旧約聖書の詩編に次のような聖句があります。「いかに幸いなことか、神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者の道にとどまらず、傲慢な者と共に座らず、主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。神に逆らう者は裁きに堪えず、罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。神に従う人の道を主は知っていてくださる。神に逆らう者の道は滅びに至る。」昨日、ノバルティス社が秋のしゃんしゃん大会への出演要請に来ましたが丁重にお断りしました。そのお先棒をかつぐことはまさに「罪ある者の道にとどまること」であると思ったからです。しゃんしゃん大会をするぐらいなら格式ある学会やその地方会を支援するとかやりようがあるでしょうが。謹慎が解けたからといって舌の根も乾かぬうちに売らんかな行動に転じなくてはならない現場社員諸君、宮仕え故の行動といささかの不憫を感じないわけでもありませんがこのような状況で何の配慮もなく引き受けてその道を歩むことは品格を問われかねないと思います。
カテゴリー: 未分類
本物の心得
土曜日に開催しました浜松オンコロジーフォーラムに70名近い方々にご参加いただきました。ドクトル カピバラ ホズミンも外科学会の帰りに途中下車の旅で寄って下さいましたし、森勝昭先生も浜松での診療支援の後の時間を利用してご参加下さいました。演者としてお招きした何森亜由美先生、戸崎光宏先生のお話は、いずれも、現状に風穴をあける「改革(Revolution)」指向のすばらしい内容でした。わたしも、St.Gallen2015について話ました。これで、St.Gallen2015で話すのはこれで5回目ですが、私の講演の売りは、「同じ内容で2度と話さないということ」、今回は、Ki67などの精度の低い検査は廃止して、Multi-parameter Molecular Marker Assaysにシフトしなくてはだめだ、というところにポイントを置きお話しました。奇しくも、何森先生も、戸崎先生も単なる「Evolution(改善、精度管理)」ではなく「Revolution(改革)」を目指したお話の内容で、わたしの話のポイントも、まさに「EvolutionからRevolutionへ」に置きましたので、今回の浜松オンコロジーフォーラムは、本物の心得がテーマとなり、背骨がピンと一本通った構成となったと思います。しかし、会も16回ともなると、利他の精神を忘れ、利己に走り、準備や当日の運営にも油断、マンネリ、集中力の欠落、甘え、自己中心主義からくるほころびが出てしまい、演者の方々、ご参加いただいた皆さんには大変ご迷惑をお掛けしてしまい、この場を借りて反省の意と改善の決意をお伝えしたいと思います。次回は、10月24日(土曜日)開催を予定しております。遠方からのご参加もお待ちしております。
St.Gallen2015の印象
ザンクトガレン2015では、何かが大きくかわった、ということはありませんが、ざっくりとまとめるとだいたいこんな感じでしょうか。各領域で蓄積されたエビデンスが「ready for prime time」つまり、日常診療に着実に反映される準備ができました、という感じを強く受けました。しかし、一方で、「アナトミーからバイオロジーへ」という基本潮流は強く、確実に流れ続いており、やがて、近いうちに起きるであろう大きな変革が見えてきている、とも言えるでしょう。免疫染色でホルモン受容体、HER2タンパク、Ki67を評価するという(セピア色の)20世紀のプラクティスは、まだ当面、続けなくては行けませんが、すでに遺伝子関連検査が出来上がっており、舞台の袖で出番を待っています。と言うよりは、先進国・地域では、オンコタイプDXにしてもPAM50(プロシグナ)にしても、マンマプリント、エンドプレディクトなどの予後、予測検査やBRCA遺伝子変異検査などは、当たり前のように臨床で使用されており、セピア色の検査は影を潜め、驚くほどに、遺伝子診断に移行しており、日常診療に導入されています。一方、日本を含めた後進国では依然として20世紀あるいはセピア色のプラクティスを守らなければいけないという現状に、今回も、持って行きようのない怒りとも、不満とも、諦めとも、満たされない思いをしたのは私だけでしょうか。Dan Hayesなどは当然、先進国民ですし、バイオマーカー評価の第一人者ですから、「Ki67などという、analytical validityすら確立されていない検査は臨床の現場から消え去るべきだ」ぐらいのことを言います。また、PAM50などの遺伝子発現を見る検査を導入するのが当然であろう、と主張する若手専門家も多くいます。それはその通りですが、私達のような後進国の国民は、そこまでは割りきれません。なので、昭和の時代の検査のチューンアップで我慢しなくてはいけないのです。
