ゆきつもるにはにてしりぬいとゝしくなをやそふらむ白河のせき
カテゴリー: 腫瘍内科医
新年から始めた事
暮れゆく2009年
旗色悪し分子標的薬(アバスチンの巻)
12月10日(木曜日)サンアントニオ1日目
午前中のgeneral session1、全体的な感想は、 閉経後のアロマターゼ阻害剤データの焼き直し、再解析のようなものばかりで低調である。拍手もパラパラという感じ。最後の2演題は乳癌術後にアルコール多飲は再発率が高くなる、術後の肥満も再発率が高くなる、というもの。どちらも術後の女性にとっては切ない話だ。
① TEAMトライアルの解析結果が発表された。TEAMトライアルはエキセメスタン5年と、タモキシフェン2.75年→エキセメスタン2.25年の途中スイッチの比較。当初は、エキセメスタン5年対タモキシフェン5年を比較する予定だったがATAC、BIG1-98の結果が出たので途中切り替えに変更となった。10000人近い症例を対象にしたこの試験、日本からも自治医大の穂積康夫先生が頑張って200人ぐらいの症例登録をしたグローバル試験である。それで、大きな期待を寄せたのだが・・・・、OSもDFSもRFSも、いずれの指標でも「差がない」、という結果だった。がっかり、というのか、なんだったのかというか、なんとなく虚無感が残る。副作用のプロフィールはAIとTAMのそれぞれの特徴がでているが、新しいことはなにもない。BIG1-98試験では最初2年間TAMだと再発が増えてしまうので、最初の2年はどうかひとつレトロゾールで、ということだったが、TEAMトライアルではそれが再現されていない。どちらが正しいのか? TEAMトライアルの方が症例数が多いが、BIG1-98試験ではダブルブラインドでやっている、と、試験のデザインには一長一短があるが、いずれにしても、TAMとAIは、確かに差はあるが、その差は、意外と小さいということなんだと思う。
② IESのフォローアップ解析の結果が報告されたが、目新しいこことは何もなかった。
③ MA17試験の閉経前症例だけについての検討。MA17試験は5187症例を対象に TAM5年の後でランダム化割り付けして、レトロゾールを5年内服する群とプラセボを5年内服する群の比較で、レトロゾールを追加した方が再発率が低下する(ハザード比0.61)という結果だった。この試験は、TAM内服開始の時点では、まだ試験の対象ではなく閉経前でも閉経後でも、とにかくタモキシフェンを飲み始めて、5年の間に閉経すれば試験の対象となる。TAM内服開始時に閉経前だった889症例を対象にサブセット解析をしたのが今回の報告。結果は、ハザード比0.25(95%信頼区間0.12-0.51)と、大きな効果が得られた、というものである。内分泌学的にどんな意味付けができるのだろうか、と考えてみたが、ちょっとわからない。やはりサブセット解析だし、症例数もそれほど多くないので、この結果は、この結果として記憶にとどめておいて、おもちかえりメッセージは「タモキシフェン飲み始めのころは閉経前の患者でも5年飲んで閉経したような場合、AIを追加してもいいみたいよ。」ということでどうだろうか。
④ MA27試験の対象患者で、関節痛などの副作用の強い患者は、とくに効果がよいということはなかった、というのが次の発表。これは、ATACトライアル参加症例について、統計家のJack Cuzickが、「関節痛、ホットフラッシュなどの副作用が強い患者は再発率が低い。」という結果をLancetに報告したものだから、副作用に苦しむ患者は、「がまんしなさい。薬が良く効く証拠だから。」と、治療継続を主治医から勧められるという根拠となっている。今回の発表の結論も、臨床医は、患者に治療の話をする際に、副作用がでるのはいいことだ、みたいなことは言わないように、というもの。
⑤ 同じくMA27試験で関節痛がでた患者、出なかった患者で、なにか遺伝子に差はないか、ということで、SNPs(単一ヌクレオチド多型:遺伝子の塩基A、T、G、Cの並びのなかで、どこか一個が別の塩基に置き換わっていること)を調べたところ、14番目の染色体に4か所のSNPsが見つかったというもの。そのうちの一つは、TCL1Aと呼ばれるもので、T cellの働きの制御に関係しているらしい。また、別のSNPsは、エストロゲン受容体の機能に関係しているものが見つかった。場所がきまれば、SNPsの検査は、数百円でできるような臨床検査になる。そうなれば、副作用の出やすい人、出にくい人、を事前に識別することができるだろう。SNPsも治療で治る人を識別できるぐらい信頼できる検査になればいいとおもう。
