新年から始めた事


昨年9月、施設内情報共有システムとしてsmall buisiness server, SharePointを導入した。年末になってようやくいろいろな不具合がどうにか解消され、自前のメールサーバー、hhttpサーバーなどが稼働しはじめた。これでNPO法人がん情報局の情報発信機能もさらに向上することだろう。さて昨年の反省「勉強がたりない! いっかーん」に基づき新年からジャーナル倶楽部とイチモク会を始めた。ジャーナル倶楽部は中身の濃い抄読会をめざす。今までありとあらゆる抄読会を経験してきた。一番印象深かったのは、米国留学中に参加した、EGFの発見者であるスタンレーコーエン博士(ヴァンダービルト大学、1987年ノーベル賞受賞)のラボで開催していたジャーナルクラブである。スタンレーコーエンが解説する論文の徹底的読みこなしで、論文ってのはこうやって読むんだ、目からうろこどころではない、深い読み方を学び、その後10年、EBMの学びにつながったのだ。形だけさらさらと読んだことにする抄読会もあれば、負担が大きすぎて長続きしないものもあった。そこで時間、進捗にとらわれず、徹底的な理解を目指した抄読会というのをやりたいとおもった。今回の論文に関連して読んだ「小さなちいさなクローディン発見物語(月田承一郎著、羊土社)」は感動のサイエンスドキュメンタリーである。今年の推薦図書一号です。それと「イチモク会」は、第一木曜日に行うマンモグラフィ読影会。この業界では誰もが一目置く吉田雅行先生をお迎えしてのマンモグラフィ徹底的勉強会だ。単なる影絵を解釈するような、そんじょそこらのありきたりの読影会とはわけが違うんでい。読影の専門家と治療の専門家のコラボなのだ、当然、画像をみて治療のリコメンデーションまで決めてしまうのだから多少の無理は承知のうえ、画像からERは陽性でしょう、ということまで言い切ってしまう。他施設からの参加もウェルカム、カムカム。社保検から参加した技師さんからのメールでは「楽しかった」とのこと。ほんとうは「勉強になった」という感想が望ましいのだが。というわけで2010年第1週も躍動の中で終了した。明日は釣竿、電動リールなどを買いにいりべといくべ。

暮れゆく2009年


サンアントニオから帰ってからの12月の日々はあっという間に過ぎ行き、昨日で浜松オンコロジーセンターも仕事納めでした。世の中の不況の波は医療機関にも及びましたが浜松ではホンダ、スズキ、ヤマハなど、輸出製造業の下請けがとりわけ深刻な経営危機に陥り、これ以上ホルモン療法は続けられない、通院できない、抗がん剤治療は無理、という患者さんも少なくなく当院の医療収益は今年も全然好転しませんでした。そもそも10年間も保険診療点数が減り続ける反面、医療機関には医療安全、説明責任、法令順守、チーム医療、包括医療、入院期間短縮・・など、医療の質の限りない向上が求めれれ続け、わけのわからない医療機能評価をうけることが、なぜか義務のようになっていて、そのために数カ月間の準備と数百万円と支出が科せられるなど、誰も文句を言えないままに一生懸命に取り組んでいるうちに医療体制も医療者の心も崩壊し、医療不信による社会不安が足首から膝のあたりまで押し寄せてきているように感じます。医療機関として取り組まなければいけないことは明らかであり、医療は基本的に社会活動であるので自分の都合を優先させてはいけないことも当然なのですが、どうも、自分の都合だけで動いている人々が目に付いたのも、このような世知辛いご時世を反映しているのでしょうか。「ミッション・パッション・ハイテンション」は、斎藤孝氏の受け売りですが、医療者として自分に与えられたミッションは何か、をよく考えることが大切だということを改めて思います。個人の人生を優先するか、医師として与えられた、あるいは求めれるミッションを優先させるか、これらを両立させることができればいいのでしょうけど、なかなかそうはうまくいきません。しかし私は「医師として果たすべきミッションを優先させることに自らの生きがいを感じ、それが結果として個人の人生の充実に帰結する。」というのが、納得のいく答えだと思います。そのことを家族も理解してくれないといけない、というか、そのことを同じ目線で理解してくれるようなひとと結婚しなくってはいけないということなんでしょう、大切なことは。ミッションが理解できていれば、そこからは割と簡単で、ミッション達成のためにパッション(情熱)を持てばいいのですが、ミッションが何かをわかっていない人があまりに多いのが問題です。パッションを持っていれば、医療の現場では、対同僚でも、対患者でも、ハイテンションで接するほうがよいのですが、何を考えているかわからないようなひとや、じとっと陰気なひともいて、医療の道を選んだのが間違いだったんじゃないの? と感じるような場面もよくあります。人生はなかなか目論見通りにはいきませんが、その時、その時を「ミッション・パッション・ハイテンション」で切り開いていけば、結果的に、思った通りのの人生だった、と、感じることができるのではないでしょうか。2009年は、めまぐるしく過ぎて行きましたが、2010年は一体、どんな年になるのか、先行き不透明ではありますが「ミッション・パッション・ハイテンション」の微分と積分で乗り切っていこう、と思います。