(1) 昭和の時代の遺産を磨く努力
ki67はanalytical validityが成り立たないという限界を踏まえて対応する必要があります。ですから「低いと高いを一つのカットオフ値で識別するような努力はやめたほうがいい」ということです。そのかわり「明らかな低値は◯◯以下、明らかな高値は△△以上」として、「◯◯と△△の間を未決定ゾーンあるいは中間ゾーン」とする。そして、luminal AとBの区別のためには、Ki67値が未決定ゾーンの場合には、PgRの値などを考慮しで決める、ということでどうでしょうか。これは、イタリアの病理医師、Vialeの提案です。今回、そうなるかもしれません。
(2)世界の標準をとにかく導入するには・・・
遺伝子検査については、早く、当事者がアクションを起こさないとこの窒息状態は解消されません。PAM50をするにはnCounterの導入が第一歩、そしてQC/QAをしっかりやって、Nanostringsの定める基準を満たし認証されればよいのです。nCounterは、二年前は3億円とか言っていましたが、一昨日聞いたところでは3千万円に下がっていました。お父さんの病院を継承するQPくんは、遺伝子研究を続けていたので素養があり、今は仕事していない奥さんは臨床検査技師だっていうし、是非、継承するQP病院にQP電子研究所をつくってnCounatertとProsignaを導入し、全国のPAM50検査を一手に引き受けたらどう、と発破を書けておきました。
(3)「ready for prime time」のプラクティスははやく導入しよう
1.断端タッチオンインク
温存術のマージンは、タッチオンインクがほとんどのパネリストに支持されました。日本でも、その動向は変わらず、断端陰性の判断はマージン5mmなんて言っている連中は、有明にもいなくなりました。かつての一派がすこし言っているのは聞こえて来ますけどね
2 照射は寡分割照射が標準だ
私の住む地域の放射線治療医は寡分割照射に懐疑的です。なので私の住む地域は後進地域認定されます。ああ、情けなや!! しかし、今回、放射線治療のセッションでは、壇上の放射線治療医たちは、エビデンスを提示し、寡分割照射は標準!!と言い切っており、votingでも、それが指示されました。ただ、残念だったことは、放射線治療のセッションが始まると、多くの日本人外科医は、会場を後にして観光に出かけてしまったことでした。
3. 術前薬物療法が標準と考えてよいぞ
細胞毒性抗がん剤の術前化学療法は、市民権を得て、ready for prime timeといえるでしょう。GBG(German Breast Group)の功績は多大であり、Gunter von Minchwitzのリーダーシップには改めて感服します。pCRの意義がどうだこうだということは、ある程度整理がつき、これはこう、あれはどう、となったので、その辺り、いつまでつべこべ言っていても始まらない。
4. 術前ホルモン療法
術前ホルモン療法も、閉経後では、明らかなるLuminal Aには完全に標準で、その期間にはついては、前回までの「最大効果まで」から、「8ヶ月前後」にちょっと後退したが、手術をしたって、どうせ、ホルモンは合計で5年とか10年は使用するのだし、微小転移が起きているとすれば、それは、しこり診断以前の話だし、局所コントロ―ルが必要というのなら、局所の状態を慎重にフォローすればいいのだし、Mesenchymal-Epithelial Transitionとか言うのならその証拠が出れば信じるし、原発巣と全身と転移巣をシャトルバスのようにがん細胞が巡回する、というのなら、その巡回経路を遮断する意味でも、全身薬物療法が重要ということになるので、手術の意義について、もう少し、真剣に考えてみるのがよいでしょう。閉経前でも術前ホルモン療法は、術後で検証された、LHRHアゴニスト+よいAIをするのが、標準とまでは行かないけれども、通常使用することを積極的に考えてよいような風潮です。
5.術前化学療法
