プレゼン技法の劣化を感じた


最近のミーティングで久しぶりにあるひとのプレゼンテーションを聞きましたところ、それがあまりにお粗末なものであって失望と言うかあぜんと言うか、そんなもんかっていうか。昔はもうちょっとまともなプレゼンだったと思うけど施設を移って劣化したようです。以下の諸点を改めればといういう建設的内容に展開。

(1) レーザーポインターをぐるぐるぐるぐるまわす: これをやる人は多いが、これは厳禁だ。目が回る!! とかつては大御所先生たちに一斉に叱責された。ポインターは、ピタッ!!と留めおき、せいぜい、示したい行をゆっくりとなぞるぐらいが望ましい

(2) えーーー、あーーーーー、まあーこのー、といった、不要な間投詞が多い: えーーーが長過ぎて、最後は息が続かなくなって「つぶつぶ音」なるぐらいで、これは聞きにくい。

(3) スライドのフォントがめちゃくちゃ: 半角で表すべき数字が全角だったり、明朝系、ゴシック系が同じスライドに混在していた。その人の上司のスライドも同じような感じだ。

(4) 色使いが不気味:若草色、ピンク、黒などが混在し、実に気味が悪い。センスの問題だろうか?

プレゼンについて私は恩師阿部薫先生らにめちゃ厳しく叩き込まれたのですが、最近はあまりうるさく言う人はいないのでしょうか? 厳しく指導するとやめちゃう人もいるっていうしね。

私の主張


国民の目から見て何の専門医なのかわからないような診療科を学会が勝手に決めているので、専門医の認定を学会任せにしないで第三者機関を設置し、専門医をわかりやすくしようという「専門医機構」が動き始めている。乳癌診療は、古来よりマンモグラフィ検診から、乳癌の画像診断、病理診断、手術、麻酔、薬物療法、そして転移・再発した場合の薬物療法、モルヒネなどを使う症状緩和、そして人生の最期を看取る終末期医療まで、すべてを外科医が担当するという時代が長く続いてきた。医療が細分化していなかった時代はそれでよかったかもしれないが、次第に、病理診断は病理医へ、画像診断は放射線診断医へとアウトソーシングされるようになり、抗がん剤などの薬物療法も我々のような腫瘍内科医が担当する場合も増え、昔日の如く外科医が広い守備範囲をこなすことは不可能になった。最近では、「外科」から「乳腺外科」、「乳腺科」といった看板に掛け替えている病院もあるが内容は大して変わらない。薬物療法を売りにしている「実は外科医の乳腺科医」も多いが、薬の使い方や副作用マネージメントといった臨床力では、腫瘍内科医に軍配があがる。だから「乳腺科」という看板の下に、いろいろな守備範囲、診療能力の医師が混在しており、国民の目からわかりにくいのも当然である。一方、消化器一般外科という看板をあげている大学や病院に、乳がん薬物療法に十分な知識と経験がある医師もいたりするので、ますますわかりにくい。

米国では乳がん診療の主役は腫瘍内科医であるが、日本では腫瘍内科医の育成が遅れていたため、薬物療法は外科医が担当せざるを得ず、乳腺外科医は診療業務労力の80%は薬物療法など手術以外の活動に費やされているのだ。私は、腫瘍内科医として乳がん医療に関わり始めた1980年代から研究、診療、教育も外科医たちとの調和を保ちつつも、薬物療法は腫瘍内科医に任せなさい、と叫び続けてきた。腫瘍内科医の後輩たちも乳がん診療に参入しつつあり、患者からの信頼、満足の声を多く聞くようになった。少しづつだが、外科医は、より美しい手術を追求し、内科医は安全で効果の高い薬物療法を提供する能力を発揮できるようになってきたのだ。これぞチーム診療のあるべき姿である。