⑥ 次の演題は、BIG1-98試験の解析方法についてのもの。ご存じのように、BIG1-98 は、途中でレトロゾールの方が良く効くという結果が公表されたので、タモキシフェン群に割りつけられた被験者の25%が途中でレトロゾール内服に移った。そのため、ITT解析(言った通りの解析)と、打ち切り解析の2種類の解析方法で、二回目の検討がおこなわれた。しかし、演者は、「最近の試験では、このような変更がおきることが多いので、統計解析もITT解析から新しい解析方法へパラダイムシフトをしないといけない。」ということで、Inverse Probability of censoring weighed analysis(IPCW)という方法が紹介されて、それで解析するとこうなる、という発表。私たち臨床医は、治療をしなかった患者も含めて解析するのはしっくりこないと思いつつも、統計家の先生が、ITTじゃないとだめだ、というから、一生懸命ITTになじんできたのでが、また、わけのわからない解析方法が導入され、それになれろ、というのでしょうか?統計家の声は神の声。ときには神もへんなことを言う、という話だ。
⑦ アルコールを飲むと乳癌になる、あるいは、乳癌術後のアルコールを飲む人は再発しやすい、という研究は山のようにある。今回は、どんなアルコールを飲むと、再発がふえるの、死亡率があがるの? どんな人にその影響があるの? という発表。ワイン、ビール、その他の中では、ややワインが悪いらしい。日本酒はどうか、ということはわからないので、当面は、日本酒を飲みましょう、という結論ではありません。
⑧ 肥満の人は、乳癌再発率が高い、というのが、次の演題。BMI(Body Mass Index)が30以上のひとは25以下の人に比べて、再発のリスクは1.6倍だそうです。すると、アルコールをやめて、体重を減らす方が、アロマターゼ阻害剤を内服するよりも再発抑制効果が高い、ということになる。できるかできないかは別にして、どうでしょうか、少し頑張ってみますか。
午後 general session2
午後2時45分からのこのセッションは、日本時間で朝の5時ぐらい、しかも、食後なので気づくと眠りに落ちているという危険な時間帯だ。隣にいるホズミンも今のところ、覚醒しているようだ。さあ、元気出して聞こう!
最初の2演題では「ビスフォスフォネートを飲んでいる人は乳癌発症率が低い、という研究結果が発表された。一つは、コホート研究、他はケースコントロール研究である。ハザード比はどちらの研究も0.7ぐらい。昨年発表されたABCSG12試験は、乳癌術後に、ビスフォスフォネート(ゾメタ)を注射する人としない人をランダム化比較したところ、注射した人では乳癌再発率が低い、ということであるが、今回の二つの検討は、ビスフォスフォネートを1年以上内服している女性は、乳癌になりにくいという結果である。ABCSG12と同列に考えていいような気もするが、ちょっと違う話のような気もする。違うというのはこういうことだ。今回の発表では、「骨粗鬆症があるのでビスフォスフォネートをのんでいた」ような人は、骨粗鬆症がない人に比べて、やや、体格もかきゃしゃだろうし、痩せているだろうし、アルコールもそんなにがんがん飲まないだろうし、もともと、乳癌発症リスクが低い。そのような人が「ビスフォスフォネートを飲んでいる」ということで検討されたのかもしれない。つまり、もともとなりやすい体質という事実と、ビスフォスフォネート内服という事実との交絡の結果とも考えられる。
そのあと、ファスロデックスの演題が三つ発表された。この薬剤は、「pure antiestrogen」とよばれ、タモキシフェンと異なり、微妙なエストロゲン作用がなくて、100%抗エストロゲン作用なので、きっと、タモキシフェンよりもすぐれているだろう、ということで、私も国立がんセンターにいたころに、臨床開発(治験)にかなり積極的に関与した。しかし、結局、タモキシフェンとのランダム化比較で効果はタモキシフェンに劣るという結果出た(JCO 2004;22:1605)。ファスロデックスはお尻のほっぺたに月1度5mlのひまし油にとかした薬を5分ぐらいtかけて力をこめて注射するものだ。患者さんも痛いが打つほうも手がしびれるほど。その時に感じたことは、完成度の低い薬だなあ・・・ということ。そのファスロデックスがよみがえり、アナストロゾールとの併用、投与量の増量などが検討されたが、いずれもしょぼい結果であった。どれぐらいしょぼいかは、アストラゼネカのMRからよくよく話をお聞きになるとよいでしょう。今日はこんなところです。