術前抗HER2療法は、すでに標準となっているので、あとは、使用する薬剤のの選抜をどうするか、ということになるだけです。ザンクトガレンでは薬価の問題は話題に出ません。国によって異なるでしょうし、保険の仕組みも様々であるし、豊かな国、貧しい国の差が大きいので共通の舞台では論じにくいのです。一つ言えることは、高価に応じた薬価という考え方を導入しないと行けません。スズキアルトに1500万円出す人はいない、カイエンターボならば出すよ、それと同じことです。
6.トリプルネガティブは、どうやら7つの病型分類が定着したと考えて良さそうです。それに基いて、治療が細分化される方向で検討が進んでいます。
もうすぐSt.Gallen2015
3月中旬にはSt.Gallen 2015が開催されます。パネリスト間でのスライドチェックも終わり、あと2週間でもう一度、予習をします。今回は内容的には大きな変更はないと思いますが、遺伝子発現に基づく予後推測、治療効果予測が世界では一般化しているのですが、日本では行政の切れ味が悪いため、なかなか承認に至らず、2年前と同じように「日本ではここに上がっているオンコタイプもマンマプリントもプロシグナもエンドプレディクトも、ガバメントがアプルーブしていません」と発言しなくてはなりません。そうすると周囲のパネリストから「オー、リアリー!?」と、驚きの声があがることになります。パネリストとしてはとってもはずかしいのですが、ジャパニーズガバメントが悪いのか、話をもっていく企業が悪いのか、後方から支援している医学専門家の不手際なのか・・・。
St.Gallenのあとは、国内でいろいろな先生がたに呼んでいただいて、内輪話をも交えて、日本の近未来を語る会があちこちで開催されます。これは、毎回、いつもとても楽しい会になり、討議、討論も盛んです。いつの、どこでだったか、にしやませんせいというかたが、「タモキシフェンが復活したり、わけがわかりません。そんなでたらめな専門家ってあるんでしょうか?」と、厳しいご指摘を頂きました。たしかに、2002年にアリミデックスがタモキシフェンに買った!! というランセット論文から、タモキシフェンの時代はおわり、すべてアロマターゼ阻害剤だぜ、となりました。その後、フェマーラも、アロマシンも、同じくアロマターゼ阻害剤はどれもこれも素晴らしい!!という論調になりました。しかし、日々の診療で、関節痛とか、骨粗鬆症骨折とか、体の冷え冷えを訴えをアロマターゼ阻害剤内服している患者から頻繁に聞くようになると、結構副作用強いな―、使いにくいなー、でもエビデンスではタモキシフェンよりいいって言うし・・・と思っているうちに、関節痛などの副作用の出る人のほうがよく聞く、なーんていうことをジャックキュージックが言い始めて、ああそうなのか、と患者さんに我慢して続けようね、よく聞いているっていうことだから、と言って続けるも、その後のデータで、タモキシフェンに戻してもいい、とかCYP2D6 遺伝 子タイプによっては効くかも知れない、とか、そもそもタモキシフェンとアロマターゼ阻害剤の効果の差の大きさは僅かなものじゃないの!? 5000症例とか9000症例の比較で有意差になるけど生存曲線みても肉眼では1本に見えるような差程度じゃあね・・ということも浸透してきて、タモキシフェン復活という話になり、世界のコンセンサスがより戻されたというわけでした。その辺りの微妙な経験知の蓄積を、にしやまくん、今ではわかってくれるかなー、ことしも熊本行くけど。
外科医がなんでもやりたがる時代
かつては外科医は手術を中心に何でもやらなければならない時代だった。外科学の発祥から現代まで、進歩につれて多くの学問を作り上げてきた。手術に伴う麻酔学や、無菌操作のための感染症学や、診断のための病理学などなど、である。移行期には外科医が麻酔をかけていたが、麻酔学、麻酔科が暖簾分け、分家独立して外科医がかける麻酔は「自家麻酔」と呼ばれるようになり禁止されるに至った。だから、麻酔学会の期間中は、手術ができなくなり患者さんは待たされる。学問の進歩とはこんなものなのだ。病理診断然りである。移行期には外科医が自分たちで病理診断を行っていた。病理学講座というのが大学にはできたが大学の病理医は数も少なく実験病理が本業で外科病理には興味がないという時代が長く続き、そのため、大学の外科学教室には自前で病理診断を勉強する外科医が育ち、病理学講座にはお世話にならなくてもうちで診断できるから、という時代が長く続いた。