旗色悪し分子標的薬(アバスチンの巻)


分子標的薬剤として、期待されているビバシズマブ、ソラフェニブ、スニチニブ、モテサニブと、乳癌でも検討がすすんでいるが、いずれも旗色がわるい、という発表が相次いだ。ビバシズマブは血管新生促進物質であるVGEFに対するモノクローナル抗体である。日本では大腸癌と肺癌で承認されており次は乳癌だぞ!、と期待だけはやけに大きい。理屈通りの効果が現れて感劇を覚える人は多い。乳癌でも承認が激しく待たれるという雰囲気を虫害山蛾あたりは醸し出しているが続々発表されるデータにスティーブンボーゲルでなくても首をかしげてしまう。
AVADO試験はイギリスのマイルズが発表した。転移性乳癌で初回治療として、ドセタキセル単独 vs. ドセタキセル+アバスチン体重当たり7.5mg vs. ドセタキセル+アバスチン体重当たり15mg の盲検化ランダム化比較試験。この結果、生存期間に全く差がなかったという結果であった。大山鳴動してネズミ一匹、という感じでちょっとがっかりだ。
 
RIBBON-2試験はアメリカのブラフスキーが発表した。転移性乳癌の2次初回治療として、抗がん剤単独 vs. 抗がん剤+アバスチン体重当たり5mg/週 のランダム化比較試験。抗がん剤は、タキサン(パクリタキセル週1回または3週1回、ドセタキセル、アブラキサンなど)または、ゲムシタビン、カペシタビン、ナベルビンなどOK。この結果、生存期間に全く差がなかったという結果であった。これもがっかり系結果だ。アバスチンは、この2本のほか、E2100、RIBBON-1試験があるが、いずれも生存期間に差はない、という結果である。いずれの試験も、効果持続期間には有意差あり、ということだが、薬剤としてどのような意味があるのか、ニューヨークでオンコロジークリニックを開業するスティーブンボーゲル先生も、スローンのクリフハディス先生も、生存期間延長効果のない薬剤は、意味がない、ぐらいのことを言う。私も、それに近い意見である。しかもアバスチンはべらぼうに高い。50kgの人だと、250mgを2週間に1回使用、1バイアル100mgなので、3バイアルを月に2回使用することになる。そうすると1バイアル5万円なので、1か月で30万円だ。それで生存期間延長効果がない、ということになると、どうかなあ・・。1バイアル1万円ぐらいならよいかなあ・・・。高いなあ・・・。という感じ。(以下次号)

12月10日(木曜日)サンアントニオ1日目


 

午前中のgeneral session1全体的な感想は、 閉経後のアロマターゼ阻害剤データの焼き直し、再解析のようなものばかりで低調である。拍手もパラパラという感じ。最後の2演題は乳癌術後にアルコール多飲は再発率が高くなる、術後の肥満も再発率が高くなる、というもの。どちらも術後の女性にとっては切ない話だ。

 

   TEAMトライアルの解析結果が発表された。TEAMトライアルはエキセメスタン5年と、タモキシフェン2.75年→エキセメスタン2.25年の途中スイッチの比較。当初は、エキセメスタン5年対タモキシフェン5年を比較する予定だったがATACBIG1-98の結果が出たので途中切り替えに変更となった。10000人近い症例を対象にしたこの試験、日本からも自治医大の穂積康夫先生が頑張って200人ぐらいの症例登録をしたグローバル試験である。それで、大きな期待を寄せたのだが・・・・、OSDFSRFSも、いずれの指標でも「差がない」、という結果だった。がっかり、というのか、なんだったのかというか、なんとなく虚無感が残る。副作用のプロフィールはAITAMのそれぞれの特徴がでているが、新しいことはなにもない。BIG1-98試験では最初2年間TAMだと再発が増えてしまうので、最初の2年はどうかひとつレトロゾールで、ということだったが、TEAMトライアルではそれが再現されていない。どちらが正しいのか? TEAMトライアルの方が症例数が多いが、BIG1-98試験ではダブルブラインドでやっている、と、試験のデザインには一長一短があるが、いずれにしても、TAMAIは、確かに差はあるが、その差は、意外と小さいということなんだと思う。

 

   IESのフォローアップ解析の結果が報告されたが、目新しいこことは何もなかった。

 