サンアントニオの季節
Ubiquitous Oncology
腫瘍内科研修事始め
1982年12月1日は、国立がんセンター病院レジデントとして腫瘍内科研修を開始した日、今から27年前のことである。「忘れえぬ症例」というタイトルで小文を依頼されたので執筆したのだが、今日が記念日ということを思い出したので「腫瘍内科研修事始め」として特別寄稿する。なお、依頼された小文は、年明けに出版される予定。
「100人の患者を君が診ているとする。99人の患者から感謝されたとしても、もし、残りの一人の患者に十分な対応をせずクレームがつくようなら、99人に対する努力も評価されないことになる。患者の診療では絶対に例外を作ってはいけないのだ。」
「我々が行っている医療というのは基本的にはサービス業なのだから、いくら一生懸命やっていると主張しても、患者に満足されなかったら意味がないのだ。」
「腫瘍内科医は、まず、内科医であることをわすれてはいけないぞ。」
「外科医マイナス手術イコール内科ではないんだぞ。外科医と接するときは内科医のプライドを持ちなさい。」
これらは、恩師である阿部薫先生(現:国立がんセンター名誉総長)から直々に受けた注意である。このような指導を通じて私は、「がんの治療、とりわけ再発後の治療には限界がある。しかし、腫瘍内科医として出来ることは何かを考え、出来ることは精一杯やらなくてはならない。」という行動哲学を学んだ。ひとりひとりの患者と正面から向かい合い、EBMの3要素である「Clinical Expertise(臨床医として判断、知識、技術)」「Best Reserch Evidence(最善の臨床研究成績)」「Patient Preference(患者の意向をくみ取ること)」を習得した30年間の臨床経験の中から、とりわけ印象に残っているNKさんをご紹介したい。
NKさんは30才台の女性、私が国立がんセンター病院(現在の中央病院)のレジデントとして受け持った最初の患者である。5年前に乳癌手術、2年前に骨転移が多発し入退院を繰り返しながら、放射線照射、タモキシフェン、フルオキシメステロン、シクロフォスファミド、テガフール、メトトレキセート、ビンクリスチン、アドリアマイシンなど、当時利用できる治療薬を使用してきた。効果が認められた時期もあったが、病状は徐々に進行し、痛みが増強、座位すらとれない状況となった。同じ頃から呼吸困難も増強したので1982年11月初め、国立がんセンター病院に入院した。皮膚転移、多発骨転移、両側胸水、両側肺転移がある。私は 12月から担当となり、初めて病室を回診した日、NKさんは膝を抱えて、痛い、痛いと唸りながらベッドに臥床していた。当時の痛み止めは、塩酸モルヒネ粉末をワインとシロップに溶かした液体しかなかった。モルヒネを飲むと体が弱る、なるべくなら痛み止めは使わないように、というような間違った考えが医療者の間でも信じられていた時代である。NKさんは、昼も夜も、痛みに耐えながら、膝を抱えてじっとしていた。クリスマスの頃から、痛みに加えて膝から下がしびれる、手がつる、口の周りがしびれうまくことばをしゃべることができない、というような症状をしきりと訴えるようになった。次第に手もうまく動かなくなっていた。診療グループのカンファレンスで、脳転移、抗がん剤の末梢神経障害、脊髄転移、ビタミン不足など、様々な鑑別診断が挙ったが、阿部薫先生(当時は内分泌部長)から「カルシウム値はどうだ?」との指摘あり、測定すると低値であった。つまり「低カルシウム血症」、いわゆるテタニーの状態だったのである。骨転移を伴う乳がんでは、骨が破壊されカルシウムが溶け出し、血液中のカルシウムが高い値をしめす「高カルシウム血症」がしばしば見られる。それなのに、低カルシウム血症。理由がよくわからない。おそらく、ふつうの病院では、ここまでの鑑別はたどりつくだろう。そして、点滴の中身にカルシウムを追加して補正を試みることはするだろう。しかし、国立がんセンター病院の阿部チームでは、そこからの追求がすさまじかった。「なぜ、低カルシウム血症なのか?」、「造骨性骨転移(がんが骨に転移した結果、骨が溶けるのではなく、骨のカルシウム分がむしろ増加して骨が硬くなる転移形態、前立前癌の骨転移に多いが乳癌でもときに見られる)で、骨にカルシウムが取り込まれているのではないか。」