草野球で打順の回ってこない人が審判をするようなもので、客観性にかける、お手盛りである、ということで、次第に病理診断医のアルバイトとして「外注診断」が行われるようになってきた。質が保たれているかどうかは怪しいところだが客観性は保たれ草野球よりはマシである。これも学問の進歩である。感染症学、無菌操作などは、外科医が目くじらをたてて、手術前の手洗い道を若手に徹底的に教え伝承されてきた。しかし、感染症学が分家して専門的に検討してみると、古来よりの手洗い方法は無意味、不要ということになってしまった。今や、手術前の手洗い道は伝統芸能と化しているが、脱皮できない外科医が今でも伝統芸能を手洗い場で披露しているので見学希望のかたは手術場の看護師にお尋ねください。学問の進歩とはこんなものだ。昨日、第11回中部乳癌会議が開催され、例年通りの白熱したディベートと、昨年から取り入れた、ディベート対称となるような「uncertain」「グレーゾーン」「イクイボカル」「イクイポイズ」「イクイクミコ」の成り立つような臨床問題(クリニカルクエスチョン)について、臨床試験のコンセプト立案というセッションは実に内容の濃いものであった。岩田先生も私も半生を傾けたといえるぐらい、長い期間、臨床試験に関わってきたし、新しくファカルティメンバーに加わった安藤正志先生は近代臨床試験学の祖といえるぐらい、プリンシパル、ストラテジー、タクティクスを心得ているので、彼のコメントは鋭く、この討議は実に充実し、そのうちここで生まれた臨床試験も多数走りだすだろう。さて、初日には、津川浩一郎先生に、「若手に送る言葉」を1時間語ってもらった。特に乳腺専門医については、私とは多くの乳腺外科医との間に意見の相違があるので、津川先生の話には、全く賛成できないような内容ではあった。しかし、津川先生の取り組み、20世紀型のなんでもやりたがる乳腺外科医の現状を手際よく、印象的に、美しく語ってくれた。津川先生の優しくおおらかな人柄も感じることができた。乳腺専門医として、乳腺外科医が検診、画像診断、病理診断、薬物療法、手術、遺伝子診断、緩和医療などなど、全てをやりたがる20世紀の話は、21世紀を生きていこうとする若手にはどのように受け止められたのだろうか? 学問の進歩は、細分化と統合の繰り返しだから22世紀には再び統合されるようなことがあるのか? 病理診断やサブタイプ分類などは、簡便なリトマス試験紙みたいのができていて、ぺろっと舐めると即座に答えがでるような時代になるのだろうか? 時代の進歩の方向や速度を見誤らないようにしよう、というのが若者へ伝えるべきメッセージである。中部乳癌会議ではもう一つ面白い話を聞いた。三重県では東京で標準となっている治療が県庁所在地の津に伝わるのに10年かかり、そこから県境の市町村に伝わるのに20年、計30年かかると言うのだ。辺境地域ではいまでも「Bt+Ax(乳房切除と腋窩郭清)で薬物療法なし」が乳癌の標準治療なのです、という話には説得力があった。もう一人、世の中を知り、洞察力のある三重県からの参加者は、三重大学ももっと頑張ります!!という力強い宣言も聞かれた。大府乳癌会議は今年も有意義な二日間であった。来年は山内英子先生をお迎えする。帰りは恒例の清水家うなぎ祭で締めくくった(文責:おんころぷりんちゃん)。
制度矛盾の院外調剤
チーム医療を重視する方向はオンコロジーだけに限ったことではないでしょう。オンコロジーではとりわけ医師、薬剤師、看護師など、異なったプロフェンションの協調は不可欠であり、チームとしての協力が前提として診療が成り立っています。がん薬物療法を専門とする腫瘍内科学が日本でも2000年前後から急速に発展しており、がん治療において内服薬剤の占める比率も急速に増大している昨今、チーム医療を分断するような「院外調剤」は全く時代にそぐわないものと実感されます。今日の朝日新聞にも、福太郎だけでなく、HACドラックも、そして、芋づる式にその他の調剤薬局でも、薬剤調剤歴の記載漏れと不正請求が行われている、という記事が一面に掲載されていました。その実態はあまりにも広範囲に及んでいるため、厚生労働省も本腰を入れた捜査はあきらめている、とも書かれていました。監督官庁である厚生労働省が実態調査に匙をなげてしまった、ということは、薬剤調剤履歴の記載を怠っている調剤薬局が大多数ということなのでしょう。つまり、薬剤調剤履歴を記録すること自体無意味なことと認識されているということなのだと思います。ではなぜ、調剤薬局薬剤師は、薬剤調剤履歴記載をこうまで怠っているのかを探ってみると、そこに、院外調剤という制度自体の矛盾、無理があるのです。