだけでは不十分だったKi67の押さえがぐっと追加された症例、パルボシクリブを加えてもKi67があまり下がらなかった症例などが観察されたということです。しかし、手術前の1週間のパルボシクリブ休薬でKi67が上がった、という現象も観察されたそうです。詳しい内容を、「Conference Notes」で見ようと思って、ポイントだけをメモしておいたのですが、なんと、Conference Notesから消え去れているではありませんか? 指導者がMatthew ElLiceなので、公開にこだわったのか? 理由を松沼先生、教えて下さい。
S6-05
オランダからの報告で、コホート試験でT1症例でトラスツズマブ+ケモをした患者としなかった患者、それぞれ3000人ちかいコホートを比較、そうしたら、やはりトラスツズマブ+ケモをした方が予後がよかったと言う結果。これもConference Notesから消え去っています。NEJMにAlliance Groupから、シングルアームの試験で、腫瘍が小さい場合(T1b)ではハーセプチン+ケモは要らない、という論文が出されて、それがSt.Gallen2015でも採用されたのですが、このコホート試験はその結果とは反する結果でした。なぜ、Conference Notesから消えたのか、なにやら政治的な臭いがしますが。いずれにしても、シングルアームの第二相試験だとか、コホート試験では、信頼できる、つまり、バイアスと偶然を排除できた結果は得られない、ということです。Bill McGuier賞を受賞したNSABPのDr.Norman Walmarkの言うとおり、randomized Phase III Trial をやらなければ真実はわからないのです。
今回のサンアントニオ、いろいろなことがありましたが、サイエンスの進歩と心の交流を強く感じることができました。来年のホテルも既に予約しましたよ、See you SanAntonio!! Next Year. ということで、明日、浜松に帰ります。その前にLAでおとな買い、それとも爆買いしましょうか? 1112騒動も収束し、やっと楽しいクリスマス、穏やかなお正月を迎えることが出来そうです。
バゼルガ先生にニューヨークで診て貰おうとコンタクトとれた方有り。確かな先生なりや?渡辺先生の率直な感想を聞きたしと。
薬物療法の専門家(ドラッグハンター)としては超一流です。しかし臨床医としては???? あえて、診てもらう意味はあるかな???? ブランド志向の方ならわかりますけどね・・・。ご自由にどうぞ。