カテゴリー: 腫瘍内科医
沖縄の風
これがほんとのキンテンカ
癌治療学会3日目の午前中は「原発不明がん」のシンポジウムがあった。癌治療学会で原発不明がんが独立したシンポジウムとしてとりあげられるなんて、ちょっと前までは考えられないことだったし、そもそもシンポジストとして壇上に並ぶ腫瘍内科医なんて佐渡の朱鷺よりも少なかった。それがどうでしょう、司会には国立がんセンター中央病院の安藤正志先生、そしてシンポジストには兵庫県立がんセンターの松本光司先生、国立がんセンター中央病院の米盛勧先生、栃木県立がんセンターの山中康弘先生らが壇上に並ぶ。彼らの発表態度はすばらしく、スライドもわかりやすく、主張もしっかりしていた。さすが私の弟子だけのことはある、どんなもんだい。彼らは指導者がよかったのか、会場で私のことを見つけると、にこにこして「よろしくおねがいします」とわざわざ挨拶に来た。こういうのは大変うれしいしかわいいものだ。私も学会で恩師に会えば必ず出向いて挨拶するようにしている。だがしかし恩師でもなんでもないKKZEなんかは当然無視だっち。それで弟子ひとりが弟子を3人育成すれば二代目で9人、三代目で27人・・。まるでネズミ講ですね、といわれるがそれでいいのだ。このスピードでいけば朱鷺を抜いて、アッという間に腫瘍内科医不足など解消するはずだ。私が国立がんセンターにいたころは腫瘍内科医が少ない、少ない、足りない、足りないといわれ、永遠の絶滅危惧種のように扱われれ、「やはり化学療法は外科医が担当するのが望ましい」なんて言われた。また、呼吸器内科医や消化器内科医なのに、腫瘍内科医と名乗ったりするような「鳥なき里のこうもり」現象も。しかし、腫瘍内科医ネズミ講計画は着々と進んでおり、あちこちの施設に羽ばたいていって活躍しているさまは、佐渡の朱鷺みたいだ。これぞ、本当のがん診療の均てん化だと思う。一方、いつまでも築地市場裏を巣立つことができない我が良き友たちもいる。さあ、君たちも早く朱鷺になってみたまえ、楽になるぞ。
絵に描いた松茸「病診連携パス」
抗がん剤に関するQ and A
Q1
ご無沙汰しております。今日は同門で最近乳腺に力を入れられている先輩からうけた質問のことでメールさせていただきました。Luminal Aのような予後の良いタイプでホルモン感受性が陽性でもadjuvantに化学療法を行う場合の見極めや、化学療法を行う根拠となる論文はあるのかと聞かれて、渡辺先生が知り合いなら聞いてもらえないかといわれました。基本的にはSt. Gallenのrisk分類などを参考にして、大きさやリンパ節転移などのriskが高ければホルモン陽性でも化学療法を追加する考えでよいと思うし、エンドキサンの卵巣機能抑制効果をねらってACを追加することもあるみたいですよ、とは伝えておきましたが、何かアドバイスがありますでしょうか?
A1
Luminal AとLuminal Bは、本来はマイクロアレイを用いた多遺伝子発現分析とその結果をクラスター分析をして、正常の内腔細胞(luminal cell)に生理的に発現している遺伝子にどれくらい似ているか、という観点から、まず分類されました。そして、それぞれの特性を調べてみると、Luminal Aには、ホルモン感受性が高い、分化度が高い、悪性度が低い、というような生物学的特徴を示すものが多く、臨床的にも予後がよく、ホルモン療法がよく効くということが報告されるようになりました。一方、Luminal Bは、ホルモン受容体陽性でも、発現している細胞の割合が低いとか、ERは陽性でもPgRは陰性とか、HER2の発現が認められている、Ki67発現細胞の割合が高い、などの生物的特徴や、ホルモン療法だけでは予後がわるく、抗がん剤の追加が必要だろう、ということが示されています。それで、マイクロアレイを用いた多遺伝子発現分析とその結果をクラスター分析を行わなくても、ER陽性(50%以上)、PgR陽性(50%以上)、HER2陰性、グレード1のような場合には、近似的にLuminal Aとみなして、ホルモン療法だけで治療、抗がん剤は行わない、というような判断が成り立つと思います。腋窩リンパ節転移が1-3個ぐらい陽性でも化学療法は行わない、ということも一般的です。この考え方はSt.Gallen2009でしっかりとしめされており、論文の表3の域値はまさに、Luminal AとLuminal Bを区別するものであると考えてよいと思います。
閉経前で卵巣機能抑制を目的としてACなど、エンドキサンを使用するという考え方もあります。しかし、卵巣機能抑制が目的なら、LHRHアゴニストという、そのための専用薬があるのですから、それを使用するほうがよいと思います。エンドキサンは、二次性白血病の懸念などがあるので、注意が必要だと思います。
Q2
当院の前任者も含めて、この地方近辺ではXC(ゼローダ+エンドキサン)を積極的に行うようですが、進行再発乳癌でゼローダ単剤よりもXCでいくほうがよいのでしょうか。エビデンスとしてはまだはっきり出ていないように思っていたのですが。いまも30歳台で多発肝転移のあるStageⅣ乳癌の患者さんがいるのですが、triple negativeで、FECがPD、ドセタキセルも3サイクル後ですが、肝転移は変わらないのですが原発巣がやや大きくなってきています。腫瘍マーカーの上昇が止まってきたのでご本人、ご家族とも相談しもう2サイクルほど継続予定としましたが、PDだったらその次はナベルビンか、ゼローダ単剤か、あるいはXCか、TS-1かと思っております。XC療法の位置づけについて、もし先生のお考えがあればお聞かせいただければ幸いです。
A2
XC は使用しません。併用の意味はありません。ゼローダは単独で使用、エンドキサンとの併用は根拠がありませんし、二次性白血病の懸念などから、エンドキサンはなるべく使用しないほうがいいと思います。ゼローダは単独でも十分に効果のでる薬だと思います。また、再発乳癌の化学療法は基本的には「単剤で一剤づつ」という原則を否定するようなエビデンスはありませんので、可能限り単剤で使用します。
医局がすき、だと~?