履歴を記録出来るだけの情報がない、履歴を記録する必要性がない、履歴を記録できるほど患者は継続して調剤を依頼しない、薬剤師に記録をするだけの能力がない・・・。調剤薬局の薬剤師一人が一日あたり扱う処方箋は40枚以下とされていますから、その程度の業務量なら、時間がないということはないと思います。そもそも、保険医(つまり、保険診療を行うことが許可されている医師)が守るべき法律として「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(通称「りょうたんきそく」)があります。この第二条の五には(特定の保険薬局への誘導の禁止)が以下のように規定されています。「当該保険医療機関において健康保険の診療に従事している保険医(以下「保険医」という。)の行う処方せんの交付に関し、患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行つてはならない。」つまり、患者には「どうぞお好きな薬局でお薬を買って下さいね。」と言わなくてはならないということです。患者に「◯◯2丁目の越後屋薬局は抗がん剤のことをよく勉強している薬剤師がいるからおすすめですよ」とか言ってはいけないのです。ということは、患者は自由に、今日はA薬局、次はB薬局、コーヒーがただだから来月はC薬局にしようと、かならずしも、決まった薬局に通い続けるわけではないのです。すると、調剤薬局側から見ると同じ患者が続けて来ないのだから「履歴記録」というものが意味を成さないことになります。なぜ、特定の保険薬局への誘導が禁止されているのかというと「患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として、保険薬局から金品その他の財産上の利益を収受するから」というのが理由です。「宮悪クリニック様、なにとぞ、私共に処方箋をお申し付け下さい。つまらないものですが、これでひとつwin-winということで・・」、「おっ? そうか、越後屋、お前も悪よのー」の性悪説に基づいて、へんなところで規制をしているので、形ばかりの「履歴をつけなさい指示」は、そもそも制度的に無理があるのです。わけあって厚労省は長年、院内調剤を廃止して院外調剤へ移行するように不自然な行政誘導を続けてきました。その結果が、今回のような履歴未記載問題が露呈したのです。というか、あまりに、調剤薬局が花盛りになってしまったので、これもけしからんと、どうにか、懲らしめる名目はないものかと、探した結果、よし、これで締め上げよう、ということになったようになったのではないでしょうか? 次回の診療報酬改訂で、調剤薬局の点数を大幅に削るための口実として行政とマスコミが協力して雰囲気作りをしているように思えてなりません。
ついに ロックオン調剤薬局
がん治療では、点滴抗がん剤副作用(吐き気、感染症など)の予防・緩和のための飲み薬、飲み薬の形の抗がん剤、そして今後主流となる分子標的薬剤が、「院外処方」により、「調剤薬局」で処方される。この「院外薬局」については、降圧剤、高脂血症治療薬、胃薬、便秘薬、風邪薬などの、特に問題のない薬が主たる対象となってきたが、ここに、がん治療につかわれる前記の薬剤も加わるようになって、様々な混乱が生じている。吐き気どめ、浮腫予防などに使用するステロイド剤、通常よりも短期間に多い量が使用されるが、これに対して不勉強な調剤薬局薬剤師が「こんな量を使うなんてとんでもない!」と患者に言ったため混乱した話、内服抗がん剤ティーエスワンが男性患者に処方されたが、奥さんが調剤薬局に薬を買いに行って、本人と勘違いして、病名も確認せず、腎機能も確認せず、処方されたけど、トンチンカンな説明で混乱した話・・・。なので、がん治療においては、内服薬の院外調剤は不適切だと思っている。昨日、多地点看護カンファレンスで提示された症例でも、患者が正しく服薬できなかった原因の一端は、院外調剤薬局にあったと考えられるような事例であった。浜松地区でも、薬剤師が「薬ー薬連携」といって、病院薬剤師と調剤薬局薬剤師との連携で、がん治療薬を適切に処方使用という努力がさんざん行われたが、私は、この活動を横でみていて、「電子カルテを共有して、国民背番号(マイナンバー)導入されて、患者情報が共有されない限り、現行の『処方箋一枚からの謎解き処方』は限界がある」と思ってる。しかも、患者は、不便を強いられ、高い医療費を負担しなくてはならない。