ところが、専門医制のあり方について乳がん学会が態度を決めかねている。いろいろな意見をまとめきれないのだ。「乳腺科」としての独立を求める医師は、昔のように、手術も薬物療法も検診も自分たちに任せなさいというスタンスだ。これは、眼科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、皮膚科のように、患者の目からみて、看板と内容がある程度一致していれば問題がない。しかし、乳腺科を受診したら、薬物療法が中心で手術はうまくなかったり、薬物療法をきちんと受けたいのに中途半端だったりということでは、患者の不利益となる。一方で、外科医のプライドに過度に固執して、外科学会専門医取得にこだわりながらも、実際の診療労力の80%は手術以外に向けられているという現実には、研修中の若い医師の理解が得られないようで乳がん学会の外科会員は減少の一途をたどっている。

専門医を第三者の立場で認定する「専門医機構」の意見はこうだ。「乳腺外科医の看板をあげるなら、外科学会専門医を取得してから、さらに乳がんの外科手術を研鑽すべきである。また、乳がん薬物療法を専門とするのなら、内科医としての研鑽を積んで内科学会の認定医(専門医)を取得してから、臨床腫瘍学会などの専門医カリキュラムを修了し腫瘍内科医として乳がん診療に参画すればよい。」と明快で、外科医は外科医らしく、内科医は内科医らしく、合理的で国民の目から見てもわかりやすい。

医学の進歩を背景に乳がん診療構造も日々変化しているのだ。明日も今日と同じ一日がくる、のではない。自分たちが築いてきたものを否定することは誰しも面白くない。しかし、指導者として自分のレプリカ、ミニチュア、クローンを育てる事だけでいいのだろうか。自分が絶滅危惧種であることに気づかないのだろうか? 学会も、近未来に目を向けず、現在の会員医師の利権、立場を守ることを主目的とし続ければ衰退する。変化の時代に、次世代に伝承すべき事と改革すべき事を見極めなければならない。伝承すべきことは、自分の背中を見せて伝え育てなければならないが、新しい時代には新しい価値観の導入が必要だ。その想いで、敗北は想定のうえ、理事長選挙に挑んだが予想どおり17対2白票1の大差で敗北した。はじめからアウェイの雰囲気の中で2票をもらっただけでもありがたいと思う。浜松駅まで迎えにきた家内は、私がまったくめげていないでやたらとハイテンションなのを心配して「ブログにあまり激しいこと書かないでよ」と言うのでこれぐらいにするが学会幹部が如何に守旧連合であるかということが明確になった(★★★★★)。戦いはこれからだ。

情報の海で溺死しないために


がっかりしたという声が多数寄せられた乳癌学会もだいぶ昔の出来事という感じで、夏本番となりました。朝日新聞投稿ネタを今回も転用します。

最近は、セカンドオピニオンの考え方が随分広がって来ました。しかし、だれでも簡単にインターネットで最新の専門的情報が入手できるため、患者は医師よりも多くの情報を持っているということもまれではありません。先日、三十才代半ばの女性が、肺がん治療についてのセカンドオピニオンを求めて外来を受診されました。お母さん、伯母さん、お母さんの友人が付き添い、不安な顔で診察室に入ってきた患者は座るなり、びっしり書き込んだキティちゃんのノートを手に話し始めました。「大腸がん手術後6ヶ月の予定で開始した抗がん剤治療が終了する前に肝臓がんになったので手術をうけた。抗がん剤を変更して治療していたところ肺がんになったので、ネットで調べ、肺がんの手術で有名な病院にセカンドオピニオンを予約し二ヶ月待って受診したら、手術はできないといわれたとのこと。外科の主治医から言われて、同じ病院の消化器内科で話を聞いたが治療はないといわれた」という経過でした。そして「ネットで調べるとアレクチニブとかアフィチニブなど新しい薬があるのにどうしてつかえないのでしょうか」、さらにネットで調べた免疫療法、温熱療法などについての質問が延々と続きます。適当なところで話を遮り、患者があげた薬剤は確かに最新の肺がん治療薬だが、そもそも、肺がんではなく肺に転移した大腸がんなので、大腸がんとしての治療薬を選択することを説明したら、はじめて聞きました、と当惑ぎみでしたが納得した様子でした。また次々に転移が見つかり厳しい状況ということも伝えましたが、スチバーガ、ロンサーフなど新しい薬剤も使えることも説明し、患者も付き添いの方も安心してお帰りになりました。がん治療は日進月歩、我々専門医でさえ、情報をきちんと把握することは至難の技です。情報あふれるネット社会、情報の海でおぼれないように注意したいものです。