   MA17試験の閉経前症例だけについての検討。MA17試験は5187症例を対象に TAM5年の後でランダム化割り付けして、レトロゾールを5年内服する群とプラセボを5年内服する群の比較で、レトロゾールを追加した方が再発率が低下する(ハザード比0.61)という結果だった。この試験は、TAM内服開始の時点では、まだ試験の対象ではなく閉経前でも閉経後でも、とにかくタモキシフェンを飲み始めて、5年の間に閉経すれば試験の対象となる。TAM内服開始時に閉経前だった889症例を対象にサブセット解析をしたのが今回の報告。結果は、ハザード比0.2595%信頼区間0.12-0.51)と、大きな効果が得られた、というものである。内分泌学的にどんな意味付けができるのだろうか、と考えてみたが、ちょっとわからない。やはりサブセット解析だし、症例数もそれほど多くないので、この結果は、この結果として記憶にとどめておいて、おもちかえりメッセージは「タモキシフェン飲み始めのころは閉経前の患者でも5年飲んで閉経したような場合、AIを追加してもいいみたいよ。」ということでどうだろうか。

 

   MA27試験の対象患者で、関節痛などの副作用の強い患者は、とくに効果がよいということはなかった、というのが次の発表。これは、ATACトライアル参加症例について、統計家のJack Cuzickが、「関節痛、ホットフラッシュなどの副作用が強い患者は再発率が低い。」という結果をLancetに報告したものだから、副作用に苦しむ患者は、「がまんしなさい。薬が良く効く証拠だから。」と、治療継続を主治医から勧められるという根拠となっている。今回の発表の結論も、臨床医は、患者に治療の話をする際に、副作用がでるのはいいことだ、みたいなことは言わないように、というもの。

 

   同じくMA27試験で関節痛がでた患者、出なかった患者で、なにか遺伝子に差はないか、ということで、SNPs(単一ヌクレオチド多型:遺伝子の塩基ATGCの並びのなかで、どこか一個が別の塩基に置き換わっていること)を調べたところ、14番目の染色体に4か所のSNPsが見つかったというもの。そのうちの一つは、TCL1Aと呼ばれるもので、T cellの働きの制御に関係しているらしい。また、別のSNPsは、エストロゲン受容体の機能に関係しているものが見つかった。場所がきまれば、SNPsの検査は、数百円でできるような臨床検査になる。そうなれば、副作用の出やすい人、出にくい人、を事前に識別することができるだろう。SNPsも治療で治る人を識別できるぐらい信頼できる検査になればいいとおもう。

 

   次の演題は、BIG1-98試験の解析方法についてのもの。ご存じのように、BIG1-98 は、途中でレトロゾールの方が良く効くという結果が公表されたので、タモキシフェン群に割りつけられた被験者の25%が途中でレトロゾール内服に移った。そのため、ITT解析(言った通りの解析)と、打ち切り解析の2種類の解析方法で、二回目の検討がおこなわれた。しかし、演者は、「最近の試験では、このような変更がおきることが多いので、統計解析もITT解析から新しい解析方法へパラダイムシフトをしないといけない。」ということで、Inverse Probability of censoring weighed analysis(IPCW)という方法が紹介されて、それで解析するとこうなる、という発表。私たち臨床医は、治療をしなかった患者も含めて解析するのはしっくりこないと思いつつも、統計家の先生が、ITTじゃないとだめだ、というから、一生懸命ITTになじんできたのでが、また、わけのわからない解析方法が導入され、それになれろ、というのでしょうか?統計家の声は神の声。ときには神もへんなことを言う、という話だ。

 

   アルコールを飲むと乳癌になる、あるいは、乳癌術後のアルコールを飲む人は再発しやすい、という研究は山のようにある。今回は、どんなアルコールを飲むと、再発がふえるの、死亡率があがるの? どんな人にその影響があるの? という発表。ワイン、ビール、その他の中では、ややワインが悪いらしい。日本酒はどうか、ということはわからないので、当面は、日本酒を飲みましょう、という結論ではありません。

 

   肥満の人は、乳癌再発率が高い、というのが、次の演題。BMIBody Mass Index)が30以上のひとは25以下の人に比べて、再発のリスクは1.6倍だそうです。すると、アルコールをやめて、体重を減らす方が、アロマターゼ阻害剤を内服するよりも再発抑制効果が高い、ということになる。できるかできないかは別にして、どうでしょうか、少し頑張ってみますか。

 

 

午後 general session2

午後245分からのこのセッションは、日本時間で朝の5時ぐらい、しかも、食後なので気づくと眠りに落ちているという危険な時間帯だ。隣にいるホズミンも今のところ、覚醒しているようだ。さあ、元気出して聞こう!