一昨年のことだったか、「調剤薬局花盛り」というコラムが朝日新聞に載っていた。「塾や、昔からの商店が閉じたあと、あちこちに調剤薬局がオープンし、しかも、長者番付の上位に名を連ねている」という内容で、まえまえから噂されていたように、そろそろ調剤薬局冬の時代か!と思っていた。今日の朝日新聞、「くすりの福太郎」が、薬のカルテを全く記載していなかった、けしからん!!ということで一面に載っている。「◯◯さんに、いつ、どんな状況で、どんな薬を調剤した」という記録を薬のカルテと呼び、その記載が義務付けられているのに福太郎ではそれをしていなかった、というもの。そうはいっても、どんな診断で、どんな臓器機能(腎臓が悪い? 肝臓は?)かもわからず、しかも家族が取りに来れば、肥満か、痩せかも把握できない状況では、記録なんて、形ばかりのもので、その必要性も感じないのだから、記載もれ、となっても不思議ではない。そもそも、薬剤師は6年間の高等教育をうけて、国家資格を得、それで、調剤薬局で、薬のピッキング程度のことしかしないのでは、なんのための教育か? と首をかしげる。そもそも調剤薬局ができたのは、診療所などで医師がいい加減に薬剤を出していた、副作用にも注意を払わず、仕入れ価格も不明確、この状況を当たらめねば、という表向きの理由で院外調剤という仕組みが30年ぐらいまえに導入された。しかし、今回のロックオン、この流れを変えることになるだろう。今こそ、「診療所に薬剤師を配置すべき」、診療所内での、医師、看護師、薬剤師のチーム医療で、多職種相チェック(監視)の体制を整えるのが正しい医療の方向であろう。
予防すべき時に予防
インフルエンザA型(香港)が流行っているとマスコミが大騒ぎ。近隣の病院でも、学校でもインフルエンザ患者が急増している。もともと重症化して大パニックになったこともある香港型だから、その流行を予測して、今年使用されているワクチンは、この型にはあっているけど、それでも、重症化する可能性は高いと知られていた。しかし、11月から12月にワクチン接種を勧める話はマスコミではまったく取り上げなかった。だから、テレビでも言っていませんから、今年はワクチンは打ちません、という人は多かった。ワクチンを接種しても効果がない、ということではないのに、予防医学の考え方が浸透していないようだ。朝のワイドショーなども、騒ぎを派手に報道して、視聴率を上げることがプライマリーエンドポイント、公衆衛生学的観点から、備えてワクチンを打ってください、というような、教訓めいた話題を提供しても、すぐにチャンネルを変えられてしまうから、結局、大変だ! 大変だ!という論調で、視聴者の恐怖心を煽る手法を取らざるをえない。これは、映画でも、テレビ番組でも、「評判になったら観る」という安易な行動決定パターンをとる人が、マスコミによる操作で定着してしまっている。予防は、発症前の対策なので、ピンとこないことが多いのだが、がんに関して言えば、肺がんにならないようにタバコはやめよう、胃がんにならないようにピロリ菌を除去しよう、乳がんにならないようにアルコールは控えよう、子宮頸がんにならないように「姦淫」はやめよう、いずれも重要な予防医学である。恐怖心や、虚栄心が刺激されなくても、科学的な報道に基づいて、理性的に正しい行動をとれるような、成熟した社会は程遠い。
三つの定年
年賀状を受け取ると1年ぶりの消息が伝わってきます。ご家族から喪中の連絡を頂く事もあれば、定年を迎えます、体調不良です、元気です、など様々な人生に、しかも昔からよく知った人の歩みに触れ、いろいろなことを考える年始であります。勤務者は60歳前後で社会的定年を迎えます。55歳から65歳の範囲に社会的定年が設定されているのはご存知のとおりで、大学、会社、病院、お役所など、それぞれに意味があって社会的定年が決まっていますが、肩たたきとか、出向とか、いろいろな仕組みで、能力、人脈力に合わせた社会的定年調整も行われますね。これが第一の定年です。第三は、人生の定年で要するにこの世を去るときです。その先がどうなっているかはこの世にいる間は憶測の域をでませんが、輪廻とか、神の国とか、千の風とか、宗教や文化により、いろいろな可能性があるらしい。第一の定年は、所属している組織、社会が決める事、また、第三の定年は、神様なりがきめること、いずれも自分で決める事は、ふつうはできません。問題は第二の定年です。そろそろ、好きな旅行を、長年無理をかけた女房といっしょに楽しみます、という感じで、第二の定年を自らが前向きに決定するという便りも多くあります。