認定看護師養成にかげり


 

日本看護協会ホームページに認定看護師制度について「特定の看護分野において、熟練した看護技術と知識を用いて水準の高い看護実践のできる認定看護師を社会に送り出すことにより、看護現場における看護ケアの広がりと質の向上をはかることを目的とする」とあります。現在、がん関連の五分野(がん化学療法看護、がん放射線療法看護、がん性疼痛看護、乳がん看護、緩和ケア)を含め、二十一分野で認定看護師が養成されています。認定取得のためには、数年間の実務経験のある看護師が休職して半年間の座学による講義と指定された病院での実習を受け、試験に合格しなければならず、分野によって競争率は5倍を超える狭き門です。私も乳がん、がん化学療法の二分野で認定看護師養成コースの講師を十年近く担当していますが、受講生は皆熱心で、居眠りする人はいませんし、質問もたくさん出るので、医学生の講義よりよっぽど手応えがあります。がん化学療法認定看護師は、抗がん剤治療の具体的な手順を患者にわかりやすく説明し、副作用を心配する患者の話を根気よく傾聴し、こわがらなくてもいいことを納得してもらいます。点滴や採血の技術も卓越しており、老眼になりかかった医師が何回も点滴針を刺し直すよりもずっと患者に喜ばれます。認定看護師は、扇の要のように医師、一般看護師、薬剤師など多くの医療者を束ね、一人一人の患者に必要な看護、医療を調整する役回りを担い、病棟や外来で医師からも患者からも最も信頼されていると言っても過言ではありません。ところが、全国十一カ所で開設されてきたがん化学療法認定看護師養成コースのうち、今年は五カ所で休講となってしまいました。さらに今年募集した六カ所も定員割れで、来年度はさらに数カ所の休講が発表されています。がん化学療法の現場からみると、さらに多くの認定看護師が必要とされているのにどうしたことでしょう。その原因を考えてみたいと思います(つづく)。

この文章は、朝日新聞静岡版に毎週土曜日に連載している「がん内科医の独り言」今週号の原稿ですが、online firstでお送りします。

 

水無月の想い(2)


一つは東京駅八重洲口でタクシー降り場が依然として整備されず、タクシーの行き交う道の真ん中で土砂降りの雨の中、おろされたこと、しかも、整備の終わりかけた東京駅外構には、中途半端な植栽が整えられていたが、タクシー降り場らしきものはやはりなく、東京オリンピックでも世界からのツーリストはやっぱり、車の行き交う道の真ん中でタクシーをおろされてしまうのだろうかと懸念される。釈然としないもう一つは、聖路加国際大学の、生涯教育部の、がん化学療法認定看護師のコースが今年度で休講になると言う話。早朝に父が亡くなった2008年7月4日、葬儀の段取りなどもそこそこに、開講初年度の聖路加看護大学(当時)がん化学療法認定看護師のコースの講義に出向いたことが思い出される。30人ぐらいの受講者で盛り上がっていた。当日は、今は縁が切れてしまったノバルティスの講演が静岡であったので、聖路加講義のあと、「はしご」には行かず、新幹線に飛び乗って静岡に移動し講演をはしごからへろへろになって帰宅したのを覚えている。(つづく)

アバスチンは今日も駄目だった


 二日目の午後:

抄録番号500:oral session (ER/HER2) 発表者は、Kathy Miller, E2100トライアル論文の著者です。再発乳がんではPFS、奏功割合は向上するがOSの延長はないということで相原先生には認知されていないのだが、今回、術後での検討が行なわれた。果たして、相原先生の認知なるか?
方法は、AC→weekly paclitaxel+placebo vs. 同ケモ+ケモ期間にアバスチン vs.同ケモ+ケモ期間中とケモ終了後10サイクル分のアバスチンプライマリーエンドポイントは、Invasive Disease Free Survival (局所の非浸潤癌再発だけ除く)結果は、4994名の登録したけど、IDFS、OSにさはなく相原先生の認知ならず。結論:乳がん術後のAC-PTXにアバスチンを加える意義はない。

