自宅の電気掃除機をかける係を担当しています。「ダイソン」がサイクロン掃除機を発売した際に「吸引力の落ちない唯一の掃除機」と宣伝していましたが、その後、日本のメーカーもサイクロン方式を発売しています。ダイソンが出た頃に購入を妻に主張しましたところ、あれは重い、高い、ということで却下になり、「そんなに掃除機をかけたかったら今ある掃除機で毎週掃除するように」ということで、毎週日曜日の掃除機がけが私の仕事となりました。パナソニック(旧ナショナル、旧旧松下電器)の掃除機で、ゴミをすうと、赤いランプが点滅します。診療所で使っている日立の掃除機は、ゴミを吸ったか、ゴミがあるのか、確認できない、ただ、吸うだけです。そこで感じたのは、効果が見えることがいかに重要なことか、ということです。同じ事が、抗がん剤治療にも言えます。トリプルネガティブ乳がんだからすぐに手術、といって、たちが悪いからと言って全摘してしまって、そのあと、つまり術後化学療法として、抗がん剤治療を効果も見えず、副作用だけ現れる形で行うことは、まるで、ゴミを吸ったことがわからない掃除機のようなもの、です。効果の見える形での治療、つまり、原発病巣の縮小、消失がわかるようなかたち、つまりつまり術前化学療法を行うことの意義が、掃除機の喩えでもわかるでしょう。手術で完全消失、すなわち病理学的完全効果が得られていれば、全身の微小転移を完全に消えている、と考えて、化学療法後、病理学的完全効果が達成できていれば、2年間の経過観察で再燃しなければ、治癒したと言ってもいいだろう、という状況だと思います。効果の見える形で取り組むことで、無用な恐怖を払拭できる、ということを掃除機当番の経験あら学ぶことでできた、と思います。
青春の貴重な時間の切り売り(2)
研修医、大学院生の話を聞くと、しかし「積極的、自発的に青春の時間を切り売りしている」とも言えないような行動パターンも見えてきます。一つは所属する「医局」の「医局長」という立場の丁稚小僧が、OBなどから医局に依頼されてきたアルバイト医師派遣をまかなうために研修医・大学院生に機械的に割り振り、割り振られたら内容に関わらず、貴重な時間を費やさざるを得ないというパターン。地方の古い大医局、例えば北海道大学第一内科とか九州大学第一外科、といった看板医局では、老健施設やリハビリ病院での座っているだけバイトや、はんこ押しバイトなど、「とにかく医師の資格のある人間ならだれでもよかった」ということで、『頭も体も使わなくていいから行ってくれ、ゲシェンコ(贈り物を意味するドイツ語Geschenk (ゲシェンク)の誤用、御発音:アルバイト料のこと)は5本(5万円)だから』と口頭で言われたりメールやラインで都合のつく若手が指名され否応なしにかり出されるというパターン。しかし、最近ではこのような医局ぐるみの派遣ビジネスがすっかり様変わり、大手仲介業者がインターネットで「今週土曜日12時から日曜日午後5時まで、静岡県浜松市○○病院週末外来プラス宿直、日当12万円×2」というような勧誘広告をときどき・たまたま目にします。医療の世界でも働き方改革が叫ばれる一方で、誰にとって正義なのかもわからないような資格と時間の売買が横行しているのであります。
青春の貴重な時間の切り売り(1)
14期レジデントして国立がんセンター病院に赴いたのが1982年6月1日のことでした。10名の同期生はいまでも交流があります。開講式で阿部薫先生(当時は研究所内分泌部長でした)が「国立がんセンターに来た目的を忘れないようにしなさい。青春の貴重な時間を切り売りするようなアルバイトにうつつを抜かすことなく、寝食を忘れて勉強に励まなくてはいけません。」という訓示を話してくれた。その訓示が、いまでもずーっと耳の奥でこだましています。今、この立場になり、多くの若い研修医、大学院生と接してみて驚くことは、週末であろうが無かろうが、当直アルバイトに多くの時間と精力を費やしているということです。衣食足りて礼節を知る、といいます。大学院生は授業料を払わなくてはいけません。奨学金も、かじる親のすねも無く、収入ゼロで衣食住もままならないのならば、多少のアルバイトは必要でしょうけど、海外旅行に、高級外車にと、贅沢三昧の日々を過ごすために、青春な貴重な時間を切り売りするのは、阿部薫先生の不肖の弟子としてはやはりいかがなモノか、と眉をひそめてしまいます。
TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (7)
Bグループの人とCグループの人は試験開始から9年経った時点で、遠隔臓器への転移も、手術した側乳房の再発も、反対側乳がんの発生も、乳がん以外のがんの発生も、また、理由のわからない死亡も、これら全てにおいて、ホルモン治療だけをうけたBグループの治療成績は、ホルモン療法と抗がん剤治療の併用をうけたCグループの治療成績に比べて、「劣っていない(非・劣勢:non-inferior)」ことがあきらかになったのです。つまり、RS11-25の人は、抗がん剤治療を受けなくてもいいだろう、という一応の結論がでたわけです。(以下次号)
TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (6)
そこで、自分にとっては、現在までに人類が解明できたことの到達点として、甲乙付けがたい(乳がんが転移・再発しないという)効果のある治療のどちらかはうけられ、また後生の人々、例えば自分の娘とかによい治療はこれだ、という情報を残すこともできるのですから、試験に参加しようではありませんか、ということです。「私はどうしても化学療法は受けたくない」ということなら、この試験には参加しないで、一般治療としてホルモン剤治療をうけることができます」ということも保証はされています。それならそれでいいですよ、ということです。世の中にはいろいろな人がいるわけですからね。私も数多くの無作為化比較試験にたずさわってきましたから、この辺りのやりとりは、特に胸騒ぎすることもなく、落ちついて話を進めることができます。(以下次号)
TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (5)
Bグループの人とCグループの人は、RSが11-25で、自分の意志とは無関係に、また、特別にだれかの「作為=ことさら手を加えること つくりごと こしらえごと」でどちらかに決まったのでもなく、「RSが同程度の人の集団をふたつ作る」、そして、片方(Bグループ)にはホルモン治療だけ、他方(Cグループ)にはホルモン療法と抗がん剤治療の併用がおこなわれました。このようなやり方を「ランダム化比較試験」と呼びます。無作為化比較試験とは言ってはいけない、という専門の先生もいますが、ランダムという外来語も定着してきたので、どちらでもいいと思います。それで、「どうして自分で選べないんですか?」ということですが、多くの乳がん治療の専門家が知識と経験と智恵を絞っても、RS11-25という、中ぐらいのリスクのある人には、抗がん剤が必要なのか、必要ないのか、ということを自信を持って答えられる人はいないのです。つまり、「抗がん剤が必要」というエビデンスも、「抗がん剤は要らない」ということも断定できるのは、神さまだけ、ということなのです。(以下次号)
TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (4)
さて、RS 26-100の人は、抗がん剤治療が必要なほどにがんの性格がわるい、大きい、などの理由で専門家でも抗がん剤治療を勧めるので、このグループの人はホルモン療法と抗がん剤治療の併用を受けます。
話を整理すると:
RSが0-10と低い人はAグループ ホルモン治療だけ
RSが11-25と中ぐらいの人はランダム割り付けの結果:
Bグループ ホルモン治療だけ
Cグループ ホルモン療法と抗がん剤治療の併用
RSが26-100と高い人はDグループ ホルモン療法と抗がん剤治療の併用
を受けました。
Aグループとしてホルモン治療だけを受けた1626人の結果は、2015年にすでに発表されています。それによると、RSが低い人は、5年経って93.8%のひとは、乳房での再発はなし、また、99.3%の人は遠隔(他の臓器、例えば骨とか、肝臓とか、皮膚とか、・・・)への転移はない、ということでした。したがって、RSが低い場合はホルモン療法だけでよい、という力強い約束ができることになったのです。それでは、Bグループ、Cグループ、そしてDグループの結果を見てみましょう。