 

最初の2演題では「ビスフォスフォネートを飲んでいる人は乳癌発症率が低い、という研究結果が発表された。一つは、コホート研究、他はケースコントロール研究である。ハザード比はどちらの研究も0.7ぐらい。昨年発表されたABCSG12試験は、乳癌術後に、ビスフォスフォネート(ゾメタ)を注射する人としない人をランダム化比較したところ、注射した人では乳癌再発率が低い、ということであるが、今回の二つの検討は、ビスフォスフォネートを1年以上内服している女性は、乳癌になりにくいという結果である。ABCSG12と同列に考えていいような気もするが、ちょっと違う話のような気もする。違うというのはこういうことだ。今回の発表では、「骨粗鬆症があるのでビスフォスフォネートをのんでいた」ような人は、骨粗鬆症がない人に比べて、やや、体格もかきゃしゃだろうし、痩せているだろうし、アルコールもそんなにがんがん飲まないだろうし、もともと、乳癌発症リスクが低い。そのような人が「ビスフォスフォネートを飲んでいる」ということで検討されたのかもしれない。つまり、もともとなりやすい体質という事実と、ビスフォスフォネート内服という事実との交絡の結果とも考えられる。

 

そのあと、ファスロデックスの演題が三つ発表された。この薬剤は、「pure antiestrogen」とよばれ、タモキシフェンと異なり、微妙なエストロゲン作用がなくて、100%抗エストロゲン作用なので、きっと、タモキシフェンよりもすぐれているだろう、ということで、私も国立がんセンターにいたころに、臨床開発(治験)にかなり積極的に関与した。しかし、結局、タモキシフェンとのランダム化比較で効果はタモキシフェンに劣るという結果出た(JCO 2004;22:1605)。ファスロデックスはお尻のほっぺたに月15mlのひまし油にとかした薬を5分ぐらいtかけて力をこめて注射するものだ。患者さんも痛いが打つほうも手がしびれるほど。その時に感じたことは、完成度の低い薬だなあ・・・ということ。そのファスロデックスがよみがえり、アナストロゾールとの併用、投与量の増量などが検討されたが、いずれもしょぼい結果であった。どれぐらいしょぼいかは、アストラゼネカのMRからよくよく話をお聞きになるとよいでしょう。今日はこんなところです。

サンアントニオの季節


12月中旬には毎年サンアントニオ乳癌シンポジウムが開催される。ほぼ毎年参加しているが今年も昨日から始まった。ただでさえ忙しい12月なのに今年は5日に乳癌学会関東地方会がありその翌日の6日は浜松市医師会の休日診療当番があたった。休日当番では小学生や若者のA型インフルエンザ患者が殺到した。しかし薬剤師、看護師、受付事務の手際良いさばきで滞りなくタミフル処方を中心にほとんど完璧とも言える休日診療であったと自画自賛である。それにしてもタミフルの効果はすごいと思う。日曜日に来た患者は火曜日の午前中、あるいは水曜日の午前中にフォローアップ外来で来てもらって小学生などは熱がさめてから二日たっていれば学校にいってよいという登校許可証を書いてあげる。子供たちはたいがいタミフルをのんでその日か翌日には平熱に下がり異常行動もなく、日曜日には真っ赤な顔して重篤感に満ち満ちていたのに、火曜日にはけろけろしてにたにたしている。質問してもくねくねしてお母さんの顔を見てばかりいるのは病気の時も元気な時も変わらない。それで「学校にいきたいかね?」と聞いて「はい」という子には「よし、明日から学校に行こうね。」と許可証を書く。学校に行きたいかと聞いてもくねくねしている子は「じゃあ来週からにするか?」と聞いてお母さんの顔を見ると黙っているので許可証には来週からと書く。オンコロジストのインフルエンザ診療は結構柔軟ですばらしい。で、タミフルの効果はどれぐらいなのかと思ってタミフルの添付文書を読むと、効果のところに「国内において実施されたプラセボを対照とした第III相臨床試験(JV15823)の5日間投与におけるインフルエンザ罹病期間(全ての症状が改善するまでの時間)」として、罹病期間の中央値(95%信頼区間)はプラセボ群が93.3時間(73.2-106.2)に対してタミフル治療群は70.0時間(53.8-85.9)で統計学的に有意差あり[ p=0.0216]、ということになっている。これは、治療しないと症状が消えるのに3.8日かかるのがタミフル飲むと2.9日ということだ。えっ、たった1日の差なの?、たった1日の差なら飲まなくてもいいかと思ってしまうが、あれほど、多くの患者が「タミフル飲んで夕方には熱が下がりました」とかいうのを聞くと、現場の感覚と、データの感覚が乖離(かいり)しているかのように感じる。そこにはセレクションバイアスとかもあるのでしょうけれども、インフルエンザ抗原検出キットが完全と言っていいぐらい普及しているので、タミフル市販前の頃と比べれば、対象症例の選択はよっぽど正確なのかもしれないという推測も成り立つ。これをみて思ったのは、ハーセプチンの使用経験と臨床試験データを見た時の乖離(かいり)感と似ているなということである。1995年から日本で実施したハーセプチンの第I相試験、第II相試験での数十例の治療経験から「この薬はすっげえ効くなあ」と感じていたが、2001年3月15日号のNEJMにでたデニススレイモンのデータではハーセプチンで5か月生存期間延長といいうものだった。一剤を加えることで生存期間の延長が得られた薬剤は近年他に類がなくインパクトは確かに強かった。しかし、当時これをみて、えっ、こんなものかな、とも思った。現場で感じるのと、データとしてまとめた時との印象は結構乖離(かいり)するのだ。それには、いろいろな理由があるだろうが、臨床研究者として治療研究に携わりかつEBMヲタクとしてデータをじとじととみていると、治療薬の効果をいろいろな角度から把握することができるのだ。そのような経験があったればこそ、正しい登校許可証を書ける能力につながるのだなあ、とサンアントニオの予習を終えた明け方、しみじみと思いをめぐらしているのである。それにしても、どうして関東地方会は12月の忙しい時にやるのだろうか。11月とか、少し暇なころにやればいいのに。しかも、世話人と会長がいて、まるで、いつかの自民党みたいに総理ー総裁分離みたいだ。なんでこんなになったのか、ホズミンに今日聞いてみよう。