抄録番号501: 次の演題は、ER陽性の再発がんで、パクリタキセル+アバスチンが効いている症例を対象にそのまま、パクリタキセル+アバスチンを続けるか、それともエキセメスタン+アバスチンに変更するかをけんとうしたしょぼい試験である。ER陽性の局所進行または再発乳がんで、16-24週間、一次治療のパクリタキセル+アバスチン治療でPDにならなかった症例を対象、方法は、パクリタキセル+アバスチンを継続する群と、エキセメスタンとアバスチンに切り替える群にランダム割り付け、PFSをプラマリーエンドポイント、OSをセカンダリーに置き198イベント(再発=死亡)を目標に実施したよ。結果は、113が登録され98症例を解析対象としたということだから質は低そうだ。ランダム割り付け後、6ヶ月の時点でのPFSは、P+BEVで70% (95 CI 54-81.5)、ET+BEVで54% (95% CI 38.5,-67.2(p=0.56)。つまりケモ続けた方が効果持続は長いということ。抄録の時点ではOS曲線はメディアンに至っていない。副作用は推して知るべし。症例数も少なすぎるので、こんな試験、やっても無駄だ。

 

 

 

 

 

コンプライアンスを考える


「コンプライアンス」ということばを考えましょう。英語で「compliance」、英辞郎には、次の5通りの意味があげられています。(1)〔規則などの〕順守、コンプライアンス、従おうとすること、(2)〔規則などへの〕適合性、準拠、整合性、(3)〔過度に相手に〕合わせること、従順であること、(4)《医》服薬順守、コンプライアンス◆患者が定められた服薬を守ること。(5)《物理》弾性コンプライアンス◆物体の変形のしやすさで、弾性率の逆数で表される。

私が最初に出会ったのは北大第一内科の研修医の頃に(5)の弾性コンプライアンスの意味です。呼吸機能検査で肺の柔らかさを表すときに、コンプライアンスが高い肺、低い肺、という使い方で使います。肺繊維症、間質性肺臓炎などは、肺が膨らみにくくなる、硬くなる、コンプライアンスが低くなる病気、一方肺気腫などは、コンプライアンスが低くなる病気と習いました。次に出会ったのが 4)の服薬順守、患者が定められた服薬を守ること、です。国立がんセンターレジデントのとき、UFTなどの経口剤を巡る議論の中でした。がんの告知もなく、胃がんの患者にたちの悪い胃潰瘍と言って処方しても、患者は内服すると具合が悪くなるので内服しないで、すべてゴミ箱に捨てている。このようにコンプライアンスが悪い状況で、年間1000億円を稼いでいる柏戸薬品はけしからーんという話になりました。この服薬状況を意味するコンプライアンスは、「医師が主人として一方的に定めた服薬スケジュールを患者が下僕として言われた通りに服薬する」という意味なのでよくない、ということで「adherence: アドヒアランス」を使いましょうということになりました。しかしこれも「医師が冷徹に定めた服薬スケジュールに患者が几帳面に執着して言われた通りに服薬する」というような意味でたいした違いはないように感じます。それで最近では、医師と患者が一致して協調して理解し合って薬剤の服薬をしっかりしていこう、ということで「concordance: コンコーダンス」を使ったらどう、ということになっていますが、なんか、意味が曖昧だなー・・・。

それで、最近うっとうしく感じていることに関する意味が(1)〔規則などの〕順守、コンプライアンス、従おうとすること、です。意味のある正しい規則ならば順守するのは当然ですが、くだらない、馬鹿げた、製薬業界の取り決めに対してコンプライアントである必要があるのか!!! というのが私の主張ですが最近ではこの主張もむなしくこだましています。詳しくは、「小粒コンプライアンスばばあ」の話を参照してください。