(以下次号)
TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (3)
試験参加に同意した人は手術標本をオンコタイプDX検査に出し、再発スコア(リカレンス・スコア:RS)が0-10までの人は、文句なくホルモン治療だけ、RSが11-25の人は、ホルモン治療だけ、か、ホルモン療法と抗がん剤治療の併用のどちらかかに、割り付けられる、自分でこっち、とかあっちと選ぶことはできません。できません、というか、RSが11から25というと、地球上のどんな専門家に聞いても、ホルモン治療だけでよいとも、ホルモン療法と抗がん剤治療の併用がよいとも、わからないのです。専門家でもわからないのですから、ランダムにどちらかの治療をうけるように2つのグループを作り、それぞれにホルモン治療だけ、ホルモン療法と抗がん剤治療の併用を受けてもらい、10年後ぐらいにでる結果で、はじめて、どちらがよい、ということがわかるのです。そもそも医学、医療、治療、検査などというのは、昔の人たちがランダムに比べる試験に参加してくれたおかげでわかったことを、私たちに時代をこえてプレゼントしてくれるという、バトンリレーみたいな形で進歩していくのです。(以下次号)
臨床試験が明日からの治療を変える
ASCOプレナリーセッション二番目の演題は、小児の横紋筋肉腫の抗がん剤治療に関するものです。横紋筋肉腫の患者の約70%が6歳以下(1歳未満は5%)であり、乳児期、5歳から7歳頃および10歳代に多く発生しますが、まれに成人に発生することもあります。横紋筋肉腫は、小児がんの2.9%を占めるに過ぎない比較的まれな腫瘍ですが、筋肉など体の軟らかい組織から発生する悪性腫瘍(軟部肉腫)の中では、小児で最も頻度の高いがんです(国立がん研究センター がん情報サービスより引用)。
1年間の発症数は、アメリカで350人、EUでも320人、日本では130人ぐらいと、大変少ないがんです。とても進行の早いがんですが、手術+放射線および集中的な抗がん剤治療により7-8割の小児は治るとされています。ヨーロッパを中心とした14カ国にある小児がん治療病院108からなる「ヨーロッパ小児軟部組織肉腫研究グループ」では、2005年からこの試験を開始しました。年令0-21才のハイリスク横紋筋肉腫、はじめて治療例を対象。イホマイド+ビンクリスチン+アクチノマイシンD+アドリアマイシンによる6-8ヶ月に及ぶ抗がん剤治療、手術、放射線照射が終了した時点で、臨床的完全寛解(横紋筋肉腫が画像検査で全て消失している)症例をランダムに、維持療法としてビノレルビン+経口エンドキサンを6か月間加える群、と加えない群にわけて、DFSとOSを検討しました。少ない疾患だし、激しい抗がん剤治療を6-8ヶ月実施した後、さらに6ヶ月間の抗がん剤治療をやるか、やらないか、という比較試験なわけだから、「もうこれ以上、うちの子をいじめないで」というような親の感情が優先し、将来の子供ためにエビデンスを残しましょう、維持療法をするのがよいか、無意味かは、わからないのです、というような説明で同意をえるのはさぞかし難しかっただろうにと、思わず研究者たちに共感してしまいます。努力の甲斐があって得られた結果は、なんと、維持療法を加えた群の方が、生存率でハザード比0.52、と明らかに長生きするというものでした。この結果は驚きです。小児横紋筋肉腫の明日からの治療が完全に書き換えられる、これぞ、practice changingであります。
TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (2)
さて、今回の発表は、臨床試験「Tailor-X」の結果ですが、簡単にいうとオンコタイプDXを用いて検討した結果、抗がん剤治療をしなくても、ホルモン剤だけで大丈夫だよ、ということがわかった、ということです。必要な抗がん剤をしなくてはいけなかったのにしなかったので再発して死亡した人、逆に必要ではない抗がん剤治療をうけ、辛い副作用を経験した人、など過去、20年間答えがでなかった問題、今回、一部ではあるけどこれで解決されることになります。(以下次号)