「医局に人生を預けるな」という本を書こうと思っているんだと、常日頃、周りの人々に話しているのだが、そんな私に、「先生、ぜひ、読んでもらいたいものがあります。」と、乳腺科の田原梨絵先生がにこにこしながら雑誌を持ってきた。見ると表紙には「やっぱり、医局がスキ」とあり、雑誌のタイトルは「Nikkei Cadetto」、35歳未満の医師を対象に日経が出している雑誌だ。ほかに、「理想の白衣をつくちゃお!」 なんていうおちゃらけた記事も載っている。こんなくだらない本があることを初めて知った。さすが日経だ。
「やっぱり、医局がスキ」の中身を読むと、アンケート結果を何となく集計したような記事でインパクトはとても弱い。「教授の奥さんに手下のように使われた。」とか、「教授が考えだした聞いたこともないような病型分類を使わないと教授が怒る」とか、医局の不合理が匿名で並んでいる。そのあとで、私たちの医局はこんなに素晴らしい、と教室員一同の集合写真や、教授、医局長の笑顔のならんだよいしょ的ルポが続く。最後に、医局秘書の特集までついている。あきれた記事だ。医局に身を置かない人は医局をまったく評価していない。だけど、医局の同門であるというしがらみは一生抜けないので、実名では医局を批判できない。一方、医局一筋の典型である教授や、その太鼓持ちの医局長なんていう人たちは、医局しか知らない、井の中の蛙が多い。だから医局は素晴らしい、医局にいれば死ぬまで安心だよ、とまるで地上の楽園、北朝鮮のようなことを言い、医局を批判する連中は医局に残れなかった負け犬さ、となる。でも、医局はどう考えても消滅すべきある存在だ。医師以外で、医局のような中途半端な、前時代的な仕組みがあるのは、相撲部屋ぐらいだ。
「Nikkei Cadetto」の記事には、肝心なことが抜けている。しかし、35歳以下のくちばしの黄色い連中には、理解できないことなのかもしれない。肝心なこととはこうだ。
2004年に始まった研修制度は、医療崩壊の引き金になったとか、いろいろと批判も多い。手直しはされたが、さらに骨抜きにもなった。だからと言って時代錯誤的な「医局」に戻ることを推奨するなど具の骨頂だ、ノスタルジア、懐古趣味、古き良き三丁目の夕日の世界だ。Nikkei Cadettoの記事は、表紙の「やっぱり、医局がスキ」とは裏腹に実は、医局に将来はないということを明確に物語っている。新しい研修制度がどうこう、医局がどうこうというのではなく、35歳以下の若者が目指すべきことは、自分の人生は自分で切り開くということだ。そのためには、自分の付加価値を高めること。若かろうが年配であろうが、すべての医師には目には見えない「値札」が付いている。その値を決めるのは、患者である。医療者としての価値を高めるような研修を積んで、社会保障の一翼を担う天職を選んだ誇りと自信を持てるように日々の研鑽が必要だ。学位を取るのも付加価値を高める一つの手段ではあるが昔ほどの価値はつかないかもしれない。現在の専門医も制度的、内容的にはお粗末極まりないけれども、今後は名実共に医師の付加価値を裏打ちするような肩書になっていくだろう。また、医師としての基本的な態度、素養、コミュニケーションなどの技術、EBMの考え方、実践方法などを身につけ、世の中の役に立つような医師になろう、という志が大切だ。コンタクトレンズ外来とか、美容形成とか、くその役にもたたないような職業は医師が担当する仕事ではない。医師は、医師としての世の中から求められるような重要な職責を全うし続け85歳になったら社会的責務に幕をひく。90を過ぎてまで老醜をさらすべきではない。足元が明るいうちにグッドバイ、ということも大切ですよ、ひのじい、すぎじい、○○じい。
医局に人生を預け、ご気楽ご気楽な生活をエンジョイする時代は終わったのだ。待遇がどうこう、拘束時間がどうこうと愚痴ってばかりいて、拘束時間は小説を読んで、時間がくると風のように立ち去る、医局から派遣されるアルバイト医師には、こんな行動をとる情けない人間が多いそうだ。しかし、自分の付加価値を高めるためには、医師としての自分が、世の中から、周囲から求められる仕事は何か、つまり自分のミッションはなんだろう、それを心得て情熱をもって、つまりパッションをもって、朝から明るく夜まで元気に、つまりハイテンションで仕事に臨む。この、ミッション–パッション–ハイテンションが重要なのである。この雑文も、「医局に人生を預けるな」の一部となります。