Ubiquitous Oncology


街角がん診療を掲げて浜松オンコロジーセンターを開設して来年の5月で5年になる。埴岡さんが日経にいた頃に、癌治療学会で会ったときに「先生の診療所が5年続いたら取材に行きますよ」と言っていた。こちらは、ぜひお越しくださいと言える状況だが、彼はマスコミから転出してしまったので、今では~、それ~も~かなわーないーことー。どこでも、いつでも、だれでもがかかることのできるがん専門診療所ということで、Ubiquitous Oncologyという言葉を思いついた。ubiquitous(ユビキタス)とは、日頃は意識しなくても、どこにでも存在して、それのおかげで助かっている人がたくさんいる、というような意味である。なので、意を決して荷物をまとめてホテルを予約して上京して8時間待たされて5分診療というような聖路加的がん診療ではなくって、エプロンしてスリッパはいて受診できるような、朝、抗がん剤の点滴してから会社にいくとか、昼間、お子たちが学校に行っている間に抗がん剤点滴してちょっと休んで夕方にはお子たちが学校から帰ってくるのをおうちで待つ、というような、便利ながん診療、それが、ubiquitous Oncology(どこでもがん診療)、しかも、診療内容は、腫瘍内科的視点から外科医ではちょっとできないようなハイレベルな薬物療法をやるよ、というものだ。あっという間の4年半で、どうにかこうにかニーズにこたえているように思う。ところが、少し前に聞いた話で、「あそこはセレブのいく診療所でしょ。」という評判が立っているというのだ。浜松にセレブなんているのか? とも思うが、浜松オンコロジーセンターの裏には、確かに、セレブの子女の通うバレエスクールがあるので、そこと勘違いしているのだろうか。敷居が高いように受け止められている原因を少し探求してみよう。こちらがめざすところと受け止める側の感じるところの違いを考えてみよう。ところで、最近、見学者が増えてきた。腫瘍内科を志して生き生きと勉強している若い医師が、大学病院の不合理さ、硬直化したシステムに疲れ果て、うんざりして、もっといいところはないだろうか、と見回してみたら、一筋の光明のように浜松で頑張っている先生の姿が見えてきた、と言われたこともあるし、前々から、渡辺先生のような生き方を目指して、自分も着々と準備しているんです、という話もきいた。いいね、いいね、いいね。確かに、大学やがんセンターなどに籍をおく人たちの学会での活躍ぶりは承知しているが、彼らの論点には、現場感覚が欠落していることを強く感じる。また、問題提起はするが、問題解決となると、「それは大変難しいはなしですね~。」といってソリューションを提示しようとしない、というかできない。自分で考え、自分で決定して、自分が行動する、という問題解決様式ができていないのだ。新しいキーワード、Ubiquitous Oncologyをぜひ、広めていきたいと思います。今日はこんなところです。実は今日は、休日診療当番で、朝から、新型インフルエンザの少年少女(見た感じ、セレブではないように感じます)が多数、お見えになっています。

腫瘍内科研修事始め


1982年12月1日は、国立がんセンター病院レジデントとして腫瘍内科研修を開始した日、今から27年前のことである。「忘れえぬ症例」というタイトルで小文を依頼されたので執筆したのだが、今日が記念日ということを思い出したので「腫瘍内科研修事始め」として特別寄稿する。なお、依頼された小文は、年明けに出版される予定。