、「いやいや、健常人の血清カルシウム値の調節には様々なホルモンやビタミンが関わっているからそう簡単には乱れないものだ。」、「じゃあ健常ではないとすれば、どこを調べればいいのか」、「ビタミンD、副甲状腺ホルモン、カルシトニン、血清アルブミンなどは調べる必要があるだろう」・・・。ということで、調べてみた結果、副甲状腺ホルモン(Parathyroid Hormone: PTH)が異常に低い、ということがわかった。PTHは、血清カルシウム値を上昇させる働きをもつホルモンだ。翌週のカンファレンスで、「低カルシウム血症の原因はPTH低値でした。」と発表したところ、「なぜPTHが低いのか?」、「いつから低くなったのか?」という話になり、「検査室に凍結保存してある過去の血清を使ってPTHを測定してみよう」ということになった。測定の結果、血清カルシウム値の低下と同じように、PTHが日を追って低下しているのがわかった。正常ではカルシウム値が低下すると、それを補正するためPTHは上昇する。どうやらPTHの分泌が悪いようだ。つまり、副甲状腺機能低下症ということになる。副甲状腺は、のどの甲状腺の裏側の四隅に張り付くようにある大豆ぐらいの大きさの内分泌腺だ。副甲状腺機能が低下する理由が、皆目検討がつかない。当時は、インターネットもない時代だったので、図書館司書のお姉さんに文献を検索してもらったが、そのような報告は全く見あたらなかった。結局、亡くなった後の病理解剖で、気管と甲状腺の間の隙間をはうように乳がん細胞が転移しており、副甲状腺が完全に破壊されていたのである。
NKさんが亡くなったのは年を越した1月中旬であった。クリスマスの頃から亡くなるまで、レジデント室(通称レジ小屋)に泊まり込み、日勤・準夜勤・深夜勤の連続勤務であったが、これは臨床医としては当然である。とりわけレジデントや研修医時代は、まだ、知識も経験も乏しく判断も甘い。そのため、少しでも長い時間、病室に出向き、患者の状態を誰よりもよく把握し、患者、家族との意思疎通を図り、看護師や、上司、同僚からも信頼されることが重要である。
最初は、痛み止めを拒んできたNKさんも、私の説明をよく理解してくれ、お正月の頃には、疼痛もコントロールできるようになった。しかし、次第に意識レベルは低下していった。亡くなる3日前、
「先生、私、夢を見ました。」
「どんな、夢ですか?」
「・・・・・・。どうもありがとう、先生。」
これが、NKさんとの会話らしい会話の最後であったように記憶している。翌週の病棟カンファレンスでNKさんの死亡報告をすると、阿部先生は、
「渡辺先生は、正月返上でよく頑張ったね。いい勉強をしたから、症例報告を書きなさい。JJCO(Japanese Journal of Clinical Oncology)ならすぐ通るでしょう。」ということで、新たな試練が始まったのである1。
病棟カンファレンスでのこのような徹底的な討論で、ほぼ、病態の全容が解明できた。このとき、これが、内科の真髄なのだな、と感じた。とかく、がんの末期状態の患者では、どんなことがおきてもおかしくない、というような対応で、病態生理が解明されないことが多いように思う。腫瘍内科医は、まず、内科医である、というのは、こういうことなのだ。また、徹底した討論は、診療グループ内での問題解決や意志決定プロセスを熟成させ、共有化するには不可欠である。私が診療グループをまとめる立場になったときも、十分な議論を通じて、がん患者の病態生理を解明しようという姿勢を重視した。レジデント教育にはたいへん有意義だと高い評価を得た。グループ診療、チーム医療を、実践するためには、常日頃からの、担当者間の意思疎通のための徹底的な討論の積み重ねが不可欠である。最近、労働条件がどうのこうの、拘束時間がああだこうだと、つべこべ言う若い医師が増えてきたが、自らの未熟さを省みて自己研鑽に励む、これが生涯学習というものだ。
今でも時々、JJCOの別刷り1を読み直してはNKさんのことを思い出す。私の腫瘍内科医としての臨床研鑽の第一歩と言える、まさに貴重な、忘れ得ぬ症例である。
1.Watanabe T, Adachi I, Kimura S, et al. A case of advanced breast cancer associated with hypocalcemia. Jpn J Clin Oncol 1983;13:441-8.