正義はどこに


韓国には「先生の日」というのがあって、子供たちが学校の先生に感謝するように、ということで、その日は、親も子も学校の先生に「つけとどけ」をするようになっているそうです。そんな風に子供のころから、袖の下、賄賂が当たり前、として育つから、正義がゆがめられ、行政も便宜をはかり、その結果、客船沈没、地下鉄衝突などの惨事が起きた、と言っても間違いではないと思います。中国だって、日本だってそのような文化を共有していますし、開拓時代のアメリカだって保安官が賄賂で動いたり、ソルジャーブルーという映画に出てくる兵士はみんな、先住民族を相手に悪の限りを尽くしたりと、そのような罪は、人間が共通して持つ弱さ(アダムとイヴの原罪)に根ざしているのでしょう。野場崩壊の原因となったディオ番の臨床試験もどきのデータねつ造は、科学を知らない医師が透明性を確保するという科学の基本的手順を怠ったのが問題であり、科学を知らないのは単なる勉強不足、臨床試験の「り」の字も知らない教徒不律とか自警とかの医師が不勉強ゆえの「無知の涙」、無垢なおぼっちゃんたちが知らなくてやったことを、したたかな野場社はディオ番が優れていると宣伝に使って大もうけしたという大罪、「正義(justice)」を欠いた行為と言う事で責任を追求されているのです。多σの問題も、売らんがための臨床試験もどきの検体の運搬に「プロパー」が関与した、というところに「不正」が指摘されているようですが、そんなのは日常茶飯事だよ、不正といえば不正かもしれないけど罪っちゃあ罪だけど、小罪だよね、医師会に持って行く検診のフィルムの運搬を「プロパー」にやらせるのがあたり前の医師の社会、何が不正なのか、わからなくなっちゃっているようです。野場社といえば、乳がんでの染他の術前治療の臨床試験もどきでも、データ解析にノバうさぎが関与したとか、試験用にと提供された薬剤でもって保険請求がなされたりなど、大中小、すべてのサイズを取り揃えた罪の噂が絶えません。過日、講演のスライドはすべて事前校閲を完全に義務づけますと、社長以下幹部が一新され、これからコンプライアンス向上を目指しますと新生野場社が通告してきました。講演スライドの内容は、私の「知の統合」であって、適応外の使用を云々する話ではないだろう、そんなこと言うんだったら、あんたんところの講演は断る!! お前に言われたくないね!!と、Ph社に次いで野馬社とも袂をわかつ結果とあいなり候事、致し方なく候ことなれど、そんなくだらない講演だったら営業の若造くんがやるだれも聞いていない「製品説明」で十分だっちゅうの。

自助・共助・公助


薬価が高いと言っても、二重、三重の手だてで助けてくれるのが日本の国民皆保険制度ではあるわけですが、震災や若者の体たらくでだんだん日本の収入が減ってきて貧乏国になってきました。高齢化社会はまさに現実のもので、過去に日本の繁栄を築いた現在の高齢者を若者が支えなくてはならない厳しい時代です。そうすると、どんどん高くなる薬価に大しては、自助、すなわち、自分で自分を助ける、天は自ら助くる者を助く、というように、日頃からお金をためておかないといけない、あるいはお金持ちしか治療はうけられない、貧乏人は麦を食え、あるいはパンがなければケーキをたべればいいじゃない、みたいな話になるわけです。それじゃまるでアメリカじゃん、その通り、だから大きな政府をめざす民主党のオバマ大統領は国民皆保険的な政策を打ったわけです。かつては豊かだったけど今は貧乏な国、日本に生きる我々は、高価な薬価のどう対処したらいいのか、という背景を念頭に、朝日新聞に書いた800字コラムでございます。今日はこれから青森に行きます。今回から車で名古屋空港にいきFDAで青森に飛ぶという新ルート開拓です。いってきまーす。