 

 

「100人の患者を君が診ているとする。99人の患者から感謝されたとしても、もし、残りの一人の患者に十分な対応をせずクレームがつくようなら、99人に対する努力も評価されないことになる。患者の診療では絶対に例外を作ってはいけないのだ。」

「我々が行っている医療というのは基本的にはサービス業なのだから、いくら一生懸命やっていると主張しても、患者に満足されなかったら意味がないのだ。」

「腫瘍内科医は、まず、内科医であることをわすれてはいけないぞ。」

「外科医マイナス手術イコール内科ではないんだぞ。外科医と接するときは内科医のプライドを持ちなさい。」

これらは、恩師である阿部薫先生(現:国立がんセンター名誉総長)から直々に受けた注意である。このような指導を通じて私は、「がんの治療、とりわけ再発後の治療には限界がある。しかし、腫瘍内科医として出来ることは何かを考え、出来ることは精一杯やらなくてはならない。」という行動哲学を学んだ。ひとりひとりの患者と正面から向かい合い、EBMの3要素である「Clinical Expertise(臨床医として判断、知識、技術)」「Best Reserch Evidence(最善の臨床研究成績)」「Patient Preference(患者の意向をくみ取ること)」を習得した30年間の臨床経験の中から、とりわけ印象に残っているNKさんをご紹介したい。

NKさんは30才台の女性、私が国立がんセンター病院(現在の中央病院)のレジデントとして受け持った最初の患者である。5年前に乳癌手術、2年前に骨転移が多発し入退院を繰り返しながら、放射線照射、タモキシフェン、フルオキシメステロン、シクロフォスファミド、テガフール、メトトレキセート、ビンクリスチン、アドリアマイシンなど、当時利用できる治療薬を使用してきた。効果が認められた時期もあったが、病状は徐々に進行し、痛みが増強、座位すらとれない状況となった。同じ頃から呼吸困難も増強したので198211月初め、国立がんセンター病院に入院した。皮膚転移、多発骨転移、両側胸水、両側肺転移がある。私は 12月から担当となり、初めて病室を回診した日、NKさんは膝を抱えて、痛い、痛いと唸りながらベッドに臥床していた。当時の痛み止めは、塩酸モルヒネ粉末をワインとシロップに溶かした液体しかなかった。モルヒネを飲むと体が弱る、なるべくなら痛み止めは使わないように、というような間違った考えが医療者の間でも信じられていた時代である。NKさんは、昼も夜も、痛みに耐えながら、膝を抱えてじっとしていた。クリスマスの頃から、痛みに加えて膝から下がしびれる、手がつる、口の周りがしびれうまくことばをしゃべることができない、というような症状をしきりと訴えるようになった。次第に手もうまく動かなくなっていた。診療グループのカンファレンスで、脳転移、抗がん剤の末梢神経障害、脊髄転移、ビタミン不足など、様々な鑑別診断が挙ったが、阿部薫先生(当時は内分泌部長)から「カルシウム値はどうだ?」との指摘あり、測定すると低値であった。つまり「低カルシウム血症」、いわゆるテタニーの状態だったのである。骨転移を伴う乳がんでは、骨が破壊されカルシウムが溶け出し、血液中のカルシウムが高い値をしめす「高カルシウム血症」がしばしば見られる。それなのに、低カルシウム血症。理由がよくわからない。おそらく、ふつうの病院では、ここまでの鑑別はたどりつくだろう。そして、点滴の中身にカルシウムを追加して補正を試みることはするだろう。しかし、国立がんセンター病院の阿部チームでは、そこからの追求がすさまじかった。「なぜ、低カルシウム血症なのか?」、「造骨性骨転移(がんが骨に転移した結果、骨が溶けるのではなく、骨のカルシウム分がむしろ増加して骨が硬くなる転移形態、前立前癌の骨転移に多いが乳癌でもときに見られる)で、骨にカルシウムが取り込まれているのではないか。」、「いやいや、健常人の血清カルシウム値の調節には様々なホルモンやビタミンが関わっているからそう簡単には乱れないものだ。」、「じゃあ健常ではないとすれば、どこを調べればいいのか」、「ビタミンD、副甲状腺ホルモン、カルシトニン、血清アルブミンなどは調べる必要があるだろう」・・・。ということで、調べてみた結果、副甲状腺ホルモン(Parathyroid Hormone: PTH)が異常に低い、ということがわかった。PTHは、血清カルシウム値を上昇させる働きをもつホルモンだ。翌週のカンファレンスで、「低カルシウム血症の原因はPTH低値でした。」と発表したところ、「なぜPTHが低いのか?」、「いつから低くなったのか?」という話になり、「検査室に凍結保存してある過去の血清を使ってPTHを測定してみよう」ということになった。測定の結果、血清カルシウム値の低下と同じように、PTHが日を追って低下しているのがわかった。正常ではカルシウム値が低下すると、それを補正するためPTHは上昇する。どうやらPTHの分泌が悪いようだ。つまり、副甲状腺機能低下症ということになる。副甲状腺は、のどの甲状腺の裏側の四隅に張り付くようにある大豆ぐらいの大きさの内分泌腺だ。副甲状腺機能が低下する理由が、皆目検討がつかない。当時は、インターネットもない時代だったので、図書館司書のお姉さんに文献を検索してもらったが、そのような報告は全く見あたらなかった。結局、亡くなった後の病理解剖で、気管と甲状腺の間の隙間をはうように乳がん細胞が転移しており、副甲状腺が完全に破壊されていたのである。