が、年賀状の中に、まだまだ現役で頑張ります!!(80歳代の医師)、とか、第一の定年のあと、第二、第二の職業を「卒業」し、第三の職業につきます、といって、検診関係の仕事に従事しますという70歳代後半の医師からの便りもありました。第二の定年を物ともせず、それを突破している方々に対しては、お元気でいいですね、という反応が当たり障りがないものでしょうけど、第二の定年は、自分から言い出さないと他人は決めてくれません。あちこちで、90歳に達するような、時には100歳を超えたような「妖怪人間」がいつまでも「理事長」とか「会長」とか現役で「頑張っている」。頑張らなくてもいいのに頑張っている。通常、加齢とともに脳の力は衰えます。全くお変わりなく、なんていうことはありえません。そう、見えるだけです。私の父も近くで見ていた私には85歳を過ぎたあたりから、判断がずれてきたのがわかりました。しかし、父を知る人々は、おおせんせいは90すぎてもお元気で、頭もしっかりしていらっしゃいましたね・・、と、思い出話で語ります。私もそうなるように頑張ります、と社交辞令で答えますが、それはしないほうがいい、と思います。第二の定年を決めるのは自分ですから、晩節を汚さぬうちに、身を引き、後進に道を譲る。いつまでもしがみつかない。『「老兵は役を終えても舞台を去らぬ」と言いますが、だれも仕事をしようとしている人を追い出したり、そういう人に対して冷たい態度を取ろうとは思わない。場違いに話の長い人に「もうお時間です!」とかも、いいにくい』んだって。自らをよく吟味して第二の定年の時を決めよっと、と思います、年頭のご挨拶とさせていただきます。
医師の本分
我ながらいいこと言ってるね(自我自賛の落とし穴)
医師は患者を診るのが仕事である。臨床力「Clinical Expertise」とは、知恵と知識と経験とたゆまぬ努力によって熟成される能力で、それには、診断力、治療力、コミュニケーション力、洞察力、情報処理力、忍耐力、判断力、指導力など、様々な成分が含まれる。臨床力は、一朝一夕に身につくものではないが、単に長期間、臨床に携わっていればよいというものではない。患者を診ることと、患者を対象とした臨床研究を行うことは車の両輪、コインの裏表と言うような感じで、両方の能力と活動を併せ持っていくのが望ましいかな、と常々思っている。先日、メディアセミナーで大野善三さんから、「渡辺先生は、立場が変わる度に、新しい問題点を見出して取り組んでいますね。先生の話が面白いのは、常に、現場を持っていることなんだなと思いますね。」と言われた、大野さんは、医学ジャーナリスト協会の重鎮で、NHKにいらっしゃった1990年代前半から取材を受けたり、メディアセミナーで講演を聞いてもらったりと、年に数回だがお目にかかる機会がある。西條先生とはしばらくご無沙汰していたが、先日、日経新聞の座談会でお目にかかった、「いかがですか、先生」と聞いたら、「暇や、暇やから、勉強ばっかりしとる。」と。確かに、分子標的薬剤の最新情報の詳細まで、よくご存じだが、今一つ、話に迫力がない。ご本人もおっしゃっていたが「知識は吸収できるが、現場に携わっていないから、頭でっかちや。」ということだ。昨日、引退牧師と話をする機会があった。彼は、信州の方の教会で長年、牧師をしており、その時に入院、手術を経験した。内科医として担当したのが、有名な○田實先生だという。手術前に、「頑張ってください」、といわれたそうだが、牧師先生は、「私は、全身麻酔をかけられて、いわば、冷凍マグロのようなもの。何を頑張れというのですか?」と思わず聞いてしまったそうだ。また、「彼は、最近、有名医になって、頑張らない人生、なんて言っているが、冷凍マグロの私に頑張ってくれ、といった同じ人間とは思えないな。」と。また、面白いことをおっしゃった。「有名医だけど、彼は全然、名医じゃあないよ。名医になってから有名医になるのが筋だけど、先に有名医になっちゃったものだから、講演とかで忙しくて、名医になりきれないんだな。」 これは、まさに、他山の石とすべき指摘である。この1カ月ぐらいで出あった、大野さんも西條先生も引退牧師先生も、人生の先達は、大切なところをきちんと評価しているな、と感心した。やはり、本分をわきまえ、それに情熱を持って取り組むこと、まさに、MISSIONを心得て! PASSIONをもって臨み、HIGH TENSIONで取り組むことが大事であると理解した。本分をないがしろにしては足元すくわれるぞ、ということは常に、あんきもに銘じておくよ。