がん細胞の増殖に関わる分子だけを狙い撃ちし、正常細胞には悪影響が軽い「分子標的薬」が時代の花形です。高性能だけに薬価も高額です。乳がん、胃がん患者の約二割に使われるハーセプチンの三週間毎の点滴薬価は一回あたり約十三万円です。昨年発売のパージェタは一回あたり二十四万円、ハーセプチンとの併用で効果は高くなりますが合わせた薬価も高く三十七万円です。そして今月発売のカドサイラは、特殊な技術でハーセプチンに抗がん剤を結合させた結果、がん細胞狙い撃ち効果を高め、ハーセプチンが無効の場合でも効果を発揮するため、一回あたりの薬価も四十七万円と決まりました。まさに天井知らず、うなぎ上りの薬価です。治療長期化の場合、患者の医療費負担は莫大になります。しかし、日本は国民皆保険の国、病院の窓口で払う自己負担額は、健康保険加入の場合は三割、高齢者は一割の場合もあります。また、月毎の医療費が一定上限額を超えると、窓口でそれ以上は支払わなくてよい高額療養費制度という仕組みもあり、日本は、とても恵まれた国です。健康保険は、加入者みんなが毎月決められた額を支払い、蓄積された基金から病気になったときに医療費として支払われる「共助」で成り立っています。自分で自分の面倒見ることが「自助」。元気なうちから自分のお金で民間生命保険に加入し、病気になった時の病院窓口支払い分や、病気で働けなくなった時の生活費をまかなうことなどが自助です。病気や失業で困った時、税金を元手として医療費から生活費まで国が面倒を見てくれるの公助です。高額薬価の話になるとすぐに公費負担を主張する意見を聞きますが、世界中見渡しても医療費の公費負担率十割の国は存在しないようです。今までは豊かだった日本も、高齢化社会で医療費が膨らみ、一方で若者が定職にもつかずぶらぶらしている現状では公助は期待できず、自助、共助で乗り切って行くしかないのでしょうか?

 

 

 

 

院外調剤から院内調剤へ


厚労省の医系技官と薬系技官のせめぎ合いの結果、保険薬局での院外調剤が誘導されてきました。今回の診療報酬改訂では、そのせめぎ合いのバランスオブパワーが幾分健全化、つまり医系技官の攻勢の成果がみられ、院外調剤から院内調剤へ多少流れが変わりました。数ヶ月前の新聞に、調剤薬局花盛り、という批判コラムもありました。また、6年間の高等教育を終えて、門前調剤薬局に勤務し、ロキソニン、湿布剤の調剤で一生を終わる意味が見いだせない若き薬剤師の嘆きあり、病院、診療所でのチーム医療、ことさらがん診療においては大切であることが浮かび上がってきました。そんなこんなで、先週の朝日新聞「がん内科医の独り言」ではこんな独り言、書きました。

病院、診療所で診察をうけ内服薬がでる場合、患者は会計を済ませたあと、発行された院外処方せんを持って調剤薬局に行き薬を買います。医薬分業と呼ばれるこの仕組みは、薬漬け医療からの脱却をうたい文句に厚生労働省が推進してきました。しかし支払額がかなり増えること、病院、診療所から薬局まで移動しなくてはならず、患者や家族にとっては負担となる、などの問題があり決して便利な仕組みとは言えません。内服抗がん剤の場合には、さらに問題が加わります。がん診療について調剤薬局薬剤師との連携を図るために開催した勉強会で聞きました。処方せんには、薬剤名、分量、日数しか書いてないので、患者が肺がんなのか、乳がんなのか、はたまた胃がんなのかもわかりませんし、ご病気はなんでしょう、と聞けないことも多いそうです。また、患者の白血球数や腎臓、肝臓機能の良し悪しもわかりませんし、家族が薬を取りに来た場合には患者の全身状態もわかりません。調剤薬局薬剤師は、疑義紹介といって、不明な点を病院、診療所の医師に電話などで確認することが許されていますが、見ず知らずの医師に電話をかけるのもストレスだし、通常は錠数の確認程度で、患者の状態や検査データまで事細かく尋ねることはありません。その結果、納得のいかないまま処方通りに調剤することに不安を抱く薬剤師もいます。浜松オンコロジーセンターでは開院以来、院内調剤を続けています。薬剤師が患者の病状や検査結果を把握し、時には腎機能が悪いので内服抗がん剤の量を減らしたらどうか、と医師に提言することもあります。がん治療は医師、薬剤師、看護師などによるチーム医療が不可欠、医薬分業はチーム医療分断とも言えます。来月からの診療報酬改訂では医療費高騰を押さえるため、高血圧症、糖尿病、高脂血症、認知症について院内調剤を推進する方向に転換される事になります。がん治療薬でもそのようになってもらいたいものです。