NKさんが亡くなったのは年を越した1月中旬であった。クリスマスの頃から亡くなるまで、レジデント室(通称レジ小屋)に泊まり込み、日勤・準夜勤・深夜勤の連続勤務であったが、これは臨床医としては当然である。とりわけレジデントや研修医時代は、まだ、知識も経験も乏しく判断も甘い。そのため、少しでも長い時間、病室に出向き、患者の状態を誰よりもよく把握し、患者、家族との意思疎通を図り、看護師や、上司、同僚からも信頼されることが重要である。

最初は、痛み止めを拒んできたNKさんも、私の説明をよく理解してくれ、お正月の頃には、疼痛もコントロールできるようになった。しかし、次第に意識レベルは低下していった。亡くなる3日前、

「先生、私、夢を見ました。」

「どんな、夢ですか?」

「・・・・・・。どうもありがとう、先生。」

これが、NKさんとの会話らしい会話の最後であったように記憶している。翌週の病棟カンファレンスでNKさんの死亡報告をすると、阿部先生は、

「渡辺先生は、正月返上でよく頑張ったね。いい勉強をしたから、症例報告を書きなさい。JJCOJapanese Journal of Clinical Oncology)ならすぐ通るでしょう。」ということで、新たな試練が始まったのである1

病棟カンファレンスでのこのような徹底的な討論で、ほぼ、病態の全容が解明できた。このとき、これが、内科の真髄なのだな、と感じた。とかく、がんの末期状態の患者では、どんなことがおきてもおかしくない、というような対応で、病態生理が解明されないことが多いように思う。腫瘍内科医は、まず、内科医である、というのは、こういうことなのだ。また、徹底した討論は、診療グループ内での問題解決や意志決定プロセスを熟成させ、共有化するには不可欠である。私が診療グループをまとめる立場になったときも、十分な議論を通じて、がん患者の病態生理を解明しようという姿勢を重視した。レジデント教育にはたいへん有意義だと高い評価を得た。グループ診療、チーム医療を、実践するためには、常日頃からの、担当者間の意思疎通のための徹底的な討論の積み重ねが不可欠である。最近、労働条件がどうのこうの、拘束時間がああだこうだと、つべこべ言う若い医師が増えてきたが、自らの未熟さを省みて自己研鑽に励む、これが生涯学習というものだ。

今でも時々、JJCOの別刷り1を読み直してはNKさんのことを思い出す。私の腫瘍内科医としての臨床研鑽の第一歩と言える、まさに貴重な、忘れ得ぬ症例である。

 

1.Watanabe T, Adachi I, Kimura S, et al. A case of advanced breast cancer associated with hypocalcemia. Jpn J Clin Oncol 1983;13:441-8.

 

 

 

薬価はこう決まるの巻


新薬を製造・輸入するためのデータは治験で作られる。そのデータをもとに「この薬は日本国民にとって役立つ」ということになると厚生労働省が「製造・輸入」を承認する。そのあとで薬価が決まる。薬価は全く新規の薬剤の場合と、類似薬がすでにある薬では算定方法が違う。全くの新薬の場合は「原価積算方式」、類似薬がある場合は「類似薬効比較方式」となる。原価積算方式の場合、薬の原末の価格がいくらで、それを海外から輸入して工場に運ぶ運賃がいくら、治験にいくらかかった、など、製造、輸送コストや治験にかかった開発費など、すべてを積算する。この際「効果判定委員会参加のための○○先生タクシー代」なんていう項目も資料に出てくる。○○がんセンターの先生のタクシー代6万円、えっ! 東京からMSMまでタクシー使ったわけ??、本人の顔を思い浮かべることができる場合もあるので有意義だ。それとか○○米医大では治験1症例あたり200万円、○○県がんセンターでは50万円、どうして施設によってこんなに違うの??とか、○○大学病院では、5例の契約で800万円の治験契約が結ばれたが、実際治験を行った症例は2例、でも5例分の治験費用が支払われている、など、今話題の業務仕分けをすれば、すべて減額の対象のような項目ばかりだ。また「原価積算方式」では、営業利益率が20%と設定されている。これは、たとえば1錠582円のアリミデックスの場合、1錠売れれば117円がアストラゼネカ社の利益となるという計算だ。お商売をやっている人なら、え~っ、と、びっくりするだろう。470円で仕入れたものが582円で売れる、仕入れ値の25%増しの値札をつけるなんてよっぽどの殿様商売だ。医療機関ではどうだろう。このご時世、医療費はどんどん削減されている。営業利益率は、医療機関では、「医療収益のなかでの可処分所得の割合」であらわされるが、これは10%以下、数%の場合が当たり前である。その上、消費税は医療機関もちとなる。すると、利益率4%というような場合は5%の消費税を医慮機関で支払うので、マイナス1%の逆ザヤとなってしまう。世の中の経済の仕組みがおかしいように感じる。医療機関あっての製薬企業なのに、製薬企業の利益率は20%、医療機関は赤字・黒字線上をさまよっている、こんな理不尽なことがあるだろうか!!!! ざけんじゃねー!!・・(失礼)。一方、新薬でも、類似薬がすでに市場に出回っているような場合、その類似薬の価格をもとに、どれぐらいの新規性があるか、有用性があるか、ということで加算されて薬価が決まる(類似薬薬効比較方式)。たとえば、「○○スタチン(高コレステロール薬)」、「○○セトロン(抗がん剤の制吐剤)」など、新薬といっても、既存薬に毛の生えた程度のジェネリックみたいなものもある。その場合には、有用性加算は「ゼロ」で、既存薬と横並びの薬価となるのだ。また、「原価積算方式」でも「類似薬薬効比較方式」でも、海外価格との差を最後に調整する。海外価格に比べて、著しくことなる場合には、高くしたり、低くしたりと調整するわけである。ここで、問題となるのが「海外価格」。諸外国は一律かというと全然違うのだ。アメリカがダントツに高い。イギリス、フランス、ドイツなどは、ほぼ横ならび、薬剤によってはアメリカの価格が他国に比べて3-5倍ということもある。海外価格を平均するとアメリカの価格に引っ張られるので、それに合わせるとなると日本での価格が上方修正されてしまう。アメリカをお手本に生きてきた人々(アメリカでわの守)や、外資系製薬企業は、アメリカ並みの価格をつけないと、日本のドラッグラグ(世界で使える薬が日本で使えないという状況)は解消されない、ととんでもない馬鹿なことを言う(ロハスメディカル11月号対談参照)。しかし、医療費の仕組みが根本的に異なる国「アメリカ」を参考にするのは意味がない、と最近考えている。イギリス、フランス、ドイツなどは、医療費の公費負担率は、日本と同じ80%であるが、アメリカは30%。つまり私費で賄われる医療費の割合が高いので、民間の保険(アフラックなど)に加入できるだけのお金持ちは、高い薬剤も使えるが、貧しい、あるいはふつうの人々からみると、とても高い薬剤ということだ。日本は、ふつうの人々の集まりなので、アメリカを参考にしてはいけないのである。いや、日本は貧しい国の仲間入りをしているので、日本の薬価は海外での薬価の最低値よりも低く設定するべき時代になっているのである。日本は貧しい、という認識をもって各製薬企業も考えないといけない。貧しい国なので新薬が認められていないのは日本と北朝鮮だけ、ということでも仕方がない、お寒い季節の到来だ。

浜松大腸がん情報局発進!


浜松乳がん情報局市民公開講座は来年の2月14日に「第9回」を開催します。その1カ月後の3月14日に第1回浜松大腸がん情報局市民公開講座を開催することになりました。乳がん情報局同様、NPO法人がん情報局の主催ですが、主幹は浅野道雄先生(松田病院)です。乳がん情報局の活動を知った浅野先生が、大腸がんでも同様の情報提供活動ができないものか、と相談にお見えになったのが今年の春だったと思います。浅野先生はデータベース、ファイルメーカープロを用いた外来化学療法管理支援ソフト「All About Chemo!!」を作成した際の私のお師匠さんです。その縁でいろいろ教えてもらうことも多く、また、それが今回のコラボに至ったわけです。「あなたの疑問にすべて答えます。」という、決してはぐらかさない、にげない、言いにくいことも、ややこしいことにも、すべて真っ向から答える、という乳がん情報局のノウハウを生かして大腸がん患者にも安心の素になるような情報提供をしたいと考えております。ご支援、よろしくお願いいたします。